円のゆくえを問いなおす 実証的・歴史的に見た 日本経済 片岡剛士 |
序盤では片岡さんから日銀の当座預金などシステムの話があって、これをラジオで説明するのは無理があるだろう、と心配になる出だし。なんとなく「難しいことはともかく日銀にばかり頼る政府はけしからん」みたいな雰囲気になってしまうんじゃないか、と気をもむワタクシ。が、そんなのは全くの杞憂で、中盤以降、児玉さんが毎日新聞っぽいことを言った途端に、片岡さんがことごとく撃ち落とすという展開で、年上相手にさぞやりにくいでしょうに、片岡さんすごい、圧倒的ではないか我が軍は、というリフレ政策支持者としては痛快な番組と相成りました。
では放送の内容を具体的に見ていきましょう。この放送のタイトルは「日銀が二ヶ月連続の金融緩和。デフレ脱却、景気回復のシナリオとは」となっており、11月初めの追加緩和政策の発表がキッカケになっています。序盤は省略しまして、11分30秒ころの「日本銀行券をジャンジャカ刷りまくるのがダメな理由があれば教えてください」というリスナーのメールに対する片岡さんの返答から。
片岡さん:今はデフレの状態ですよね。デフレでは人々はお金をあまり借りません。しかしこの状態で、日本銀行が「将来インフレになります。信じてください」と言ってそれを各銀行が信じるならば、国債に投資するよりも、株や債券に投資をしたほうが有利になる、と考えるようになるでしょう。なのでそのように信じてもらえるまで刷ればいいと思います。あとはどうしたら将来インフレになるんだと信じてもらえるか、という点です。日本銀行の場合98年以降ずっと基本的にデフレの状態です。それをインフレにするためには、約束をする、という手があります。なので、当面は1%の物価上昇率を目途にして金融政策をやります、と日銀は言っています。これを信じて欲しい、と日銀は言っているわけですね。
外山アナ:二ヶ月連続の金融緩和はおよそ9年半ぶり、と言われていますが、その前回のときはどういう状況で、どんな結果になったんですか?
片岡さん:その当時日銀は量的緩和という政策を行なっていました。これは今現在と基本的には同じで、物価上昇率が0%以上になるまで金融緩和をします、という約束です。これは児玉さんとはご意見の違うところかもしれませんが、2001年の3月から2006年の3月までの量的緩和では、日銀が銀行に対して供給できるお金の総量であるマネタリーベースでみると、前年比で30%が最大でした。リーマンショック後、アメリカの中央銀行、FRB(連邦準備銀行)の場合、マネタリーベースは前年と比べて40%以上、時には50%から60%くらい供給しています。なので日銀の場合、量が足りなかったと言えます。
外山アナ:少なすぎる?
片岡さん:はい。ちなみに現在、2012年9月のマネタリーベースは過去最大だと言われるんですが、前年比でいうと、10%増くらいです。なので、たしかに供給はしている。けれど、アメリカのFRBやイギリスのイングランド銀行、あるいは欧州の中央銀行と比べると、日銀のお金の供給量は少ないのです。だから、少ない状況で「上手くいかない」と言うのではなくて、せめて他の国となじくらいやってみてから「上手くいかない」と言ったっていいはずです。
竹山さん:片岡さんのご意見としては、メールのかたと同じように、もっと刷ればいいじゃないか、ということですね?
片岡さん:もっと大胆に緩和すべきだと思います。そうしなければ、日銀の目標は信じてもらえません。今の1%という目標すら信じてもらえていないのですから。これは日銀が発表している展望レポートからも明らかで、10月の末に新しい展望レポートが発表されたのですが、そこでは、2012年度はデフレが続く、と予想されています。その前のレポート、例えば今年の4月のものでは、2012年度は僅かではあるけれどインフレになる、と予想されていました。これは海外の景気状況が悪いなど色々な理屈をつけていますが、結論としては物価上昇率がマイナスになっちゃう、ということです。さらに、2014年になっても、当初目標としていた1%という目途を達成できない0.8%程度になるとしてます。なので、このまま行っても1%は無理、という状況です。
児玉さん:ただ、お金を増やしたからといって借り手が増えるわけでもありません。ではそれでどうなるかというと、緩和に反応する人がいるのです。つまりそれがマーケットです。日銀が今やっていることを、リーマンショック以降、アメリカやヨーロッパもやり始めたのです。日銀の緩和の規模が小さいといいますが、日本はバブル崩壊以降、ずうっと同じことをやってきたわけです。
片岡さん:いえ、同じことではないと思います。量的緩和のときもそうですが、今のアメリカ、欧州と比べても少ないですね。日銀の量的緩和は日銀当座残高の値を目標にしていたわけですが、FRBの場合はそれがFRB自身の資産の規模なんです。たとえば国債、住宅関連の担保証券とかそういうものを買い入れて、その代金をもって金融緩和としたわけです。サブプライムローンのときに焦げ付いた住宅関連の証券などを買い取り、価格の下支えをしたんですね。なので日銀の緩和とFRBの緩和には重なる部分もありますが、そうでない部分もあるのです。
児玉さん:日米でボリュームの差はあります。ただ、市場の反応を期待しているわけですが、中でも為替の場合、日銀が金融緩和をすると円が安くなるんですね。円が安くなると、輸入価格が上がるのでデフレ対策にもなります。で、ある意味で、世界中の通貨当局が緩和しているということは、自国の通貨の切り下げ競争をしているということです。
外山アナ:今回は反応したんですか?
片岡さん:今回は発表前のタイミングで反応がありました。十月の半ばくらいから追加緩和が予想されて報道にものりました。なのである意味期待が高まっていたわけです。株式市場は今どうなのか、ということよりも、将来どうなるか、という予想によって動きます。
で、30日の発表があった途端、日経平均は一気に下がりました。為替レートもその日は円高になりました。次の日に少し戻しましたが。
児玉さん:10兆円くらいの緩和が予想されていたんですが、実際に発表されたのは11兆円でしたので、期待とあんまり違わなかったんですね。
片岡さん:前原さんが政策決定会合に出席しましたが、それでプラス1兆円だったんでしょう。(笑)
ここで福岡のリスナーのメールの紹介。「緩和は小出しではなくドカンとやったらいいのでは? 白川さんの処方箋にはのってないようですが。白川日銀総裁の地元小倉では、貧乏神とか陰口たたかれます。」とのこと。
片岡さん:おっしゃる通りです。Too Little, Too Late. なんです。
外山アナ:じゃあどれくらいやればいいんですか?
片岡さん:一つ桁が違うかな、と思います。マーケットが驚く、というのが条件ですね。今は、デフレがずっと続くだろうから国債に投資したほうが楽だ、と皆が思っているわけです。
竹山さん:そこで疑問なんですが、経済の専門家たちにはこれくらいでは驚かないということが分かっているわけですよね、なのになぜこんな額なんですか?
片岡さん:大規模に緩和するとインフレが制御できなくなるとか、そういう心配をされるかたもいます。私は今現在そんな心配はいらないと思っています、なぜなら今デフレだから。あとは、出来る限り政策のリスクをとりたくない、と思っているんじゃないでしょうか。
竹山さん:政府が、ですか?
片岡さん:日銀が、です。日銀にすれば、失敗も成功も責任は日銀が負わなきゃいけない、というわけです。白川さんは来年の4月に任期が切れます。なのでもうあまりリスクはとりたくないんでしょう。私の想像ですが。
竹山さん:ほかの新聞記事にもそのような話がありましたが、日本の経済を良くしなきゃいけなくて、一般市民のレベルで景気を良くしていかなきゃいけない。そういう事態なのに、リスクを負いたくないなんて感情論で動いてしまうものなんでしょうか?
児玉さん:マーケット側からみるとそういう面もありますが、世界中が緩和競争をするなかで、そうやって増えたお金がへんなところに行っているのです。例えば新興国の不動産価格があがったり、資源価格があかったりして、そういう悪さもしているわけです。なので途上国なんかは、先進国の為替切り下げ合戦はいい加減にしてくれ、という声もあるんです。
金利が下がって国債の価格が上がれば、金融機関は国債をいっぱい持ってますから喜ぶ人もいるんですが、喜ばない人もいるのです。金融マーケットだけみていれば、そりゃ喜ぶ人が圧倒的に多い、というのが今の仕組みなのです。
片岡さん:新興国の人々が困るとはおっしゃいますが、一方で便益も得てるはずです。
それに、わが国はデフレですから、デフレで困っている人とデフレで恩恵を受ける人を比べれば、困っている人が圧倒的に多いわけです。GDPデフレーターで言えば94年の半ばくらいからデフレが始まっていますから15年以上はデフレで、失業率も上がったまま、様々なところで社会的な問題が発生しています。たしかに強力な金融緩和を実施してデフレから脱却することで、債権者のみなさんは困るかもしれません。でもずっとデフレでしたから、その間債権者のみなさんは得をしていたじゃないですか、という理屈もあるんですよね。なので、日本経済全体を見れば、デフレ脱却は良くない、とおっしゃるかたはどなたもいらっしゃらないと思いますよ。
それに、わが国はデフレですから、デフレで困っている人とデフレで恩恵を受ける人を比べれば、困っている人が圧倒的に多いわけです。GDPデフレーターで言えば94年の半ばくらいからデフレが始まっていますから15年以上はデフレで、失業率も上がったまま、様々なところで社会的な問題が発生しています。たしかに強力な金融緩和を実施してデフレから脱却することで、債権者のみなさんは困るかもしれません。でもずっとデフレでしたから、その間債権者のみなさんは得をしていたじゃないですか、という理屈もあるんですよね。なので、日本経済全体を見れば、デフレ脱却は良くない、とおっしゃるかたはどなたもいらっしゃらないと思いますよ。
外山アナ:結局11兆円で喜んでいる人は一部で、この人たちはお金を使ってるんですか?
片岡さん:あまり使っていませんね。ため込んだ方がいいんですから。
児玉さん:アメリカでリーマンショックの後に大金融緩和をやりました。それは何かと言えば、バブル崩壊で損をした金融機関を救済するためのものでした。これはつまり、バブル崩壊で損をした人々を、もう一度バブルを作って救済しようという発想なのです。
片岡さん:しかし金融機関を救済しなければ、日本のような不良債権問題が起こってしまい、結果的に割を食うのは一般の国民なわけです。公的資金を使って金融機関を救うのか、金融緩和を使って救うのか、という話ですね。
児玉さん:ただですね、一般の国民感情からすると金融機関がバブルを生み出して崩壊させたのに、また彼らのために政府のお金どんと使うのは問題になるわけです。大統領選挙でも金融機関の規制が議論されています。
片岡さん:それは別々の問題です。いきすぎた金融機関の行動を規制する話と、お金の貸し借りの土台となる金融機関の役割を守る話はそれぞれ政策の目的が異なっています。金融緩和は、金融機関を助けると表現することがありますが、それはわれわれ一般市民の生活に結びついてもいるのです。金融機関が倒産しそうになると、今持っている預金がなくなっちゃうかもしれない。一生懸命貯めていたお金がなくなってしまえばわれわれ自身の生活も困ります。そういう事態を防ぐためにやっている金融緩和と、金融機関が利益を追求しすぎて怪しげな証券を売りに出してしまうことなどを規制しなきゃいけないという話は切り分けなくてはいけません。
外山アナ:私たちのところまで金融緩和の影響を届かせるためにはどうしたら良いのでしょう?
片岡さん:一つはやはり緩和をより強力に、ということですが、これは手段の話です。もう一つは、今日銀は「目途」として1%の物価上昇率を設定していますが、これは先進国の中でももっとも低い数値です。アメリカは2%ですし、欧州もだいたい2%です。なので、目標の方をもっと上げる、ということです。目標を上げ、手段も強力にする。これをセットでやっていく。
竹山さん:目標さえ上げれば達成できるものなのでしょうか? それに向けて進んでいくものなのですか?
児玉さん:それに向けて金融緩和をもっとやれ、という話ですね。できないのなら責任をとりなさい、ということです。
外山アナ:でも物価が上がっちゃうと消費者はこまりますよね?
片岡さん:今はデフレですし、物価上昇率が2〜3%ということになれば、失業率は確実に下がります。需要が供給よりもちょこっと高いぐらいのほうが、人もたくさん雇用できるし、経済がよく回っていきます。なぜそうなのかというと、黙っていても技術革新はすすむからなんですね。思い切って均して言ってしまうと、私たちは毎年2%くらいづつ労働生産性を上昇させていますので、その分人がいらなくなるのです。なのでその分の需要が増えて物価がそれに応えていく形にならないと、雇用も維持できないし、賃金も維持できなくなるのです。
で、今の状況というのは、マイナス1%直前のデフレなのですが、これを維持することは結局、人がいらない状況を維持するということになります。
なので、2、3%のマイルドインフレを維持するのが望ましい、と言えるのです。
外山アナ:では日銀の言う、消費者物価指数が前年比で1%になるまで強力な金融緩和を進めていくっていうのは、大して強力じゃないってことなんですか?
片岡さん:もっと物価上昇率を上げた方がいいですね。
児玉さん:ただね、物価って言うのはそんなに簡単にコントロールできるのか、という疑念もあるんです。日銀の資産がそうとう肥大化しておかしくなっている、とみんなが思い始めると、日銀に対する信用が急速に悪化する、ということを言っている人もいます。
もう一点あって、今度の金融緩和の話は、景気対策でありデフレ対策なわけですが、そこで日銀にばかり焦点があたってしまっています。それは、政府が財政出動をして景気を浮揚させることもできるわけですが、今までそれをさんざんやってきて、赤字国債がたまってきて、もうお金は使えないという状況にあるからです。政府として何かやらなくちゃいけないんだけど、その手段がないので、日銀にばかり対策を押しつけているのです。
片岡さん:あのー、もともと日銀法という法律がありまして、そこで日銀は物価を安定化させるという責務が定められています。なので物価が安定化していない、つまりデフレであることの最大の責任者は日銀なのです。そして、デフレがずうっと継続しているのですから、日銀の仕事は上手く行っていない。政府は日銀の監督者なわけですから、日銀にどのような政策をさせるか、という議論は当然あるわけです。そこで今回、財務大臣と経済再生担当大臣と日本銀行の連名で、デフレ脱却を目指すという共同文書が作られたわけです。
児玉さん:ただね、日銀の中にある考え方としては、市場に資金需要がないところにお金を出しても、実体経済の刺激にはならない、というものがあります。
片岡さん:馬を水辺に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない、というやつですね。
児玉さん:反応するのは金融マーケットだけだ、ということです。
片岡さん:それは通常の状態ならそうだ、ということですね。デフレではない状態の資金需要と資金供給の話と、デフレ下での資金需要と資金供給の話は別であることを理解しなくてはいけません。
竹山さん:日銀さんがそれを理解してくれなきゃ困りますよね。
片岡さん:そうですね。1930年代の大恐慌のときにものすごいデフレになりましたが、このときにFRBはリアルビル・ドクトリン(真正手形説)という考え方をしていて、これがまさに、貨幣需要がないと資金供給はできない、という考え方なのです。そしてFRBがそのような考え方だったからこそ、デフレになっちゃったんです。なので今ではFRBは、過去の教訓に基づいて、二度とそのような考えで金融政策を行わない、と主張しています。
しかし日銀は、貨幣需要がなければお金は刷らないと言っているわけです。業界ではこれを日銀理論なんて呼んだりしていますが、馬に水を与えても馬が飲まなければ意味はない、というわけですね。まずそもそも水が足りないのですが、この考え方が間違っているということは昔の経験からハッキリしているんですね。だからまず緩和を実行することが大事です。
児玉さん:お金さえ刷れば全てハッピーになると言っている人が結構いるんですが、それもどうかなと思います。
片岡さん:そこは実体経済と絡んできますからね。ただやったほうが良い理由はあって、まず当座のお金に困っている人たちが救えるかもしれません。今、日経平均株価は一万円割れが続いていて、下手をすると9千円割れとか7千円台になったりする状況です。例えばリーマンショックの影響を直接に被ったアメリカや欧州でも、日本ほどには株価の低迷が長続きしているところはありません。これが事実です。バブル崩壊直前、89年の大納会のときには3万8千円台でした。そこから三分の一以下の低い水準で推移しているわけです。リーマンショックでアメリカがヒドいことになっているとはいっても、アメリカの株価は今あがり続けています。なのでこの違いを理解する必要があります。
竹山さん:結局金融緩和策として、二ヶ月連続でこの程度のお金──すごい額ではありますが──を出したところで、結論としてはお二人とも、何も変わらない、ということでしょうか?
児玉さん:そうですね。私の場合は、金融政策にばかり注目するのではなくて、もっと他にもやることがあるだろう、という意見です。例えば新しい産業をおこすための規制緩和、イノベーションのためにお金を使う、減税する、そういったいろんなことをやっていって経済を暖めて行くべきだ、と思っています。
片岡さん:そこはおっしゃるとおりだと思います。ただ規制緩和をすると言っても、どういった規制緩和をするのか、という問題があります。日本はかなり規制緩和を進めてきましたから。
児玉さん:農業とか医療など、取り残されている部分があります。これは業界が反対して難しいんです。
片岡さん:しかしそのような政策は、物価を上げるための第一の手段ではない、というところが重要です。まず第一の手段として、日本銀行がお金を刷らなければ、何も解決しません。これをした上で、なおかつ規制緩和などを平行して行っていくことが大事だと思います。
ここでまたリスナーのメールから。「今回で二回目の金融緩和ということですが、私たちの生活には何の変化もありません。一体誰のための金融緩和なのでしょうか?」
片岡さん:最終的には私たち一般市民の経済が良くなっていくんですが、一番最初はマーケットです。ここのデフレ予想をインフレ予想に転換していく必要があるわけです。具体的には株価が上がったり、為替レートが円安になってきたり、債券の価格が上がったりして、銀行が国債という形で資産を塩漬けにするのではなくて、危険資産にお金を投資するような形に持って行く必要があります。そうすると、株価が上がるので株を持っている人には資産効果という影響があって消費を増やすでしょうし、予想されるインフレ率が上がればお金を借りるときに、額面の金利よりも借りるコストが安くなるので投資をしやすくなります。これを実質コストが下がる、と言います。そうなってくると需要がでてくる。今一部の大企業などは、借り入れではなくて自己資金で投資をしていますが、需要が出てくると、それだけでは足りなくなってきます。もっともっと生産するためにお金を借りる必要が出てきます。そうして資金需要が出てくるのです。なので、即座に資金需要が起こるということではなくて、資産市場を経由して、それが実体経済に波及する、つまり、GDPが増えるとか需要が増えるという形で波及してから、はじめて貸し出しの需要が起こります。そうすると、国債の名目の金利が上がってきます。そうなれば、日本銀行も、金利を上げないと実体経済が加熱しすぎてしまう、としてそこで初めて金利をあげることが可能なのです。これが正常化の過程です。
児玉さん:小泉内閣のときにそれを目指したわけですが、それで起きたことと言えば、結局円が下がってデフレ脱却に近づいたのですが、途中で息切れしてしまいました。様々な産業に影響が及ぶように全体を暖めていく必要があったんですね。
片岡さん:財政政策をもっとやるべきだったかもしれませんね。ただ別の考え方もあります。日本銀行が2006年の3月に量的緩和を解除していますが、そのときは消費者物価指数が0%を3ヶ月間上回っていました。消費者物価指数という統計は、1%弱程度上ぶれする数値です。ですから1%を越えると、そこでようやく0%を越える、というふうに考えられています。そのように統計上の誤差があり、0%程度ではデフレ脱却とは言えない、という議論があったわけですが、結果的に早すぎる引き締めを行ってしまった、これが失敗としてあるわけです。
2006年、2007年というのは、世界経済も好調で、外需という追い風がありました。その追い風のなかで金融緩和を行っていたので、好調なアメリカが容認してくれたこともあり、円安が進みました。なので輸出も増えましたし、それに沿うように設備投資も増えました。なのでそのときにデフレから本格的に脱却できていれば、その投資の成果として得たお金は賃金に還元され、消費にまわるはずでした。しかしそうなる前に、量的緩和をやめてしまったわけです。0%達したからもういいだろう、とか、早く金利を上げたい、ということもあって解除してしまったのです。
外山アナ:失敗しちゃったわけですよね。そういう反省材料があるのに、二ヶ月連続緩和は9年半ぶりだ! とか言っててこれでホントに大丈夫なのかな、と思うのですが、ホントにデフレ脱却しようとしているのでしょうか?
片岡さん:私もそこは疑問に思いますね。例えば白川総裁が2月14日におっしゃったように、1%を目途に金融緩和をしていくという発言も、その時点では総裁任期が切れるまで一年以上ありますから、一年間しつこく緩和を続けていれば、マーケットだってその言葉を信じたでしょう。しかし実際には、ちょっとやったら効果を検証しますと言って一回休み、また緩和しますと言ってまた休む。政府に突っつかれたら渋々緩和している、という風に見えてしまうのです。
児玉さん:日銀のパフォーマンスが良くないのも事実ですよね。アナウンスメント効果といいますが、それがとても弱い。しかし、マーケットというのは気まぐれですし、相手のいることでもあります。日本が金融緩和したとしても、アメリカやヨーロッパが金融緩和をすれば、相殺されてしまいます。
片岡さん:それは為替の話ですよね。インフレ、デフレというのは国内の問題なので、緩和を行えば国内の投資や株価には着実に反映されます。確かに為替にも影響はありますが、それは緩和をやらない理由にはなりません。
竹山さん:ということは、マスコミは2ヶ月連続だと大騒ぎしていますし、こうやってこの番組でもテーマにしてますけど、実はそんな大したことでもなんでもなくて、極端に言うとポーズにすぎなくて、野田首相が経済もしっかりやらなきゃいけないとこの間表明したこともあり、政府が日銀をせっついただけだ、と。で、日銀が面倒くさがりながら、影響が出ない程度にやった、そう考えても間違いでもない、とそういうことですか?
児玉さん:そうですね。
片岡さん:ですね。端的に言うと「できない集」を作っているということです。
外山アナ:10兆、11兆なんて日銀にとってはへでもないってことですか?
片岡さん:そうです。
竹山さん:へでもないし、経済にとってもどうしようもない程度だと。
片岡さん:これ実は二回連続じゃないんですよね。正確には10月は上旬にも一度政策決定会合があって、そのときは緩和を見送っていますから。二ヶ月連続ではあるんですけど、二回連続じゃないんです。細かい話ですが。で、二ヶ月連続ということでこれだけ報道がなされるんですから、次の月も、その次の月も緩和して大きく報道されれば、日銀がようやく本気になってきたと信じてもらえるかもしれませんね。
外山アナ:ちょびちょびやっててもだめなんですか?
片岡さん:小出しにやってても意味はないでしょう。一回やって休んで、また一回やって二回休むという逐次投入をやっていると、なかなか信じてもらえないんですよね。
外山アナ:続けないと意味がないんですね。
片岡さん:そうです。目標を決めているわけですからね。1%を目途と決めているんですからそれを達成するように続けなくちゃいけない。
竹山さん:もしずっとやっていれば、言い方は悪いけど、国民がその気になるというか、だまされるというわけじゃないけど、政府と日銀が経済を良くしようとしてるじゃん、と国民が思いこんでホントに良くなっていくという効果もあるんじゃないですか?
片岡さん:ありますね。株価が上がればそういう雰囲気になるでしょう。
外山アナ:10回で10兆づつ出すのと、1回で100兆出すのとどっちがいいんですか?
片岡さん:それは難しいですね。1回で100兆だしても、次もまだ出しますよ、という緩和の姿勢を続けることが大事なんですね。つまりスタンスを明確にすることが大切なのです。なので、一回やって一回お休み、一回やって二回お休みなんてことをして、その理由を総裁がちゃんと人々が納得する形で説明しないのが良くないのです。外国人の投資家というのは、日本銀行のスタンスを見ています。だから日銀がマジになったというのがハッキリしないと、なかなか株とか債券など、予想によって支配される市場は上向きになってきません。
児玉さん:マーケットが意外に思うこと、驚くようなことを続けてやらなくちゃいけないという話ですね。だけど、マーケットが喜べば株価が上がるというのは、本当なんだろうかという疑問もあります。際限なくやるといってもモノには限度というものがあります。
片岡さん:例えば、わが国の国債を全部日銀が買い取ってもインフレにならないのであれば、無税国家になってしまいますよね。税金を使わず、しかも財政赤字を気にせず、無限に国債を発行することが出来てしまうわけですから。こんなハッピーなことはない。でも実際にはそんなことはあり得ませんね。
児玉さん:しかし第二次大戦中に日本は似たようなことをやったわけです。戦時国債をだして、それを日銀がどんどん引き受けていく。そうして戦争に負けて、生産設備が無くなってしまい、赤字だけが残され、大インフレが起きました。国民の資産が無くなってしまったという経験をしたわけです。なので、モノには限度ってもんがあるんですよ。
片岡さん:もちろんそうです。だからこそ、物価上昇率の1%という目途を決めたわけですよ。インフレターゲットを導入して財政破綻した国はありませんしね。
児玉さん:インフレターゲットというのは、インフレ率が高い国が、低く安定させるためにはじめたものですから、逆のパターンってあまりないんですよ。
片岡さん:いえ、いくらでもありますよ。決して前例のないことではないんです。なのでやるかやならないかだけです。
外山アナ:結局二ヶ月連続で終わって、今度は消費税も上がったりしたらたまったもんじゃないですね、国民としては。
片岡さん:そうですね。政府が出来ることで重要なのは、10月末に発表された日銀の展望レポートによれば、2014年の実質GDP成長率は消費税増税の影響込みで0.6%ぐらいとされています。そこまで落ち込む、という予想をたてています。このような状況であれば、増税は一旦オシャカにして、公共事業、金融緩和を使って政府と日銀はデフレ脱却の歩調を整えるべきだ、という話も出てくるでしょう。
竹山さん:政治的にみると、野田政権は長くとも来年の夏までです。日銀の総裁は春で任期満了です。苦しい状況に置かれている人がいるわけですから、経済的には急がなくてはいけないと思うのですが、今何かをして、来年の夏までに大きく変わっていくモノなのでしょうか? 早く新政権を樹立して、そちらでやったほうがいいんでしょうか? 今野田さんがやっても政権が変わってまた一からなんでしょうか?
児玉さん:今の政権が経済対策をやろうと思っても、参院でねじれていますから、なかなかできないでしょう。なので先日の経済対策で出てきたのは、災害等のための予備費を7000億程度使うという話でした。実体的に意味のある話ではないと思います。だから政治状況がこのようであるというのも、日本の不況を長引かせることにつながっていると思います。なので、政治状況を刷新して、世の中の気分を変えるのも一つの手でしょうね。
片岡さん:そうですね。政権を変えるときに日本銀行のスタンスを変えるのもいいでしょう。しかし、政府に非があるから、日本の中央銀行は今のままでも良いのかといえば、それは良くないと思います。オバマ政権は危機が起こった直後は急激に公共事業を増やしましたが、それ以降はほとんど出来ていません。そんななかで2%台の経済成長をなんとか達成できているのは、FRBが金融緩和をしているからです。これがなければアメリカ経済はおかしくなっていたでしょう。
児玉さん:ちょっと心配なのは、アメリカも財政赤字が増えてしまって、財政の崖問題、財政支出を減らそうという動きが出てきています。ヨーロッパの債務危機もギリシャがまた怪しくなってきています。つまりこの先どうなるかわからない、先行きがすごく不透明なんですね。
片岡さん:財政の崖については、政治的に決着するのではないかと思っています。欧州のほうは、これは年中行事ですから、年末になるたびに大変だーとなってずるずる悪くなっていく、これが繰り返されてきました。
児玉さん:もう一つは、中国の高度成長がどうも終わりそうだ、という点です。新興国頼みも無理かな、という状況です。
片岡さん:なので余計国内の対処が重要ですね。
児玉さん:そこを金融政策だけでやるというのが私には疑問です。いろいろやらなきゃいけないと思います。
竹山さん:お時間ですのでまとめたいと思います。二ヶ月連続の金融緩和というのは、10兆円、11兆円と打ち出されたわけですが、これはあまり効果はない、ということですね?
片岡さん:そうですね。まだまだ足りません。
外山アナ:およそ九年半ぶりです! みたいな報道なのに。
竹山さん:そういう報道があるので勝手にスゴい!と思っちゃってるんですよね。新聞でも一面ででてますし。
外山アナ:大したこと無いんですね。
片岡さん:今までやってませんからスゴいことではあると思いますよ。もっとやったほうがいいですけど。
竹山さん:逆になぜ今までやってないんだっていう。
外山アナ:今日は、「日銀が二ヶ月連続の金融緩和。デフレ脱却、景気回復のシナリオとは」ということで、毎日新聞紙面審査委員の児玉平生さん、そして三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員の片岡剛士さんをお迎えしてお送りして参りました。ありがとうございました。
児玉さん:ありがとうございました。
片岡さん:ありがとうございました。
おつかれさまでした。さて、そうして日本はもう15年以上もデフレなのです。この間に失われたものを数え上げたってキリがないほどの停滞です。なのに放送中、児玉さんが案の定、「資金需要がないなかで緩和しても…」という真正手形説をもちだしたときは、充分に予期していたこととはいえ、ちょっと残念な感じがしましたね。まだその話してるの? という。そりゃあ、新しい論点がホイホイ出てくるとは思ってませんけど、児玉さんの論点が平気であっちこっちに飛んでいってることもあり、緩和策の何に反対しているのか、お考えがあまりよくわかりませんでした。大メディアのみなさんには、リフレ政策に関する議論が10年以上という時間をかけてしっかり積み上げられてきたことを直視して欲しいですね。
しかしそれでも、思ったよりも毎日新聞っぽくないなあ、とも思いました。てっきり元朝日新聞の記者さんみたいに「安倍総裁は金融右翼だ!」とか言うのかと思った。(参照) そういえば戦前、新平価解禁四人組は逮捕! とか書いてたのも朝日新聞だそうですね。
一方で、番組としては台本通りなのかな、とも思うのです。児玉さんが俗説を取り上げて、片岡さんがそれを否定していくという構成だったのかも知れません。でもそうだとすると児玉さんの印象がちょいと悪すぎるので、是非一言、今回はこういう構成で行きますって言っておいて欲しかったです。いや違うならいいんですけど。
現在は安倍自民党総裁が言明したリフレ政策がヤフーのトップにニュースとして載る時代です。思えば僕がリフレ政策の存在を知ったのはもう8年前ですから、ここ数週間の動きには隔世の感を覚えますね。同時に、安倍総裁の案に対する反論が、今まで幾度となく否定されてきた日銀理論の焼き直しでしかないことに虚しさも感じます。「独裁政権」なんて批判がありましたが、結局印象論かよ、と。(参照) とはいえ、日銀がこれ程までに国民の注目を集めてしまったのだから、日銀の栄華もここまでなんだろうと思います。90年代後半から不気味なまでに効果的な情報戦略を実践してきた日銀がこのまま大人しく引っ込むのか、そこがこれからの見所でしょうかね。日銀法改正と引き換えになにか要求してきそうな気もしますが、折り悪く白川日銀総裁も任期切れ間近で、何かと組織としてまとまりにくそうです。
ちなみにDigでは、11月の20日の放送でも片岡剛士さんが登場しています。これは27日まではダウンロードできると思いますので、是非どうぞ。