今Talebの"Fooled by Randomness"を原書で読み返している(邦訳は読んだ)のだけれど、あらためて、人は(僕は)確率を理解できるようにはできていないのだな、と痛感している。
「過去の出来事はいつだって偶然じゃないように思える。」
とタレブはいう。これは気持ちの問題とかじゃない。人は何を見ても、偶然の反対、つまり必然=因果関係がある、と感じてしまうということだ。
あるお金持ちが毎朝素っ裸でベッドメーキングをする癖があったとしよう。ここに因果関係を見てしまう。毎朝素っ裸でベッドメーキングをするからお金持ちになれたんだ、という風に。人が出来事を「偶然じゃないように」思うとはそういうことだ。
人は因果関係ねつ造マシーンだ。雨が降ったら雨男のせいにするし、若者が犯罪を犯したらゲームのせいにするし、受験に失敗したら努力不足のせいにするし(全員が受かるわけじゃないのに)、障害児が生まれれば母親の飲酒のせいにする(そうやって自分を責めてしまう人もいる)。悪いほうばかりじゃない。若い頃努力したから自分は今の身分にふさわしい(景気が良かったことは何の関係もない?)とか、自分は気をつけてるから交通事故には遭わない(交通事故はすべて自業自得なの?)とか。
たぶん偶然じゃないことというのは、かなり見分けにくいものなのだろう。一度きりの出来事の中で因果関係を特定できるなんてことは、よほど単純な出来事でない限り、無理なんじゃないだろうか。
それでも、僕は因果関係に気づいてしまう。ありもしない因果関係をでっち上げてしまう。
タレブの次の作品"The Black Swan"では、博識であることがこの度し難い人間の病に対する薬であるという。でっち上げ因果関係の答え合わせをした結果が、博識だといえるから。「こいつは雨男だ。だからこいつといると雨がよく降る」という因果関係の答え合わせをするのは簡単だ。天気に気をつければいい。でも、「女だから」「年だから」「日本人だから」「○○大学出身だから」「ゆとり世代だから」という因果関係の答え合わせはどうだろう。その人を虚心坦懐にみることができているだろうか。
そうやって時間をかけて観察していけば、やがて博識になるというわけだ。もしあなたの運がよければ正しい(かもしれない)因果関係を発見するかもしれない。でもその正しさを確認するには、また時間をかけて偶然とそうでないものを選り分けなきゃいけないわけだけど。
2008年7月9日水曜日
2008年7月3日木曜日
発見と発明
科学は発明ではなくて発見だ、とよくいわれる。本当にそのとおりだと思う。
当然社会科学だって発見だ。以前のエントリでも書いたけど、「労働条件改善のためにメインバンクの協力が必要」という話があった。ぼくらは神様じゃないので、物理法則を無視して空を飛ぶ方法を発明する事はできない。同様に、社会にありもしないルールを発明したって社会が変わるわけじゃない。答えは身の回りにある。観察して、発見する。仮説をたてることもあるだろう。検証してみたら当てが外れることもあるだろう。でも基本は、観察して発見すること、これが科学である。
難しい専門用語を羅列する人に対して、うさんくさいな、と思っていた。かくいう自分も学生の頃は気取って、というか、気取る事しかしなかったので、うさんくさく思われてたんじゃないかな。だからそれは猛反省なんだけど、そういう人は発明をしているんだと思う。もちろん難しい現象を研究していれば、専門用語が必要になるのは当然。でも、本来専門用語は定義のしっかりしたものであるはずだ。でなければ難しい現象を扱えないだろう。そういったものを定義を共有していない人に向かって言っても、ただの発明でしかない。メインバンクなんて言葉は専門用語として正確な定義を持っていないから専門用語ですらないダメ発明だけど、そんなもので労働政策を論じるべきじゃない。
科学じゃないものに価値がないとかそういうことじゃない。友達と話すのに自分の想いを定義付けして共有する必要はない。見てくればかり気にしている人には気をつけろ!という話。
当然社会科学だって発見だ。以前のエントリでも書いたけど、「労働条件改善のためにメインバンクの協力が必要」という話があった。ぼくらは神様じゃないので、物理法則を無視して空を飛ぶ方法を発明する事はできない。同様に、社会にありもしないルールを発明したって社会が変わるわけじゃない。答えは身の回りにある。観察して、発見する。仮説をたてることもあるだろう。検証してみたら当てが外れることもあるだろう。でも基本は、観察して発見すること、これが科学である。
難しい専門用語を羅列する人に対して、うさんくさいな、と思っていた。かくいう自分も学生の頃は気取って、というか、気取る事しかしなかったので、うさんくさく思われてたんじゃないかな。だからそれは猛反省なんだけど、そういう人は発明をしているんだと思う。もちろん難しい現象を研究していれば、専門用語が必要になるのは当然。でも、本来専門用語は定義のしっかりしたものであるはずだ。でなければ難しい現象を扱えないだろう。そういったものを定義を共有していない人に向かって言っても、ただの発明でしかない。メインバンクなんて言葉は専門用語として正確な定義を持っていないから専門用語ですらないダメ発明だけど、そんなもので労働政策を論じるべきじゃない。
科学じゃないものに価値がないとかそういうことじゃない。友達と話すのに自分の想いを定義付けして共有する必要はない。見てくればかり気にしている人には気をつけろ!という話。
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