池田勇人エントリはちょっとお休み。
友達から聞いた話。非正規雇用の労働環境を改善する、あるいは正規雇用化するには企業が変わる事が必要で、そのためにはメインバンクの理解が欠かせない、らしい。
最近の何かの記事らしい。検索下手なので見つけられなかったです。なんでも、労働問題の専門家の記事らしいですよ。
それにしてもメインバンクですよ、こうなったら(?)。日本を陰で操るメインバンクですよ。官僚、銀行、ヤクザが牛耳っているんですよ、日本は。なので銀行さんにお願いして日本を変えてもらいましょうよ、そうしましょうよ。
独占禁止法にこんな箇所がある。「原則として他の国内の会社の議決権のうち、銀行については5%,保険業については10%を超えて、議決権を取得又は保有してはならない。」これはお金の貸し手が、借り手企業を意のままにしたりしないようにするための法律だ。果たして日本の銀行はこの法律の精神を踏み越えてまで企業経営に介入しているんだろうか。もしそうなら、この国は結局官僚と銀行とヤクザに牛耳られてるってことなんだろう。
ありもしないメインバンクの理解を得ても、何も解決しないんじゃないの? 専門家ってこわいね。
参考:三輪 芳朗、J.マーク ラムザイヤー『日本経済論の誤解』
いもしない専門家にむけて書いているような気がしてきたけど、まあいいや。
2008年6月5日木曜日
温故知新について
温故知新を言う人は多い。論語に出てくる言葉だ。けど、この四字熟語を聞くといつも思う。続きがなかったっけ? と。
温故知新は人に教えとくための条件なわけだ。僕はもちろん学者でもないし、小さい頃から古典に親しむようなこともなかったし、今だって深く論語を理解する才覚なんかないけど、それでもこの奇妙な本を読んでいくと、孔子は「人の師」であることに随分慎重なんだな、と思う。「教えることに倦まないで」なんて表現がよく出てくる。孟子も、人間の欠点は人の師になりたがること、とか言ってるし、古の賢人たちにとって「人の師」であることは、なにか危なっかしく見えたのだろうか。
で、温故知新を言う人は多い、ですよ。彼らは「人の師」を目指しているから、あるいは、「人の師」であることの危うさを避けたいから、温故知新を掲げているんですよね、きっと。
子の曰く、故きを温めて新しきを知る、以て師と為るべし。
先生がいわれた、「古いことに習熟してさらに新しいこともわきまえてゆくなら、人の師となれる。」金谷治訳
温故知新は人に教えとくための条件なわけだ。僕はもちろん学者でもないし、小さい頃から古典に親しむようなこともなかったし、今だって深く論語を理解する才覚なんかないけど、それでもこの奇妙な本を読んでいくと、孔子は「人の師」であることに随分慎重なんだな、と思う。「教えることに倦まないで」なんて表現がよく出てくる。孟子も、人間の欠点は人の師になりたがること、とか言ってるし、古の賢人たちにとって「人の師」であることは、なにか危なっかしく見えたのだろうか。
で、温故知新を言う人は多い、ですよ。彼らは「人の師」を目指しているから、あるいは、「人の師」であることの危うさを避けたいから、温故知新を掲げているんですよね、きっと。
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