2009年9月27日日曜日

複雑さの理由・書評・三木義一『日本の税金』

 税金の仕組みはとても複雑だからシンプルにするべきだ。僕にもそう思っていた時期がありました。というか今回紹介する本を読むまでそう思ってた。税についてあんまり知らないよなーということで読んだ本、三木義一著『日本の税金』(岩波新書刊)だ。とても良い本だったけど、2003年の本であるので、2009年現在の税制とは違うところもあるのかもしれない。
 
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日本の税金
三木義一
 この本は節税とかそういった目的のために書かれているわけでもなく、詳しい納税の仕方が載っているわけでもない。日本に住んでいれば納めなければならない各種の税の目的や理念、そしてそれらからは幾分かけ離れてしまった現状を解説した本だ。なので、教養としての税、がテーマと言っていいかもしれない。税の種類別に解説されていて、所得税、法人税、消費税、相続税、間接税等、そして地方税の順となる。一番複雑で難しいのはやっぱり所得税と法人税なので、残念だけど本書のとっつきはちょっと悪い。
 
 で、なぜ所得税や法人税は複雑になってしまうのかというと、公平性を確保するためだ。累進課税という言葉は大抵の人が知っている言葉だけど、僕を含め多くの人は、「所得が一定以上になると、税率が上がる」と単純に考えているんじゃないだろうか。しかしこのようなやり方(単純累進税率)では公平な負担にはならない。
 
しかし、単純累進税率には重大な欠陥が含まれているのである。仮にある納税者の課税総所得金額が12月30日現在900万円であり、翌日働けば901万円になるとしよう。900万にしておけば税率は20%なので180万円の所得税を差し引いた720万円を手に入れることになるが、1万円でも多く稼ぐと901万円となり30%の税率が適用されるために、270万3000円の所得税を差し引いた630万7000円に減ってしまうのである。

(漢数字をアラビア数字に変えた。)[p.42]

 なので、現実には超過累進税率が採用されている。これは上記の例で言えば、901万円の所得に対して、900万までは20%、900万を超えた残りの1万には30%の税率がかけられることになる(もちろん900万以下が一律20%ではない。簡便のため省略した)。こうすると納税額の直感的な理解が難しくなるが、働き損は避けられるというわけだ。
 
 と、これだけならまあいいんだけど、実際には各種控除が様々に関わってくるので、さらに複雑になってしまう。それでも、本書を読んで感心したのは、この様々な控除というのが、それなりに合理的にできているんだなということ。基礎控除というのは、人が生きていくために必要な所得には課税してはいけない、という考えから導入されているもので、まったく理にかなっているな、と思う。ただ、その金額が38万円というのはいくらなんでもヒドい。そして配偶者控除も、家族内で家事や子育てを担当している人が生きていくための所得に課税するのはおかしい、という考え方がそもそもの理念だ。女性の社会的な立場の弱さと合わさった議論になりがちだが、控除の考え方自体は正しいと思う。誰かがやらなきゃいけない事をして、そのために就業の機会がなくなってしまうわけだから、その人が使うお金に税金をかけちゃいかんだろう。
 
 しかし、配偶者控除はいわゆる「103万円の壁」という問題を作り出した。これはこの控除の対象者(主に主婦)の所得が103万円を超えると、夫の所得の配偶者控除がなくなってしまい、妻が働く前よりも税負担が重くなってしまう、という問題だった。つまり女性が働くのを社会が邪魔しているようなことになってしまったわけだ。が、これは1987年の法改正で改善されている。今は控除の額が所得にあわせて減額していくようになっていて、以前のように一線を越えればすべてパァという状況ではない。にもかかわらず、世の中にはまだ「103万円の壁」があるという。その原因は、夫の勤めている会社の配偶者手当である。配偶者手当の条件を、かつての税法にあわせたままの103万円に設定しているから、未だに103万円以上の所得にならないような働き方をせざるを得ない女性たちがいる。これは各労働組合の怠慢と言っていいだろう。
 
 ではそれ以外の現行の税制がうまくいっているのかというと、そんなことは全くない。多くが時代とずれまくっている。相続税などはその典型で、本来は相続した額で税率を決めれば話が早いし、そうしている国も少なくない。しかし日本ではそうではない。なぜか。それは戦後の復興期の話。
 
 しかし、現実の日本はまだこのような制度(相続した額によって税率を決める制度:引用者)を受け入れられる状態ではなかった。とくに農家の相続では、農業経営を維持していくためには長男に単独相続させることが必要であったが、そうすると税負担が重くなる。税負担を逃れるために、平等に分割したように仮装することも横行した。税務行政もそうした分割の実態を適正に調査できる状態にはなかった。

[p.119]

 なので、相続した金額だけじゃなくて、遺産全体の金額も考慮に入れた複雑な課税方式が採用された。だから同じ金額を相続してもかかる税金は違う、というよく分からない事態を多数生み出している。この、過去の特殊な時期を反映した制度のおかげで現在に混乱が生まれる、というパターンが税の話には多いようだ。酒税もそんな感じ。
 
 酒税の場合、アルコール度数に応じて、1キロリットルあたり何%という課税方式が合理的であると考えられるが、日本の場合はやっぱりそうなってはいない。日本の場合、お酒を10種類に分け、課税する。なので同じアルコール度数でも分類が違えば税率も違うことになる。
 
 これは大衆酒には低い税率、高級酒には高い税率を、ということで導入されたわけで、それはまあいいんじゃない? と思う。が、なぜかビールの税負担割合は35.8%で、ウイスキーの14.8%よりもずいぶん高い。というか一番高い。ビールは高級酒の中でも選ばれた高級酒というわけだ。税制上は。
 
 つまり今や酒税は、合理的でもないし、当初の理念からも大きく外れてしまっている。そこで「ビールとして課税されないビール」、つまり発泡酒が登場してくる。酒税上のお酒の分類はかなり問題だらけで、酒税上のビールの定義は「麦芽、ホップ、水を原料として発酵させたもの」だそうだ。さらに副原料の規定があるのだが、要するに、「副原料を使ってもいいが、麦芽の量の半分(麦芽比率三分の二)まで」[p.153]というのが税制上のビールだった。では麦芽の量の半分以上の副原料を使ったらどうなるかというと、それは酒税法上はビールではなくなり、雑酒になる。となれば、税金が低くなり、価格も安くなるわけだ。
 
 ここで財務省がビールを大衆酒と認めれば話は早かったんだけど、発泡酒もビールだ、という法改正をしちゃった。すると、今度は副原料をさらに増やした雑酒が登場。それもビールだ、と財務省。さらに副原料を増やした雑酒登場。こういう具合に「愚かな改正を繰り返し、そのあげくますますビールとは異質な発泡酒の量を増やしているのである。」[p,154]
 
 とまあ時代遅れの乗り物をなんとか修理して使ってたら、いつの間にかグロテスクな何かになっちゃった、というのが現在の税制の姿であるようだ。で、そもそもこの本を手に取ったのは、消費税のことが知りたいからだった。聞くところによるとえらく問題があるらしいから。で読んでみて、結局、僕には要約は無理だな、と認めるしかないくらいには複雑だったので、是非本書を読んでみて欲しい。しかし複雑さの他にも、消費税が持つ本来的な欠陥もまったく補われていなかったりもする。それは低所得者のほうがより重く負担しているという逆進性の問題である。
 
実収入に対する消費税の負担割合は、一番収入の低い層の2.7%から、一番高い層への2.0%へと徐々に下がっていっているのである(財務省「収入階級別税負担平成11年分)

(漢数字をアラビア数字に変えた。)[p.104]

 つまり消費税は、シンプルでもなければ、公平でもない税であるというわけだ。消費税導入時は高齢者にも一定の負担を求める、という理由もあったそうだが、それに対して著者は次のように疑問を提示する。( )は原文ママですよ。
 
 しかし、高齢者は若者世代に比して、資産は相当多く所有し、所得も決して少なくない。若者世代と決定的に違うのは、若者世代には資産格差も所得格差もそれほどなく(皆ほどほどに貧しい)、これに対して高齢者世代では資産格差や所得格差が著しい点なのである。このように資産格差や所得格差が著しい世代が増えていく社会に、一律に負担をかする消費税がはたして本当に適切なのかは疑問が残る。

[p.114]

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脱貧困の経済学
飯田泰之・雨宮処凛
 経済学者の飯田泰之氏が雨宮処凛氏との共著『脱貧困の経済学』の中で、「富裕層に対する減税ばかりしているのだから財政危機になるのは当然だ」という趣旨の発言をしている。そこで本書『日本の税金』を読んで思うのは、行き当たりばったりの法改正を繰り返し、税の公平さを歪めてしまっている上、さらには税収まで落ちてしまったのだな、ということだ。また、同時に反省もしたのだけど、僕は税の理念だとか、考え方だとか、全く知らなかったな、とも思った。現在の税制は、理念はなかなか立派だと感じるところもあって驚いたんだけど、僕も含めて、どれだけの人がそれを知っているだろう? 本書はその理念というか、税についてどう考えればいいのか、詳しく説明している。複雑な税の仕組みを理解したい、という方は専門書にあたって欲しいけども、そうではなくて、税の勘所を押さえたい、という人にはぴったりだと思う。もしかしたら現行の制度とは変わっている点もあるだろうということを考慮に入れつつ、読んでみてください。ちょっと難しい本だけども。
 
 ああそうそう、僕は納税者番号についても何かあるかなと期待していたんだけど、残念ながら詳しい言及は本書にはない。本書はとても有意義な本だと思うので、是非新しい状況を反映させた改訂版を出して欲しいし、その中には納税者番号についての解説もあるとナイスですよ。

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