2009年11月30日月曜日

経済学者から首の短いキリンたちへ・書評・田中秀臣『偏差値40から良い会社に入る方法』

cover
偏差値40から
良い会社に
入る方法
田中秀臣
 学生の就職状況が悪いというニュースがでるようになってきた。で、関係ないけど、複雑だったり新奇だったりする出来事に出くわすと、知ったかぶりをしちゃうってのが大人にありがちな反応だ。その反応にも二種類あって、一つは「俺の経験」を大声で言って開き直るというやつで、人一人の経験なんてたかが知れてるんだからそこから一般化はできないよ、とスルーすればいい。もう一つは「そもそも論」で、「そもそも能力のあるヤツなら企業が放っておかない」みたいな確かめようのないことを大声で言ってみたらホントっぽく聞こえたというやつで、これは願掛けと変わらないから、そうなるといいですね、でスルー決定。でも口に出したらだめですよ、そういう人ってメンドクサイから(若者が大人を怖がるのも納得だ)。
 
 今回読んだ本、田中秀臣著『偏差値40から良い会社に入る方法』は「俺の経験」でも「そもそも論」でもない就活本だ(著者の経験も書かれてるけど)。本書のターゲットは就職活動が苦手なフツーの人なので、優秀な俺様が過酷な現実に立ち向かって勝利を得た話をしてやるからお前らもがんばれみたいな本ではない。著者は経済学者なのだ。かなり強引な引用をしてしまうと、経済学者というのはケインズによると、
経済学者はすでに、「社会と個人の調和」を生み出した神学的な、あるいは政治的な(自己責任という)哲学とのつながりを絶っている。経済学者の科学的な分析からも、そのような結論を導くことはない。
 
 僕はこの前の就職氷河期を学生として経験してるけど、この時まともで、凡人にも実行可能なアドバイスなんて存在しなかった(なので『菜根譚』とか読んでた)。その時の僕は思い至らなかったけど、結局のところ大人たちもどうすればいいのか知らなかった。僕の出た大学はその年の内定率が50%で、本書にもあるけどそもそも職を探す学生が減ってしまっていたので、実際に仕事にありついた学生は50%よりも少ないだろう。しかもこれまた本書にあるように、離職率の非常に高い職種、金融営業とか、についた学生が多かったようだ。
 
 で、本書にはいままで見あたらなかった実行可能でまともなアドバイスが具体的に書かれている。特に大事なのは、企業の都合を良く知ろう、ということ。その調べ方、考え方も書いてある。なので、この本を読んで得をするのは学生だけじゃない。極端に言ってしまえば、一生役に立つ心構え(しかも超人的な努力を必要としない)が手に入る。が、その手の金言はいつもそうだけど、すぐに結果が出たりしないかもしれないし、時にはずっと結果が出ないかもしれない。
 
 その理由も本書にある。本書に載っているのは実践的なアドバイスだけじゃなくて、もっと根本的な疑問も提示されている。つまり、本当に個人の問題なのか? という疑問だ。就職活動は求職者側の負担が妙に重い。だからこそ不満足な職に引っかかる人が多いのだと思う。本来なら労働環境や離職率などの情報は求職者に提供されているべきだろう*1。どう考えてもフツーの個人が調べることは難しいんだし。個人の限界を超えているのなら、それは社会の問題だ。だから本書のアドバイスを実行しても結果が出ない可能性もある。
 
 ケインズは拙訳『自己責任主義の終わり』のなかで、キリンの群れを例えに個人の能力に頼る社会のデメリットを説いている。高いところに葉をたくさんつける木と、それに群がるキリンを想像してほしい。キリンは努力してめいっぱい首をのばすだろう。その努力の甲斐あって首の長いキリンが肥え太る一方で、首の短いキリンは飢えていく。

 キリンたちの幸せを心から望むのであれば、首が短いばっかりに飢えていくキリンの苦しみを見逃すべきではないし、激しい闘争の中で踏みにじられていくおいしい葉っぱとか、首の長いキリンの肥満とか、群れの穏やかなキリンたちの表情に垣間見える不安や強欲の邪悪な気配なども素通りしてはいけないはずだ。


 もちろんケインズは個人の能力を否定しているわけではない。彼は、個人の能力や成功は運次第だ、と言っている(のだと思う)。たしかに能力のある人物は存在するが、両親から受け継いだ才能と、それを育てる境遇があればこそだ。100%自力で優秀になる人なんていない。ちょっとマシな参考書にであうのだって運が必要なんだから。
 
 就職氷河期を繰り返してしまうということは、僕たちが何でも個人の問題にすりかえてしまう悪癖に耽っているということでもある。首の短いキリンが飢えているのを見て、「短い首のヤツにはそのような運命がお似合いだ」と言えるだろうか。感情的にそれは難しいだろう。しかし現実の判断としては、僕たちは首が短いという理由で飢えゆくキリンを見捨てている。しかも、首が短ければ、つまりこの場合就職活動が下手ならば、能力が低いといえるのだろうか? という大きな疑問も放置したままだ。あと、能力が高いはずの人たちがどれほど社会に貢献しているのか? という疑問も。
 
 本書の後半部分はまさに、次のケインズの言葉をわかりやすく丁寧に説いているといえる。
 現在の悪しき経済現象の多くは、リスク、不確実性、そして無知の所産である。特定の境遇や能力に恵まれたものが、不確実性と人々の無知を大いに活用することから、さらに同じ理由で大事業はしばしばただのギャンブルになっていることから、富の大規模な不平等が生じるのである。また、これら同じ三つの要因が、労働者の失業の原因であるし、まっとうな商売が期待通りの利益を出さないこと、効率性と生産量が減っていくことの原因でもある。しかしその治療法は個人の働きの中にはない。それどころか、個々人の利害はこの病を悪化させかねない。これらに対する治療法の一つは、中央政府機関による貨幣と信用の計画的なコントロールに求めるべきであるし、一つは、すべての有益な、必要とあらば法で定めてでも公開させたビジネス情報を含む、ビジネス環境に関わる大規模なデータの収集とその広い告知に求めるべきである。これらの対策は、適切な機関が民間事業の複雑な内部構成に働きかけることを通して、社会に対し人々のマネジメント能力(directive intelligence)を十分に発揮させることを促すだろう。その一方で、民間の指導力や私企業の妨げになることもないだろう。そして、たとえこれらの対策が不十分なものであったとしても、現在私たちが持っているものより有益な、次のステップに進むための知識を提供してくれるだろう。


 さらに本書には一生役に立つ就職活動のコツも書かれているのだから、1,400円(+税)は安いと思いますよ。ちなみに、本書後半の内容を詳しく知りたいときは同じ著者の『雇用大崩壊』をおすすめ。
 
*1:本来ハローワークってそのためにあるんでしょうけど、現状では右から来た求人を左の求職者に受け流してるだけに見えますよね。

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