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2013年2月1日金曜日

十年一日・書評・『エコノミストミシュラン』田中秀臣、野口旭、若田部正澄編

 毎年のように今更あけましておめでとうございます。本年も拙ブログ、よろしくおねがいします。

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エコノミスト・ミシュラン
田中秀臣
野口旭
若田部昌澄
 さて、年末に引っ越しをしたので本を整理していたら、2003年、つまり十年前に出版された『エコノミストミシュラン』が出てきた。奥付きを見ると、僕が買ったのは同年に出た3刷り。本書は、現在ではリフレ派としてすっかりおなじみの論者たちが、当時から乱発気味の経済書を「「経済学の基本」の尊重と、そして良識」(本書「はじめに」より)をもって書評し、その半分くらいを切り捨てていく本で、三名の編者の他、高橋洋一氏や飯田泰之氏、そして故岡田靖氏なども評者として参加している。

 編者三人の鼎談ののち、本書では計31冊の経済書がリフレ派の検証を受けている。が、晴れて「経済学の基礎」と良識を兼ね備えていると認定された本ばかりというわけにはいかない。そういう本は、これまたお馴染みの岩田規久男氏や原田泰氏、P・クルーグマン氏、J・スティグリッツ氏、P・テミン氏などなどの本で、あとは、部分的には良いけど全体としてはダメ、というのがちょぼちょぼあって、残りはゴミ、という感じ。

 書物の運命としては恵まれているのだろうけど、現実的には非常に残念なことに、十年という時間の経過をまったく感じさせない本でもある。当時2003年は、りそな国有化、財務省の大型為替介入、福井新日銀総裁のゼロ金利政策と量的緩和政策の継続などが重なって、若干の景気の回復が見られた頃。編者の一人、野口旭氏の言葉によると、

要するに、90年代は失われた10年と呼ばれていますが、それは、マクロ政策で少し株価が上がったり、景気が上向くと、すぐに横槍が入ってしまったことが原因なんです。橋本内閣のときには、少し景気が回復したのを見て、財務省の悲願だった財政再建路線という引き締め政策に転換して、景気が再び落ち込んだ。次に小渕内閣になって、大型の財政支出をやって景気が上向いたら、速水日銀がゼロ金利を解除して金利を上げ始めた──実際に上げたのは小渕首相が死んでからでしたが。とにかく、それぞれの政策当局が勝手に自分の庭先だけをきれいにしはじめる。これでは、デフレ脱却などできるはずがない。それが本格的な景気回復までいかなかった原因です。ですから今回も、この株高でまた構造改革路線に戻って財政緊縮を前のめりでやりはじめると、同じことをくりかえしてしまう気がします。
(p. 18)

という状況だった。僕たちはその後起きたことを知っているわけですが……。*1

 さて、リフレ派は書評されている本の著者たちも評者たちも主張が変わっていないから、2013年であっても言い分がそのまま通用するのは当然だ。一方の反金融政策方面の人たちの主張もまた、今見るとジョークにしか思えないものもあり、何度論破されてもよみがえるハイパーインフレになっちゃうんだぞ説、日本は特殊なんだ説、もう諦めようぜ説など、無駄ににぎやかであるのも今と変わらない。ジョークにしか思えないというのは、うっかり新しい経済学を打ち立てちゃう人が多いということで、当時はそれがこの手のご商売の人たちのマイブームだったんでしょうね。十年たって榊原経済学とかができてたら良かったんですけど。

 本書ではすでに「失われた10年」という語が多く使われていて、ため息がでる。ずーーーーっとデフレだったなあ、としみじみ思う。岡田氏がテミン氏の『大恐慌の教訓』を評したところから引用してみよう。テミン氏らの研究が影響力を持ってきたアメリカであるが、

翻って日本における大恐慌期に関する一般的理解を眺めてみると、こうした(引用者:80年代以降に大いに発展したマクロ経済学の)理論的・実証的研究の成果がほとんど理解・受容されていないことに驚かざるをえない。経済学の専門家以外の人びとのあいだでは、マルクス主義の影響が強いために、大恐慌を資本主義経済の必然的な破局だとみなす考えが広く受け入れられているし、経済分析の専門家のあいだですらケインジアンVSマネタリスト論争当時の認識が一般的なのである。
(p. 206)

一応言っておきますが10年前ですよ。さて、昨年末の選挙でリフレ政策を掲げた自民党が大勝し、安倍総理に対する期待だけで円安株高になっている現在、本書で強く批判されているような主張は若干そのトーンを弱めている感がある(『100年デフレ』の人は相変わらずのようですが)。しかしそれも一時的なことだと思う。これから日銀総裁、副総裁、そして審議委員の人事が議論されていく中で、一見リフレ政策に理解がありそうな人物が、その役職の候補者としても、その人事を決める側の人物としても多く出てくるはずだ。

 評者の一人、高橋洋一氏は加藤出氏の『日銀は死んだのか?』の書評を次のように始めている。

つい最近までデフレ対策としてのインフレ目標論議が盛んだった。2003年3月の福井俊彦氏の日銀総裁就任以降、議論は下火になったが、デフレはいまだに収束していない。
(p. 231)

 福井氏は当時の小泉総理に対し、デフレ脱却を約束することと引き替えに総裁に就任させてもらった、と言われている。 そして当面は緩和姿勢を継続したので、インフレ目標の議論も下火になった。しかし、いざ小泉総理の任期が終わりに近づくと、統計の改定期であることなど有力な反論があったにも関わらず、量的緩和もゼロ金利政策も解除してしまった。それが2006年。そうして、小泉総理が退いた後の第一次安倍政権ではデフレが再び加速したのだった。今回もこのようなことを繰り返してはいけない。

 思えば福井氏は、大蔵スキャンダルで話題になったノーパンしゃぶしゃぶの顧客名簿にその名が載っていたり、総裁任期中にインサイダー取引疑惑が浮上したりと、速見、福井、白川と続く日銀出身総裁のなかでも派手な人物だった。それでもメディアがあんまり強く批判しなかったのだから、このころが日銀の栄華の絶頂期だったのかもしれない。さすがに今の白川さんにこれだけのネタがあったらタダでは済まないだろう。少なくともそこまでは事態が進んだわけだ。

 先日、1月23日、日銀と政府は物価目標を2%とする共同声明を出した。が、一日たつ頃にはもう多くの人は失望していた。2014年になってからとか、政府の成長戦略がないとできないとか、事実上の何もしない宣言だったからだ。そうして麻生副総理が、もう日銀法改正の必要性は小さくなったと発言するなど、かなり雲行きが怪しくなっている。

 とはいえ、景気回復を願う人々にとって本丸は日銀人事と日銀法改正だ。安倍総理も法改正の意志を失ったわけではないようだし。そして特にその人事の議論の中で、本書でばっさり切られている人の名前が挙がってくこともあるかもしれない(昨年、日銀寄りすぎて? 日銀審議委員になれなかった河野龍太郎氏の著作も扱われている。この当時は円安を支持していたようだけど)。本書の鼎談でも再三言われていることだが、当時は日本経済を構造問題として読み解くという情熱がずいぶん高まっていたようだ。しかし、日本の若者にまともな仕事がなくて、30歳すぎてもお金がなくて結婚も子育てもできないような現在の状況というのは、明らかに以前の日本人の生活とは異なるものだ。なので、今となっては当時の論者たちがデフレに絡めて論じていた構造というのが何なのか、よく分からなくなっている。現状は構造改革の成果なのかそれともその失敗なのか? そう自らに問わなきゃいけない人たちが本書にはたくさん出てくるのだけど、なにぶん寡聞でありまして、存じ上げませんね、そんな殊勝な人。

 たとえば野口悠紀雄氏といえば構造改革のイデオローグとして名高い人だけど、もちろん本書でばっさりやられちゃっていて、デフレは中国の工業化が原因としているらしい。(p. 149) 当然中国と貿易しているのは日本だけではないわけで、つまり、当時から日本だけがデフレである理由がまったく説明できていなかったわけだ(ま、そこを説明するのが構造問題だったんでしょうね)。なので、これからこの手の人々の名が挙がっても、「経済学の基礎」を尊重していないし、良識のほうもちょっとあやしいよ、とちゃんと批判できるようにしておきたいものだ。

 鼎談中、田中秀臣氏は、「とにかくぼくたちは、リフレ派に反論している人たちの本をかなり読んで、構造改革派のトンデモ本の類までフォローしているのに、リフレ政策に反対する連中は勉強不足も甚だしい。自分が批判している相手の代表的な文献も読まずに批判する。そういう勉強不足のエコノミストたちが多すぎます。」(p. 65 )と言う。これもやっぱり現在と変わらない。今は、テレビのニュースキャスターが「これだけ長い間消費者物価が上がらなかったのだから、2%まで上げるといっても簡単にはできない」などと日銀の無自覚な代弁者になっている状態だ。簡単じゃなかった諦めるって選択肢ありなの? さらに、未だに、経常収支赤字=国際的な信用低下! などという読んでるこっちが恥ずかしくなるような重商主義丸出しの記者が経済記事を書く放送局があったりする。(参照)一知半解、その場で分かったふりをしただけで、大胆にも仕事をこなしたことにしてきたニッポンのオトナたちが、今回だけは黙っておこうと思うだけで、案外日本経済は復活しちゃうのかもしれない。

 また、本書でぶった切られている俗説に少子化が出てこないのもおもしろい。当時はまだ人口が減っていないのだから当然なのかもしれないが(今だって別にものすごく減ってるわけじゃないけど)、少子化問題というセンセーショナルな切り口がこのご商売で幅をきかすには、構造問題がテーマとしてが消費しつくされて、場所を明け渡す必要があったのかもしれない。

 「経済学の基本」の尊重と良識。その欠如は本書によって10年前にすでに指摘されているわけで、今回こそは、半端なところで手を打たず、しっかりとマイルドインフレの実現を見届けたい。本書を今一度読み返せば、金融政策の論点が10年前にすでに出尽くしているのがわかるはずだ。最後に編者の一人、野口旭氏の鼎談中の言葉を引用しよう。

確かに経済学は、物理学などの自然科学に較べて、人間社会を相手にしていますから、はっきりと決着がつけられていない領域がまだたくさんあります。しかし、アダム・スミスやリカードからはじまる多くの経済学者たちが明らかにし、われわれの社会に蓄積されてきた経済学の共有の知見は、現実社会を改善するのに確かに役に立ってきたと私は思っています。その知見は、経験的な証拠によって繰り返し確認され、また政策として現実に役に立ってきたからこそ、現在まで生き残っているわけです。それを否定して、いったい何をしようとしているんでしょうか。
(p. 117)


*1: ちなみにこの2000年のゼロ金利解除、当時の日銀副総裁の藤原作弥氏が積極的に推し進めたようです。そしてその藤原氏が、イェール大の浜田教授や本書の評者でもある高橋洋一氏などを、「有象無象」と呼んだなんてニュースがありました。shavetail1さんのブログによると、藤原氏はジャーナリストであり、金融は「ずぶの素人」を自称してたとか。

2012年11月25日日曜日

激突? 毎日新聞 VS 片岡剛士

 引っ越しするのでばたついていて、ブログなんか真っ先に吹っ飛んだわけですが、少しは世事も勉強せねばということで、TBSラジオのDigというラジオ番組のポッドキャストを聞いているわけです。ポッドキャストがダウンロードできるのは放送から一週間なんですが、作業の合間にぼんやりと放送タイトルを見ていたら、日銀の金融緩和がテーマになっている回(2012年11月5日放送)があったんですね。で、その日の番組パーソナリティはカンニング竹山さんと、アナウンサーの外山恵理さんで、ゲストが毎日新聞の紙面審査委員の児玉平生(ひらお)さん、そして三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士さんでした。

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円のゆくえを問いなおす
実証的・歴史的に見た
日本経済
片岡剛士
そうなんです。金融緩和は甘え、とか言い出しかねない毎日新聞さんと、『円のゆくえを問いなおす』で日銀の責任を冷徹に浮き彫りにした片岡さんの対決なのです。これは聞くしかありません。んで、ダウンロード可能期間も過ぎちゃってるし、一丁ブログで勝手にまとめてみましょう、というのが今回の趣向でござい。

 序盤では片岡さんから日銀の当座預金などシステムの話があって、これをラジオで説明するのは無理があるだろう、と心配になる出だし。なんとなく「難しいことはともかく日銀にばかり頼る政府はけしからん」みたいな雰囲気になってしまうんじゃないか、と気をもむワタクシ。が、そんなのは全くの杞憂で、中盤以降、児玉さんが毎日新聞っぽいことを言った途端に、片岡さんがことごとく撃ち落とすという展開で、年上相手にさぞやりにくいでしょうに、片岡さんすごい、圧倒的ではないか我が軍は、というリフレ政策支持者としては痛快な番組と相成りました。

 では放送の内容を具体的に見ていきましょう。この放送のタイトルは「日銀が二ヶ月連続の金融緩和。デフレ脱却、景気回復のシナリオとは」となっており、11月初めの追加緩和政策の発表がキッカケになっています。序盤は省略しまして、11分30秒ころの「日本銀行券をジャンジャカ刷りまくるのがダメな理由があれば教えてください」というリスナーのメールに対する片岡さんの返答から。

片岡さん:今はデフレの状態ですよね。デフレでは人々はお金をあまり借りません。しかしこの状態で、日本銀行が「将来インフレになります。信じてください」と言ってそれを各銀行が信じるならば、国債に投資するよりも、株や債券に投資をしたほうが有利になる、と考えるようになるでしょう。なのでそのように信じてもらえるまで刷ればいいと思います。あとはどうしたら将来インフレになるんだと信じてもらえるか、という点です。日本銀行の場合98年以降ずっと基本的にデフレの状態です。それをインフレにするためには、約束をする、という手があります。なので、当面は1%の物価上昇率を目途にして金融政策をやります、と日銀は言っています。これを信じて欲しい、と日銀は言っているわけですね。
外山アナ:二ヶ月連続の金融緩和はおよそ9年半ぶり、と言われていますが、その前回のときはどういう状況で、どんな結果になったんですか?
片岡さん:その当時日銀は量的緩和という政策を行なっていました。これは今現在と基本的には同じで、物価上昇率が0%以上になるまで金融緩和をします、という約束です。これは児玉さんとはご意見の違うところかもしれませんが、2001年の3月から2006年の3月までの量的緩和では、日銀が銀行に対して供給できるお金の総量であるマネタリーベースでみると、前年比で30%が最大でした。リーマンショック後、アメリカの中央銀行、FRB(連邦準備銀行)の場合、マネタリーベースは前年と比べて40%以上、時には50%から60%くらい供給しています。なので日銀の場合、量が足りなかったと言えます。
外山アナ:少なすぎる?
片岡さん:はい。ちなみに現在、2012年9月のマネタリーベースは過去最大だと言われるんですが、前年比でいうと、10%増くらいです。なので、たしかに供給はしている。けれど、アメリカのFRBやイギリスのイングランド銀行、あるいは欧州の中央銀行と比べると、日銀のお金の供給量は少ないのです。だから、少ない状況で「上手くいかない」と言うのではなくて、せめて他の国となじくらいやってみてから「上手くいかない」と言ったっていいはずです。
竹山さん:片岡さんのご意見としては、メールのかたと同じように、もっと刷ればいいじゃないか、ということですね?
片岡さん:もっと大胆に緩和すべきだと思います。そうしなければ、日銀の目標は信じてもらえません。今の1%という目標すら信じてもらえていないのですから。これは日銀が発表している展望レポートからも明らかで、10月の末に新しい展望レポートが発表されたのですが、そこでは、2012年度はデフレが続く、と予想されています。その前のレポート、例えば今年の4月のものでは、2012年度は僅かではあるけれどインフレになる、と予想されていました。これは海外の景気状況が悪いなど色々な理屈をつけていますが、結論としては物価上昇率がマイナスになっちゃう、ということです。さらに、2014年になっても、当初目標としていた1%という目途を達成できない0.8%程度になるとしてます。なので、このまま行っても1%は無理、という状況です。
児玉さん:ただ、お金を増やしたからといって借り手が増えるわけでもありません。ではそれでどうなるかというと、緩和に反応する人がいるのです。つまりそれがマーケットです。日銀が今やっていることを、リーマンショック以降、アメリカやヨーロッパもやり始めたのです。日銀の緩和の規模が小さいといいますが、日本はバブル崩壊以降、ずうっと同じことをやってきたわけです。
片岡さん:いえ、同じことではないと思います。量的緩和のときもそうですが、今のアメリカ、欧州と比べても少ないですね。日銀の量的緩和は日銀当座残高の値を目標にしていたわけですが、FRBの場合はそれがFRB自身の資産の規模なんです。たとえば国債、住宅関連の担保証券とかそういうものを買い入れて、その代金をもって金融緩和としたわけです。サブプライムローンのときに焦げ付いた住宅関連の証券などを買い取り、価格の下支えをしたんですね。なので日銀の緩和とFRBの緩和には重なる部分もありますが、そうでない部分もあるのです。
児玉さん:日米でボリュームの差はあります。ただ、市場の反応を期待しているわけですが、中でも為替の場合、日銀が金融緩和をすると円が安くなるんですね。円が安くなると、輸入価格が上がるのでデフレ対策にもなります。で、ある意味で、世界中の通貨当局が緩和しているということは、自国の通貨の切り下げ競争をしているということです。
外山アナ:今回は反応したんですか?
片岡さん:今回は発表前のタイミングで反応がありました。十月の半ばくらいから追加緩和が予想されて報道にものりました。なのである意味期待が高まっていたわけです。株式市場は今どうなのか、ということよりも、将来どうなるか、という予想によって動きます。 で、30日の発表があった途端、日経平均は一気に下がりました。為替レートもその日は円高になりました。次の日に少し戻しましたが。
児玉さん:10兆円くらいの緩和が予想されていたんですが、実際に発表されたのは11兆円でしたので、期待とあんまり違わなかったんですね。
片岡さん:前原さんが政策決定会合に出席しましたが、それでプラス1兆円だったんでしょう。(笑)


ここで福岡のリスナーのメールの紹介。「緩和は小出しではなくドカンとやったらいいのでは? 白川さんの処方箋にはのってないようですが。白川日銀総裁の地元小倉では、貧乏神とか陰口たたかれます。」とのこと。

片岡さん:おっしゃる通りです。Too Little, Too Late. なんです。
外山アナ:じゃあどれくらいやればいいんですか?
片岡さん:一つ桁が違うかな、と思います。マーケットが驚く、というのが条件ですね。今は、デフレがずっと続くだろうから国債に投資したほうが楽だ、と皆が思っているわけです。
竹山さん:そこで疑問なんですが、経済の専門家たちにはこれくらいでは驚かないということが分かっているわけですよね、なのになぜこんな額なんですか?
片岡さん:大規模に緩和するとインフレが制御できなくなるとか、そういう心配をされるかたもいます。私は今現在そんな心配はいらないと思っています、なぜなら今デフレだから。あとは、出来る限り政策のリスクをとりたくない、と思っているんじゃないでしょうか。
竹山さん:政府が、ですか?
片岡さん:日銀が、です。日銀にすれば、失敗も成功も責任は日銀が負わなきゃいけない、というわけです。白川さんは来年の4月に任期が切れます。なのでもうあまりリスクはとりたくないんでしょう。私の想像ですが。
竹山さん:ほかの新聞記事にもそのような話がありましたが、日本の経済を良くしなきゃいけなくて、一般市民のレベルで景気を良くしていかなきゃいけない。そういう事態なのに、リスクを負いたくないなんて感情論で動いてしまうものなんでしょうか?
児玉さん:マーケット側からみるとそういう面もありますが、世界中が緩和競争をするなかで、そうやって増えたお金がへんなところに行っているのです。例えば新興国の不動産価格があがったり、資源価格があかったりして、そういう悪さもしているわけです。なので途上国なんかは、先進国の為替切り下げ合戦はいい加減にしてくれ、という声もあるんです。 金利が下がって国債の価格が上がれば、金融機関は国債をいっぱい持ってますから喜ぶ人もいるんですが、喜ばない人もいるのです。金融マーケットだけみていれば、そりゃ喜ぶ人が圧倒的に多い、というのが今の仕組みなのです。
片岡さん:新興国の人々が困るとはおっしゃいますが、一方で便益も得てるはずです。
 それに、わが国はデフレですから、デフレで困っている人とデフレで恩恵を受ける人を比べれば、困っている人が圧倒的に多いわけです。GDPデフレーターで言えば94年の半ばくらいからデフレが始まっていますから15年以上はデフレで、失業率も上がったまま、様々なところで社会的な問題が発生しています。たしかに強力な金融緩和を実施してデフレから脱却することで、債権者のみなさんは困るかもしれません。でもずっとデフレでしたから、その間債権者のみなさんは得をしていたじゃないですか、という理屈もあるんですよね。なので、日本経済全体を見れば、デフレ脱却は良くない、とおっしゃるかたはどなたもいらっしゃらないと思いますよ。
外山アナ:結局11兆円で喜んでいる人は一部で、この人たちはお金を使ってるんですか?
片岡さん:あまり使っていませんね。ため込んだ方がいいんですから。
児玉さん:アメリカでリーマンショックの後に大金融緩和をやりました。それは何かと言えば、バブル崩壊で損をした金融機関を救済するためのものでした。これはつまり、バブル崩壊で損をした人々を、もう一度バブルを作って救済しようという発想なのです。
片岡さん:しかし金融機関を救済しなければ、日本のような不良債権問題が起こってしまい、結果的に割を食うのは一般の国民なわけです。公的資金を使って金融機関を救うのか、金融緩和を使って救うのか、という話ですね。
児玉さん:ただですね、一般の国民感情からすると金融機関がバブルを生み出して崩壊させたのに、また彼らのために政府のお金どんと使うのは問題になるわけです。大統領選挙でも金融機関の規制が議論されています。
片岡さん:それは別々の問題です。いきすぎた金融機関の行動を規制する話と、お金の貸し借りの土台となる金融機関の役割を守る話はそれぞれ政策の目的が異なっています。金融緩和は、金融機関を助けると表現することがありますが、それはわれわれ一般市民の生活に結びついてもいるのです。金融機関が倒産しそうになると、今持っている預金がなくなっちゃうかもしれない。一生懸命貯めていたお金がなくなってしまえばわれわれ自身の生活も困ります。そういう事態を防ぐためにやっている金融緩和と、金融機関が利益を追求しすぎて怪しげな証券を売りに出してしまうことなどを規制しなきゃいけないという話は切り分けなくてはいけません。
外山アナ:私たちのところまで金融緩和の影響を届かせるためにはどうしたら良いのでしょう?
片岡さん:一つはやはり緩和をより強力に、ということですが、これは手段の話です。もう一つは、今日銀は「目途」として1%の物価上昇率を設定していますが、これは先進国の中でももっとも低い数値です。アメリカは2%ですし、欧州もだいたい2%です。なので、目標の方をもっと上げる、ということです。目標を上げ、手段も強力にする。これをセットでやっていく。
竹山さん:目標さえ上げれば達成できるものなのでしょうか? それに向けて進んでいくものなのですか?
児玉さん:それに向けて金融緩和をもっとやれ、という話ですね。できないのなら責任をとりなさい、ということです。
外山アナ:でも物価が上がっちゃうと消費者はこまりますよね?
片岡さん:今はデフレですし、物価上昇率が2〜3%ということになれば、失業率は確実に下がります。需要が供給よりもちょこっと高いぐらいのほうが、人もたくさん雇用できるし、経済がよく回っていきます。なぜそうなのかというと、黙っていても技術革新はすすむからなんですね。思い切って均して言ってしまうと、私たちは毎年2%くらいづつ労働生産性を上昇させていますので、その分人がいらなくなるのです。なのでその分の需要が増えて物価がそれに応えていく形にならないと、雇用も維持できないし、賃金も維持できなくなるのです。 で、今の状況というのは、マイナス1%直前のデフレなのですが、これを維持することは結局、人がいらない状況を維持するということになります。 なので、2、3%のマイルドインフレを維持するのが望ましい、と言えるのです。
外山アナ:では日銀の言う、消費者物価指数が前年比で1%になるまで強力な金融緩和を進めていくっていうのは、大して強力じゃないってことなんですか?
片岡さん:もっと物価上昇率を上げた方がいいですね。
児玉さん:ただね、物価って言うのはそんなに簡単にコントロールできるのか、という疑念もあるんです。日銀の資産がそうとう肥大化しておかしくなっている、とみんなが思い始めると、日銀に対する信用が急速に悪化する、ということを言っている人もいます。 もう一点あって、今度の金融緩和の話は、景気対策でありデフレ対策なわけですが、そこで日銀にばかり焦点があたってしまっています。それは、政府が財政出動をして景気を浮揚させることもできるわけですが、今までそれをさんざんやってきて、赤字国債がたまってきて、もうお金は使えないという状況にあるからです。政府として何かやらなくちゃいけないんだけど、その手段がないので、日銀にばかり対策を押しつけているのです。
片岡さん:あのー、もともと日銀法という法律がありまして、そこで日銀は物価を安定化させるという責務が定められています。なので物価が安定化していない、つまりデフレであることの最大の責任者は日銀なのです。そして、デフレがずうっと継続しているのですから、日銀の仕事は上手く行っていない。政府は日銀の監督者なわけですから、日銀にどのような政策をさせるか、という議論は当然あるわけです。そこで今回、財務大臣と経済再生担当大臣と日本銀行の連名で、デフレ脱却を目指すという共同文書が作られたわけです。
児玉さん:ただね、日銀の中にある考え方としては、市場に資金需要がないところにお金を出しても、実体経済の刺激にはならない、というものがあります。
片岡さん:馬を水辺に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない、というやつですね。
児玉さん:反応するのは金融マーケットだけだ、ということです。
片岡さん:それは通常の状態ならそうだ、ということですね。デフレではない状態の資金需要と資金供給の話と、デフレ下での資金需要と資金供給の話は別であることを理解しなくてはいけません。
竹山さん:日銀さんがそれを理解してくれなきゃ困りますよね。
片岡さん:そうですね。1930年代の大恐慌のときにものすごいデフレになりましたが、このときにFRBはリアルビル・ドクトリン(真正手形説)という考え方をしていて、これがまさに、貨幣需要がないと資金供給はできない、という考え方なのです。そしてFRBがそのような考え方だったからこそ、デフレになっちゃったんです。なので今ではFRBは、過去の教訓に基づいて、二度とそのような考えで金融政策を行わない、と主張しています。 しかし日銀は、貨幣需要がなければお金は刷らないと言っているわけです。業界ではこれを日銀理論なんて呼んだりしていますが、馬に水を与えても馬が飲まなければ意味はない、というわけですね。まずそもそも水が足りないのですが、この考え方が間違っているということは昔の経験からハッキリしているんですね。だからまず緩和を実行することが大事です。
児玉さん:お金さえ刷れば全てハッピーになると言っている人が結構いるんですが、それもどうかなと思います。
片岡さん:そこは実体経済と絡んできますからね。ただやったほうが良い理由はあって、まず当座のお金に困っている人たちが救えるかもしれません。今、日経平均株価は一万円割れが続いていて、下手をすると9千円割れとか7千円台になったりする状況です。例えばリーマンショックの影響を直接に被ったアメリカや欧州でも、日本ほどには株価の低迷が長続きしているところはありません。これが事実です。バブル崩壊直前、89年の大納会のときには3万8千円台でした。そこから三分の一以下の低い水準で推移しているわけです。リーマンショックでアメリカがヒドいことになっているとはいっても、アメリカの株価は今あがり続けています。なのでこの違いを理解する必要があります。
竹山さん:結局金融緩和策として、二ヶ月連続でこの程度のお金──すごい額ではありますが──を出したところで、結論としてはお二人とも、何も変わらない、ということでしょうか?
児玉さん:そうですね。私の場合は、金融政策にばかり注目するのではなくて、もっと他にもやることがあるだろう、という意見です。例えば新しい産業をおこすための規制緩和、イノベーションのためにお金を使う、減税する、そういったいろんなことをやっていって経済を暖めて行くべきだ、と思っています。
片岡さん:そこはおっしゃるとおりだと思います。ただ規制緩和をすると言っても、どういった規制緩和をするのか、という問題があります。日本はかなり規制緩和を進めてきましたから。
児玉さん:農業とか医療など、取り残されている部分があります。これは業界が反対して難しいんです。
片岡さん:しかしそのような政策は、物価を上げるための第一の手段ではない、というところが重要です。まず第一の手段として、日本銀行がお金を刷らなければ、何も解決しません。これをした上で、なおかつ規制緩和などを平行して行っていくことが大事だと思います。


ここでまたリスナーのメールから。「今回で二回目の金融緩和ということですが、私たちの生活には何の変化もありません。一体誰のための金融緩和なのでしょうか?」

片岡さん:最終的には私たち一般市民の経済が良くなっていくんですが、一番最初はマーケットです。ここのデフレ予想をインフレ予想に転換していく必要があるわけです。具体的には株価が上がったり、為替レートが円安になってきたり、債券の価格が上がったりして、銀行が国債という形で資産を塩漬けにするのではなくて、危険資産にお金を投資するような形に持って行く必要があります。そうすると、株価が上がるので株を持っている人には資産効果という影響があって消費を増やすでしょうし、予想されるインフレ率が上がればお金を借りるときに、額面の金利よりも借りるコストが安くなるので投資をしやすくなります。これを実質コストが下がる、と言います。そうなってくると需要がでてくる。今一部の大企業などは、借り入れではなくて自己資金で投資をしていますが、需要が出てくると、それだけでは足りなくなってきます。もっともっと生産するためにお金を借りる必要が出てきます。そうして資金需要が出てくるのです。なので、即座に資金需要が起こるということではなくて、資産市場を経由して、それが実体経済に波及する、つまり、GDPが増えるとか需要が増えるという形で波及してから、はじめて貸し出しの需要が起こります。そうすると、国債の名目の金利が上がってきます。そうなれば、日本銀行も、金利を上げないと実体経済が加熱しすぎてしまう、としてそこで初めて金利をあげることが可能なのです。これが正常化の過程です。
児玉さん:小泉内閣のときにそれを目指したわけですが、それで起きたことと言えば、結局円が下がってデフレ脱却に近づいたのですが、途中で息切れしてしまいました。様々な産業に影響が及ぶように全体を暖めていく必要があったんですね。
片岡さん:財政政策をもっとやるべきだったかもしれませんね。ただ別の考え方もあります。日本銀行が2006年の3月に量的緩和を解除していますが、そのときは消費者物価指数が0%を3ヶ月間上回っていました。消費者物価指数という統計は、1%弱程度上ぶれする数値です。ですから1%を越えると、そこでようやく0%を越える、というふうに考えられています。そのように統計上の誤差があり、0%程度ではデフレ脱却とは言えない、という議論があったわけですが、結果的に早すぎる引き締めを行ってしまった、これが失敗としてあるわけです。 2006年、2007年というのは、世界経済も好調で、外需という追い風がありました。その追い風のなかで金融緩和を行っていたので、好調なアメリカが容認してくれたこともあり、円安が進みました。なので輸出も増えましたし、それに沿うように設備投資も増えました。なのでそのときにデフレから本格的に脱却できていれば、その投資の成果として得たお金は賃金に還元され、消費にまわるはずでした。しかしそうなる前に、量的緩和をやめてしまったわけです。0%達したからもういいだろう、とか、早く金利を上げたい、ということもあって解除してしまったのです。
外山アナ:失敗しちゃったわけですよね。そういう反省材料があるのに、二ヶ月連続緩和は9年半ぶりだ! とか言っててこれでホントに大丈夫なのかな、と思うのですが、ホントにデフレ脱却しようとしているのでしょうか?
片岡さん:私もそこは疑問に思いますね。例えば白川総裁が2月14日におっしゃったように、1%を目途に金融緩和をしていくという発言も、その時点では総裁任期が切れるまで一年以上ありますから、一年間しつこく緩和を続けていれば、マーケットだってその言葉を信じたでしょう。しかし実際には、ちょっとやったら効果を検証しますと言って一回休み、また緩和しますと言ってまた休む。政府に突っつかれたら渋々緩和している、という風に見えてしまうのです。
児玉さん:日銀のパフォーマンスが良くないのも事実ですよね。アナウンスメント効果といいますが、それがとても弱い。しかし、マーケットというのは気まぐれですし、相手のいることでもあります。日本が金融緩和したとしても、アメリカやヨーロッパが金融緩和をすれば、相殺されてしまいます。
片岡さん:それは為替の話ですよね。インフレ、デフレというのは国内の問題なので、緩和を行えば国内の投資や株価には着実に反映されます。確かに為替にも影響はありますが、それは緩和をやらない理由にはなりません。
竹山さん:ということは、マスコミは2ヶ月連続だと大騒ぎしていますし、こうやってこの番組でもテーマにしてますけど、実はそんな大したことでもなんでもなくて、極端に言うとポーズにすぎなくて、野田首相が経済もしっかりやらなきゃいけないとこの間表明したこともあり、政府が日銀をせっついただけだ、と。で、日銀が面倒くさがりながら、影響が出ない程度にやった、そう考えても間違いでもない、とそういうことですか?
児玉さん:そうですね。
片岡さん:ですね。端的に言うと「できない集」を作っているということです。
外山アナ:10兆、11兆なんて日銀にとってはへでもないってことですか?
片岡さん:そうです。
竹山さん:へでもないし、経済にとってもどうしようもない程度だと。
片岡さん:これ実は二回連続じゃないんですよね。正確には10月は上旬にも一度政策決定会合があって、そのときは緩和を見送っていますから。二ヶ月連続ではあるんですけど、二回連続じゃないんです。細かい話ですが。で、二ヶ月連続ということでこれだけ報道がなされるんですから、次の月も、その次の月も緩和して大きく報道されれば、日銀がようやく本気になってきたと信じてもらえるかもしれませんね。
外山アナ:ちょびちょびやっててもだめなんですか?
片岡さん:小出しにやってても意味はないでしょう。一回やって休んで、また一回やって二回休むという逐次投入をやっていると、なかなか信じてもらえないんですよね。
外山アナ:続けないと意味がないんですね。
片岡さん:そうです。目標を決めているわけですからね。1%を目途と決めているんですからそれを達成するように続けなくちゃいけない。
竹山さん:もしずっとやっていれば、言い方は悪いけど、国民がその気になるというか、だまされるというわけじゃないけど、政府と日銀が経済を良くしようとしてるじゃん、と国民が思いこんでホントに良くなっていくという効果もあるんじゃないですか?
片岡さん:ありますね。株価が上がればそういう雰囲気になるでしょう。
外山アナ:10回で10兆づつ出すのと、1回で100兆出すのとどっちがいいんですか?
片岡さん:それは難しいですね。1回で100兆だしても、次もまだ出しますよ、という緩和の姿勢を続けることが大事なんですね。つまりスタンスを明確にすることが大切なのです。なので、一回やって一回お休み、一回やって二回お休みなんてことをして、その理由を総裁がちゃんと人々が納得する形で説明しないのが良くないのです。外国人の投資家というのは、日本銀行のスタンスを見ています。だから日銀がマジになったというのがハッキリしないと、なかなか株とか債券など、予想によって支配される市場は上向きになってきません。
児玉さん:マーケットが意外に思うこと、驚くようなことを続けてやらなくちゃいけないという話ですね。だけど、マーケットが喜べば株価が上がるというのは、本当なんだろうかという疑問もあります。際限なくやるといってもモノには限度というものがあります。
片岡さん:例えば、わが国の国債を全部日銀が買い取ってもインフレにならないのであれば、無税国家になってしまいますよね。税金を使わず、しかも財政赤字を気にせず、無限に国債を発行することが出来てしまうわけですから。こんなハッピーなことはない。でも実際にはそんなことはあり得ませんね。
児玉さん:しかし第二次大戦中に日本は似たようなことをやったわけです。戦時国債をだして、それを日銀がどんどん引き受けていく。そうして戦争に負けて、生産設備が無くなってしまい、赤字だけが残され、大インフレが起きました。国民の資産が無くなってしまったという経験をしたわけです。なので、モノには限度ってもんがあるんですよ。
片岡さん:もちろんそうです。だからこそ、物価上昇率の1%という目途を決めたわけですよ。インフレターゲットを導入して財政破綻した国はありませんしね。
児玉さん:インフレターゲットというのは、インフレ率が高い国が、低く安定させるためにはじめたものですから、逆のパターンってあまりないんですよ。
片岡さん:いえ、いくらでもありますよ。決して前例のないことではないんです。なのでやるかやならないかだけです。
外山アナ:結局二ヶ月連続で終わって、今度は消費税も上がったりしたらたまったもんじゃないですね、国民としては。
片岡さん:そうですね。政府が出来ることで重要なのは、10月末に発表された日銀の展望レポートによれば、2014年の実質GDP成長率は消費税増税の影響込みで0.6%ぐらいとされています。そこまで落ち込む、という予想をたてています。このような状況であれば、増税は一旦オシャカにして、公共事業、金融緩和を使って政府と日銀はデフレ脱却の歩調を整えるべきだ、という話も出てくるでしょう。
竹山さん:政治的にみると、野田政権は長くとも来年の夏までです。日銀の総裁は春で任期満了です。苦しい状況に置かれている人がいるわけですから、経済的には急がなくてはいけないと思うのですが、今何かをして、来年の夏までに大きく変わっていくモノなのでしょうか? 早く新政権を樹立して、そちらでやったほうがいいんでしょうか? 今野田さんがやっても政権が変わってまた一からなんでしょうか?
児玉さん:今の政権が経済対策をやろうと思っても、参院でねじれていますから、なかなかできないでしょう。なので先日の経済対策で出てきたのは、災害等のための予備費を7000億程度使うという話でした。実体的に意味のある話ではないと思います。だから政治状況がこのようであるというのも、日本の不況を長引かせることにつながっていると思います。なので、政治状況を刷新して、世の中の気分を変えるのも一つの手でしょうね。
片岡さん:そうですね。政権を変えるときに日本銀行のスタンスを変えるのもいいでしょう。しかし、政府に非があるから、日本の中央銀行は今のままでも良いのかといえば、それは良くないと思います。オバマ政権は危機が起こった直後は急激に公共事業を増やしましたが、それ以降はほとんど出来ていません。そんななかで2%台の経済成長をなんとか達成できているのは、FRBが金融緩和をしているからです。これがなければアメリカ経済はおかしくなっていたでしょう。
児玉さん:ちょっと心配なのは、アメリカも財政赤字が増えてしまって、財政の崖問題、財政支出を減らそうという動きが出てきています。ヨーロッパの債務危機もギリシャがまた怪しくなってきています。つまりこの先どうなるかわからない、先行きがすごく不透明なんですね。
片岡さん:財政の崖については、政治的に決着するのではないかと思っています。欧州のほうは、これは年中行事ですから、年末になるたびに大変だーとなってずるずる悪くなっていく、これが繰り返されてきました。
児玉さん:もう一つは、中国の高度成長がどうも終わりそうだ、という点です。新興国頼みも無理かな、という状況です。
片岡さん:なので余計国内の対処が重要ですね。
児玉さん:そこを金融政策だけでやるというのが私には疑問です。いろいろやらなきゃいけないと思います。
竹山さん:お時間ですのでまとめたいと思います。二ヶ月連続の金融緩和というのは、10兆円、11兆円と打ち出されたわけですが、これはあまり効果はない、ということですね?
片岡さん:そうですね。まだまだ足りません。
外山アナ:およそ九年半ぶりです! みたいな報道なのに。
竹山さん:そういう報道があるので勝手にスゴい!と思っちゃってるんですよね。新聞でも一面ででてますし。
外山アナ:大したこと無いんですね。
片岡さん:今までやってませんからスゴいことではあると思いますよ。もっとやったほうがいいですけど。
竹山さん:逆になぜ今までやってないんだっていう。
外山アナ:今日は、「日銀が二ヶ月連続の金融緩和。デフレ脱却、景気回復のシナリオとは」ということで、毎日新聞紙面審査委員の児玉平生さん、そして三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員の片岡剛士さんをお迎えしてお送りして参りました。ありがとうございました。
児玉さん:ありがとうございました。
片岡さん:ありがとうございました。

 おつかれさまでした。さて、そうして日本はもう15年以上もデフレなのです。この間に失われたものを数え上げたってキリがないほどの停滞です。なのに放送中、児玉さんが案の定、「資金需要がないなかで緩和しても…」という真正手形説をもちだしたときは、充分に予期していたこととはいえ、ちょっと残念な感じがしましたね。まだその話してるの? という。そりゃあ、新しい論点がホイホイ出てくるとは思ってませんけど、児玉さんの論点が平気であっちこっちに飛んでいってることもあり、緩和策の何に反対しているのか、お考えがあまりよくわかりませんでした。大メディアのみなさんには、リフレ政策に関する議論が10年以上という時間をかけてしっかり積み上げられてきたことを直視して欲しいですね。

 しかしそれでも、思ったよりも毎日新聞っぽくないなあ、とも思いました。てっきり元朝日新聞の記者さんみたいに「安倍総裁は金融右翼だ!」とか言うのかと思った。(参照) そういえば戦前、新平価解禁四人組は逮捕! とか書いてたのも朝日新聞だそうですね。

 一方で、番組としては台本通りなのかな、とも思うのです。児玉さんが俗説を取り上げて、片岡さんがそれを否定していくという構成だったのかも知れません。でもそうだとすると児玉さんの印象がちょいと悪すぎるので、是非一言、今回はこういう構成で行きますって言っておいて欲しかったです。いや違うならいいんですけど。

 現在は安倍自民党総裁が言明したリフレ政策がヤフーのトップにニュースとして載る時代です。思えば僕がリフレ政策の存在を知ったのはもう8年前ですから、ここ数週間の動きには隔世の感を覚えますね。同時に、安倍総裁の案に対する反論が、今まで幾度となく否定されてきた日銀理論の焼き直しでしかないことに虚しさも感じます。「独裁政権」なんて批判がありましたが、結局印象論かよ、と。(参照) とはいえ、日銀がこれ程までに国民の注目を集めてしまったのだから、日銀の栄華もここまでなんだろうと思います。90年代後半から不気味なまでに効果的な情報戦略を実践してきた日銀がこのまま大人しく引っ込むのか、そこがこれからの見所でしょうかね。日銀法改正と引き換えになにか要求してきそうな気もしますが、折り悪く白川日銀総裁も任期切れ間近で、何かと組織としてまとまりにくそうです。

 ちなみにDigでは、11月の20日の放送でも片岡剛士さんが登場しています。これは27日まではダウンロードできると思いますので、是非どうぞ。

2012年7月29日日曜日

[訳してみた] 復習:QE3までの道のり


さて、前々回はAbout.com「デフレとは何で、どうすれば防げるのか」という記事を訳したのでした。

で、最近はLIBORってのが大はやりだそうで、あーやっぱりねー、この季節はLIBORだよねー、と知ったかぶりしてればいいんじゃないかな、とそう考えているわけです。どうせ誰も知らないんだし。

ちょっと前まではTARPだとかTALFとか言ってたのにもう飽きたのかよ、という話で、こういう難しい話題は最新ニュースを追っかけてもぜんぜん理解が進まないので、二週遅れくらいがちょうどいいというのが僕の持論であります。論ってほど大した話ではありませんが。

ということで、QE3の実施が予想される昨今、2007年のサブプライムローン危機とそれに続く金融危機に対して、アメリカの中央銀行、連邦準備銀行がどんな政策を実施してきたのか、そこを解説した記事を前々回同様About.comから引っ張ってきて訳してみました。記事はどれも短いものなので、このエントリーにまとめてしまいたいと思います。はやりのLIBORについての記事もあります。数年前の記事なので今般の不正問題についてはもちろん触れていませんが、それだけに問題の大きさがよく感じられる、そんな記事だと思います。

記者さんはKimberly AmadeoさんThomas Kennyさんです。ご両人とも投資顧問をされているそうです。

(お詫び:記事中、リンクがたくさんあるんですけど、メンドクサイので元ページから辿ってください。リンク切れも結構ありますが。あと、政策の名称、TARPとかMMIFFとかは、わりとノリで訳してますんで真に受けないでください。)

目次


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連銀にはフェデラル・ファンド・レート以外の手もある

2011年1月13日

フェデラル・ファンド・レート(訳注:日本で言う翌日物金利。銀行間で資金を融通しあう時の金利。「中央銀行が金利を上げた(下げた)」というと、通常この金利のことを指す。以下FF金利)に加えて、連銀には金融政策を決めていくためのツールがまだまだあります。こういったツールは、FF金利の操作に比べて使われる頻度も低く、記事になることもありません。しかし、大不況(訳注:the Great Recession. 2008年に始まった不況を指す)の際、FF金利が事実上ゼロにまで低下した後に、連銀が金融市場を下支えするために、重点的に用いられました。


準備預金


準備預金とは、市中の銀行が連銀支店に預けなくてはいけないお金のことです。2010年の12月30日の時点では、銀行の全預金額が5880万ドル以上の場合、その10%を預け入れなくてはいけません。準備預金が少なくて済めば、銀行はそれだけ多く貸し出せるようになるわけですね。こうしてお金が経済に多めに注入されることで、経済成長が刺激されるのです。準備預金の金額が高くなると、小さな銀行には大変な重荷になります。そもそもたくさん貸し出すだけのお金を持っていないからです。そのために、預金額が1070万ドル以下の銀行は、準備預金を行う必要はありません。預金額が1070万ドルから5880万ドルの銀行は、その3%を預けなくてはいけません。2008年に連銀は、この準備預金に金利を支払うことにしました。

(訳注:2011年12月29日以降は、当座預金を中心とした預金の総額が1150万ドル以下の場合は0%、1150万ドル以上7100万ドル以下は3%、7100万ドル以上が10%だそうです。(参照))

連銀が準備預金の割合を変えることはあまりありません。それは一つには、各銀行が新しい割合にあわせて、ポリシーや手続きを変えるのには多大なコストがかかるからです。それに何より、FF金利の調整を行えば、全く同じ結果が得られるのです。混乱もコストも少なく済みます。


ディスカウント・ウィンドウ(連銀貸し出し)


連銀はディスカウント・ウィンドウ制度を通して、準備預金の基準を満たしている銀行にお金を貸し出します。この金利(ディスカウント金利)は、FF金利よりも高く設定されています。各銀行が、このディスカウント・ウィンドウ制度を利用するのは、普通、他行から翌日物金利でお金が借りられなかった時だけです。ですから、連銀がこの手を使うのは、緊急事態に限られます。Y2Kの混乱時、9/11直後や大不況などがそうでした。『銀行危機への連銀の介入(Federal Intervention in the Banking Crisis)』を参照してください。


ディスカウント金利


ディスカウント金利は、連銀がディスカウント・ウィンドウ制度を通して、各銀行にお金を貸し出す際に課す金利のことです。通常FF金利に1%ポイント足した金利になります。これは借りすぎ防止のためです。


マネーサプライ


これは社会に出回っている通貨の総量で、連銀が毎週報告しています。

  • M1は、通貨と当座預金です。
  • M2は、M1にMMF、譲渡性預金、貯蓄預金をあわせたものです。

(訳注:同じ当座預金と言っても、日米で微妙に差があるようです。ここで言う譲渡性預金も、日本で言うところの定期預金に近いとか。(参照その1)(参照その2))

連銀はFF金利を下げることでマネーサプライを増やします。すると、各銀行は、準備預金を維持するコストを下げることができるのです。そうして、各銀行は貸し出せるお金が増え、消費者のお財布のお金も増えるのです。

その他のアルファベットごった煮スープ


連銀は先の大不況と闘うために、新しい、斬新なプログラムをたくさん作り出しました。実に素早く作り上げられたので、各プログラムの名前はその働きを専門用語で表現しただけのものになってしまいました。銀行家には分かる名前かもしれませんが、ほとんどの人には何のことだかさっぱりです。難解な用語の頭文字を並べた結果、おいしいプログラムのアルファベットごった煮スープが出来上がったわけですが、一般市民を混乱させてしまっています。これについては、こちらの連銀の道具箱を御覧ください。





刺激策の道具箱

TARP、TALF、TAF。2008年を通して、連銀と財務省は、金融市場の崩壊を何とか回避するために、たくさんの新しいプログラムを生み出しました。そういったプログラムがどんなものだったのか見ていきましょう。政府をして国家の銀行ならしめた(すくなくとも一時的に)、その方法はどんなものだったのでしょうか。



TAF - 連銀の期間競争入札制度

連銀、銀行救済のために、400億ドルの貸し出しを競争入札方式で行う

2007年12月21日

先週、連銀は、他行から資金を調達出来ない銀行を救済するために、400億ドルの短期貸し出しを競争入札方式で行いました。ここで救済されたのは、サブプライム危機によって、不良債権を抱えている恐れのある銀行です。

どの貸出先が、どの程度の不良債権なのか、これは誰にもわかりませんから、銀行はお互いに資金を融通しあうのを恐れるようになっています。この年の瀬に、自分のところの帳簿に潜む不良負債に足を引っ張られる事態は、どの銀行も避けたいのです。そこで、金融市場の流動性確保のために、連銀は、200億ドルの貸し出しの競争入札を、二度行いました。12月11日と20日です。(参照:連銀のプレスリリース。2007年12月12日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


これは貸し出しですから、このお金は連銀に返さなくてはいけないものです。ですから納税者の負担になるはずのないものです。もちろん、銀行がデフォルトしてしまえば、究極的には納税者が責任を取らなくてはいけなくなるかもしれません。セービングス・アンド・ローン危機の時がそうでした。あの時は納税者が1240億ドルを負担することになりました。

しかしそれ以上に、銀行がデフォルトしたとなれば、それは金融市場の機能の信頼性が大きく損なわれているというシグナルとなるかもしれません。そうなると、株式市場での下落を、さらには不況を引き起こしてしまうかもしれないのです。

そうさせないために、連銀は1月いっぱい、この競争入札を行う予定です。これで各銀行は、自分のところの帳簿上、どれが不良債権なのか、そしてどの程度の金額なのかを、整理する機会が得られるはずです。(参照:連銀のプレスリリース。2007年12月12日)

またこれによって、最近シティバンクやモルガン・スタンレーが行ったように、各銀行も、新たな融資を受ける機会を得るはずです。(参照:「シティ、アブダビファンドに株を売却」2007年11月27日、「モルガン・スタンレー、評価損を計上」2007年12月19日)


TARP - 銀行救済

TARPプログラム

2007年12月21日

定義:不良資産救済プログラム(TARP)は、2008年の10月に、7000億ドルにのぼる銀行救済法案の一部として生まれました。TARPは本来、逆オークションという仕組みを利用して、各銀行に、焦げ付いた不動産担保証券の販売価格を財務省に申し出る権利を与えるものでした。銀行側が、不動産担保証券ごとに売値を提案し、TARP側がその最安値を選んで買い取る、という手順です。しかし、財務省がお金を払いすぎる可能性もありましたし、銀行側も充分な価格では売れないのではないかと恐れたために、結局このプランは棚上げとなりました。

かわりに、財務省はTARP資金の1050億ドルを使って、次の8つの銀行の優先株式を買い取りました。バンク・オブ・ニューヨーク・メロン、ゴールドマン・サックス、J・P・モルガン、モルガン・スタンレー、バンク・オブ・アメリカ/メリル・リンチ、シティグループ、ウェルス・ファーゴ、ステイト・ストリートの8つです。この資本再注入プログラムは、各銀行に配当の5%を政府に支払うよう求め、さらに後にそれが9%まで上がることになっています。これは各銀行が株式を買い戻すことを促すためです。今後銀行の株価が上がるでしょうから、そこで政府は利益を得るわけです。

TARP資金は、

  • AIG(400億ドル)
  • 地方銀行(920億ドル)
  • 三大自動車メーカー(248億ドル)
  • シティグループとバンクオブアメリカ(450億ドル)

の優先株式の取得、または貸付のためにも使われました。

加えて、TARPから200億ドルが連銀のTALFプログラムに貸し出されました。しかし2008年、連邦議会ではTARPの7000億ドルの半分しか承認されませんでした。(財務省によると)残りは使われていません。

オバマ大統領は、各銀行に課税をし、TARPで失われるであろう1200億ドルから1410億ドルを、納税者に返還させようとしています。大統領は、銀行の活動の中でもリスクの高い活動から、10年を越える期間、徴税をしようと計画しています。これは銀行の日常的な業務に対する課税ではありませんが、(訳注:手数料の値上げなどで)利用者の負担になるかもしれません。(参照:「オバマ大統領、大銀行に課税かhttp://www.huffingtonpost.com/2010/01/13/too-big-to-fail-tax-obama_n_420358.html」)



TALF - クレジットカードなどの救済

ポールソン長官とバーナンキ議長、クレジットカードの貸し出し回復を狙う

2008年11月12日

財務省のヘンリー・ポールソン長官は、TARPプログラムの焦点を、時間のかかりすぎる焦げ付き不動産担保証券から、金融システムにもっと素早く資本を注入できる方法に移しています。この資本再注入プログラムでは、8つの大銀行に1150億ドルが注入されました。これらの銀行はわが国の金融資産のおよそ半分を所有しているのです。これを受けて、信用市場は緩和ぎみになり、LIBOR金利も下がりました。

ポールソン長官は、このプログラムで注入した資金は、民間のローンのレバレッジに使われるよう設計されており、さらに銀行以外の金融機関にも適用されるようになり、消費者信用市場の凍結の問題にも取り組んでいくものだ、と発表しました。クレジットカード、自動車ローン、学費ローンの1兆ドルの流通市場(訳注:既発債券が取り引きされる市場。(参照))が、現在停止状態です。この市場は本来、こういったローンの資金の40%を供給していました。そこで連銀は、この信用プログラムで財務省と協力することになるかもしれません。ポールソン長官は、プログラムの資金を規制外の金融機関に対して使うのを嫌がっています。つまり、自動車関連企業ですね。今年割り当てられたTARP資金3500億ドルのうち、残っているのは600億ドルだけなのです。

  • 400億ドルはAIGの優先株購入に充てられました。
  • 1250億ドルは、上位9大銀行の優先株購入に充てられました。
  • 1250億ドルは、全国の地域銀行の優先株購入に充てられました。

(参照:米国財務省、プレスリリース、2008年11月12日。AP通信、Dems see auto aid as Treasury shifts focus、2008年11月12日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


消費者のローンの流通市場を救済しなければ、多くのクレジットカード会社、自動車ローン会社がキャッシュフローに問題を抱えることになりかねません。そして、サーキット・シティ社のように破産に追い込まれるところも出てくるでしょう。加えて、クレジットカードローンが(住宅ローンがそうだったように)、審査がぐっと厳しくなって、消費者支出を締め付けることになるでしょう。



MMIFF - 短期金融市場の救済プログラム

連銀、金融市場救済のため、5400億ドルの貸し出し

2008年10月21日

連銀は、各MMF(訳注:短期社債等で運用する投資信託の一種。当座預金のように利用する個人、企業が多い。リーマン・ショックを受けて解約が殺到した)が一斉解約に耐えられるだけの現金をまかなえるように、5400億ドルを貸し出すと発表しました。8月以来、5000億ドル以上の資金がMMF市場から引き上げられています。これは、大変多くの企業が、当面の資金としてMMFに預けていたものです。銀行が貸し出しを渋っていたため、LIBOR金利が高どまりし、企業は資金をため込むようになっています。

連銀のMMF救済プログラム(MMIFF)は、JPモルガン・チェースによって管理・運用されることになりました。MMIFFは、返済期限が90日以内の譲渡性預金証書、コマーシャル・ペーパー(短期社債)などを6000億ドルまで買い取れることになっています。足りない600億ドルは、各MMF自身から調達される予定です。コマーシャル・ペーパーの一部をMMIFFから買い戻す義務があるのです。

9月19日、連銀は、資産保証付きコマーシャル・ペーパー短期金融市場相互ファンド流動性プログラム(ALMF)を作りました。この制度は、1228億ドルを銀行に貸しだし、各MMFからコマーシャル・ペーパーを買い上げさせるためのものです。10月15日の時点で、1228億ドル分の未払い債券がありました。9月21日には、財務省が各MMFの500億ドル分を保証すると発表しました。連銀がこの新しい買い取りプログラムを発表したことは、信用市場の一部がまだその機能を停止していることを示しています。(参照:連銀、プレスリリース、2008年10月21日。ブルームバーグ、Fed to provide $540 billion to aid money funds、2008年10月21日)




短期社債買取プログラム

連銀の1.7兆ドルの民間向けローン・プログラム、本日開始

2008年10月27日

連銀は今日から民間銀行になります。お金を貸してくれる銀行が見つからなかった企業の短期社債を1.7兆ドルまで買い上げることを約束したのです。金利は2%から4%になる見込みで、平時なら高めの金利ですが、最近のLIBOR金利からみると低い値です。連銀は先週、リスクが少ない企業の三ヶ月社債を購入する契約をすませています。モルガン・スタンレー、ジェネラル・エレクトリック社の金融部門、フォード自動車クレジット、GMAC LL社などです。

連銀は、10月7日、企業が営業を続けるのに充分なキャッシュフローを供給するために、このプログラムを発表しました。コマーシャル・ペーパーは、企業が賃金を支払ったり、毎日の請求書の支払いの際の資金源です。合衆国内のコマーシャル・ペーパーは1兆4500億ドルで、これは9月のはじめからみると、3500億ドル、20%も減ってしまっているのです。(参照:WSJ.com、IOU, Uncle Sam: Loans Start Today、2008年10月27日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


連銀のこのローンプログラムは、キャッシュフローが足りないせいで倒産する企業を減らすためのものです。ワシントン・ミューチュアル社がそのように経営破綻してしまいましたね。また、流動性の不足の問題がありましたから、このプログラムによって金利も低くなるはずです。何より重要なのは、これで1929年の大恐慌のような世界的規模の不況を防ぐことができそうだ、という点です。大恐慌は流動性の不足と、それによる破産の連鎖によって引き起こされました。



ゼロ金利政策

連銀、金利をほとんどゼロに

2008年12月17日

FOMC(訳注:連邦公開市場委員会。連銀の政策を決定する場)は、FF金利を大幅に低下させました。「0.25%から0の間」というもので、連銀史上もっとも低い金利です。これはつまり、連銀は金利のコントロールを失ったことを意味します。そして、連銀は経済を刺激して不況から脱出するために、手持ちのそのほかのツールを使っていくことになります。連銀のベン・バーナンキ議長は、焦げ付き不動産担保付き債券を買い上げる可能性もある、と述べています。これは、各銀行が再び貸し付けを行えるようにするための処置です。そして同時に、FOMCはディスカウント金利を0.5%に引き下げました。

連銀は、世界経済がより深刻な不況に落ち込まないようにするためには、素早く、アグレッシブに行動しつづけなくてはならないと考えています。

この秋、石油価格が下落していることから、連銀はインフレについては懸念していません。連銀のアクションは、拡張的金融政策でもって金融市場を下支えしていくという決意の、さらなるシグナルとなるでしょう。(参照:FOMCステートメント、2008年10月29日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


連銀の目標は、LIBOR金利を引き下げて、一つでも多くの住宅ローンのデフォルトを防ぎ、変動金利住宅ローンを支払い可能な水準に留めておくことです。連銀は今、最後の貸し手として振る舞っています。つまりこの場合、連銀がお金を貸し出す意志のある唯一の銀行である、ということです。連銀が発表した多くのプログラム、民間貸し出しプログラムやクレジットカードの返済困難な負債の買い取りは、まさに今動き出したばかりですから、効果があらわれるまでは今少し時間がかかります。



財務省による金融安定化プログラム

ガイトナー長官、2兆ドルの金融安定化プラン発表

2009年2月17日

財務省のティム・ガイトナー長官は、新たな金融安定化プランの一環として、銀行貸し出しを復活させるために2兆ドルを用意すると述べました。このプランの資金の半分は、焦げ付いた不動産担保付き債券を各銀行から買い上げるために使われます。ガイトナー長官によれば、5000億ドルは、新しく設立される官民投資プログラムで用いられます。これが1兆ドルまで拡張されるかもしれません。このプログラムは、民間の投資機関が焦げ付いた資産を買う際に資金を提供していくものです。

プランのもう半分は、連銀による消費者および企業向け融資イニシアティブです。このプログラムは連銀のTALFプログラムの拡張版です。TALFプログラムは、停止状態にあったクレジットカード、自動車ローン、学費ローンの1兆ドルの流通市場の救済策でした。通常ならば、こうしたローンの40%の資金を、民間セクターの市場が供給していました。

で、これがワタシに何か関係あるの?


ガイトナー長官が示したパッケージには、各銀行が持つ住宅ローンの抵当権執行を防ぐため、両プログラムから500億ドルの資金が供給されることも含まれています。銀行はローン契約を修正して、支払額を減らさなくてはいけません。

連邦政府のこのさらなる介入は、各銀行の焦げ付き資産をさらに1兆から2兆ドル減らすために必要なものです。これは、10年続く日本式の不況を防ぐために必要な策なのです。




LIBORとは何で、どうして高くなっていて、それが自分に何の関係があるのか?

2007年12月19日

読者からの質問です。
昨日、New York Timesの、LIBOR金利が多くの中央銀行の金利と矛盾している、という記事を読んで思ったのですが、LIBOR金利が元のままだったとしても、その影響がサブプライムの借り手だけでなくて中央銀行や民間の銀行にも及ぶことになっていたのでしょうか?
この質問にお答えするには、まず、LIBOR金利が何なのか、その仕組みと重要性を説明する必要がありますね。LIBORとは、London InterBank Offered Rateの頭文字です。これは、銀行がお互いに資金の貸し借りをする際の金利の、世界的な目安なのです。合衆国の場合、連銀が決めるFF金利が通常、LIBOR金利とかけ離れないようになっています。

2007年の銀行の流動性危機の結果、各銀行はお互いに資金を貸し出すのを恐れるようになりました。そのためにLIBOR金利がFF金利と関係なく上昇してしまったのです。連銀は、各銀行が資金の貸し借りを再開できるようにLIBOR金利を下げようと試みています。ですが連銀の思惑通りには行っていないのが現状です。実のところ、金融市場の安定化が実現しない限り、LIBOR金利は、FF金利との仲むつまじい日常には戻ってこないかもしれません。(参照:Fed Governor Kroszner Says Credit Crisis May Not Be Over、2007年10月22日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


変動金利の住宅ローンの多く、そしてクレジットカードの金利は、LIBORをベースに決められています。金利が変更されるときにLIBORが高いと、月々の支払額も高くなります。こういうタイプの融資を受けていれば、こうして家計がきつくなっていくんですね。このような融資を受けていないとか、クレジットカードの支払いは毎月全額払っているという場合でも、LIBORが高ければ経済の中の流動性が下がってしまいます。これが来年2008年に不況の引き金を引いてしまう可能性があるのです。




量的緩和って何?


イントロダクション


連邦準備銀行(連銀)は、経済のパフォーマンスと金融市場に対してますます積極的な役割を担うようになっています。またそのための道具もたくさん持ち合わせています。その中でも一番知られた道具が、短期金利を変更する能力です。これによって経済のトレンドと、満期に関わらずすべての債券の利回りの水準に影響を与えるのです。中央銀行が経済成長を刺激したいと考えた場合、低金利政策を実施します。逆にインフレを抑えたいときは金利を高く維持します。しかし近年、このアプローチが問題に直面しているのです。連銀は金利を事実上のゼロにまで下げきってしまったのです。つまり、もはや連銀は、金利政策で経済成長を刺激する能力を持っていません。この問題にせっつかれる形で、連銀は武器庫に別の武器を探しにいきました。それが量的緩和です。

量的緩和、その基礎


まず、量的緩和の意図とはどんなものか考えていきましょう。連銀(あるいはどこの中央銀行でもかまいませんが)は、お金を作り出して、債券やその他の金融資産を各銀行から買い上げることで、量的緩和を実施します。こうして各銀行では、貸し出しに使える現金が増えるわけです。貸し出しが勢いよく増えると、回り回って、資金調達が上手く行きやすくなるはずですね──たとえば、新しいオフィスビルの建設計画の資金などです。こういった計画によって、人々が仕事に就くことができますから、そうして経済の成長につながっていくのです。加えて、連銀が買い上げることで債券の供給が減り値段が上がりますから、利回りが下がります。利回りが下がると、回り回って、借り手のコストが下がり、経済が拡大していく燃料を注ぎ込むことになるのです。

これが、量的緩和というアイディアが、少なくとも理論上は上手くいく仕組みです。しかし現実には、銀行は増えた現金を貸し出さなきゃいけないわけではないのです。もし銀行が貸し渋っていたり、いまいち投資活動に自信がないという状態であったら(2008年の金融危機以降のここ数年がまさにそういう状態でしたが)、マネーサプライが多くても、連銀が想定していた通りの成長のエンジンとはならないかもしれません。

QE1とQE2

(訳注:量的緩和は英語でQuantitaitive EasingなのでQE)
2008年の金融危機のさなか、経済の低成長と高い失業率のために、連銀は、2008年の11月から2010年の6月までの期間、量的緩和政策を行うことで経済を刺激せざるを得なくなりました。この政策プログラムが終了したその直後、低成長、ヨーロッパの債務危機の勃興、そして金融市場の新たなる不安定という形で問題が表面化してきました。連銀は、量的緩和政策の第二ラウンド、QE2に突入していきます。これには6000億ドル分の短期債券の買い入れが含まれていました。QE2は、2010年の11月から2011年の6月まで行われ、金融市場で激論を引き起こしましたが、しっかりとした経済成長を生み出すことはありませんでした。QE1の場合と同様、QE2が終了したあとも、物足りない経済指標とパッとしない株式市場のパフォーマンスが続いただけでした。市場はすぐに、量的緩和の次のラウンドを期待するようになりました。これがQE3と呼ばれているんですね。

この20年の間、量的緩和は、日本銀行、イングランド銀行、そしてヨーロッパ中央銀行で採用されています。

量的緩和への反論


連銀のQEプログラムには、政治的な立場を越えて激しい批判があります。量的緩和への反論の中には、

  • QEは経済よりも銀行を救済しているだけだ。銀行は、貸し出しを積極的に増やすよりも、現金を「キープ」することで自分のところのバランスシートを強化することを選べるのだから。

  • お金を生み出すことで、連銀は外国の通貨に対するドルの競争力を削いでいる。(需要と供給ですね。需要が一定であるとして、ドルの供給が多いほど、その値段が下がっていきます。この場合、一ドルで買える外国通貨の「量」が少なくなる、ということです。)

  • マネーサプライの増加はインフレを生み出す。連銀の政策の実施と、その影響が経済に反映されるのにはズレがあるから、インフレが抑えられないほど急激に進むかもしれない。

  • ドルの大供給が、ゆっくりと増えている財の供給に追いつくとき、量的緩和は資産価格の「バブル」を生み出す。実際、量的緩和政策の後には、コモディティ価格の急激な上昇があり、消費者物価を押し上げた。


これらの批判によって、普通ではありえないような反対運動連合が形成されています。ロン・ポール氏のような保守派から、「ウォールストリートを占拠せよ運動」まで量的緩和に反対しています。「連銀をお払い箱に」というかけ声は、量的緩和政策が始まる頃にはすでに相当大きなものになっていました。しかし同時に量的緩和政策は、金融危機に続く深刻な不況から世界経済が立ち直るのに役だったのだと認められてもいるのです。

QE3はあるのか?


2012年の6月時点では、連銀が量的緩和をもう一度実施する可能性はかなり高くなっています。さまざまな機会を通じて、連銀のベンジャミン・バーナンキ議長は、条件がそろえば米国経済にさらにお金を注ぎ込んでいくことをハッキリと述べています。さらなる量的緩和の実施の引き金となりそうな出来事といえば、米国経済が再び不調になるとか、ヨーロッパの債務危機が悪化するとか、合衆国の政治家が年度末を迎えるまえに「財政タイムリミット(fiscal cliff)」に対処できなかった場合などでしょう。

(訳注:財政タイムリミット(fiscal cliff: 財政の崖)とは、2013年度から各種の増税が実施されることになっていて、それが不況の引き金となるかもしれない、という懸念のこと。今年度中に議会が妥協策をまとめなければ、数千億ドル規模の増税が実施されてしまう)

連銀はまた、「オペレーション・ツイスト」という政策も実施してきました。これはお金を刷らずに経済を刺激するよう設計された政策です。これについては私の「オペレーション・ツイストとは何か?」という記事をみてください。



オペレーション・ツイストとは何か?


「オペレーション・ツイスト」は、2011年後半から、連邦準備銀行(連銀)の指揮で行われる、経済の活性化を狙った政策プログラムです。連銀の主導で長期国債を買い上げ、同時に短期国債の一部を売る政策のニックネームがオペレーション・ツイストで、過去に実施されたことのある政策です。この「オペレーション・ツイスト」という言葉が最初に使われたのは1961年です。チャビー・チェッカーの歌にも出てくる言葉で、連銀はこの時と似た政策を試みたのです。

オペレーション・ツイストは、大きく二つの部分からなります。一つは2011年の9月から2012年の6月までの期間実施され、連銀の資産の4000億ドル分が転換されます。二つ目は、2012年7月から同年の12月まで実施され、総額で2670億ドル分になる予定です。連銀は、オペレーション・ツイストの後半は、依然低成長のままである米国経済への対策であると発表しました。

何でツイストなの?


この政策のアイディアはつまり、連銀が長期の債券を購入することで、債券の価格を上昇させ、金利を下げることができる、というものです(債券の価格と金利は正反対に動きますからね)。そして同時に短期の債券を売ることで、金利があがることになります(価格が落ちるでしょうから)。このプログラムは、買いと売りの二つのアクションを組み合わせると、イールド・カーブ(訳注:債券の利回り曲線)が「ツイスト」するところからつけられたのです。

連銀はどうして長期国債の金利を下げたいの?


長期金利が低下すると、家を買おう、車を買おう、事業の計画を進めようとする人たちにとってローンが払いやすくなりますから、これによって経済成長が促進されると見込まれているのです。

オペレーション・ツイストの前に連銀は何かしたの?


オペレーション・ツイストは、2008年の金融危機に対応して連銀が行った大政策シリーズの三つ目です。最初はまず、短期金利を事実上のゼロ金利にまで下げました。これによってわれらが中央銀行は、経済成長を狙ってこれ以上金利を切り下げることができなくなりました。そこで打った次の手が、量的緩和です。これは、より長期の米国債と不動産担保付き証券を公開市場から買い上げることで、長期金利を下げようという試みでした。連銀は量的緩和政策を2ラウンド行い、市場関係者はこれを「QE1」と「QE2」と呼んでいます。2011年の夏、QE2の直後に、わが国の経済は再び失速する様相を呈してきました。すぐさまQE3を発動するよりも、連銀はまずこのオペレーション・ツイストを発表したのです。

オペレーション・ツイストの反応はどんなものだったの?


この政策プログラムのちゃんとした発表に先だって、長期金利は、政策の実施の期待を反映し始めました。そういう意味では、この政策は短いスパンでは目的を達したといえるでしょう。しかし、長いスパンで見ると、まだ判決は出せません。1961年版のオペレーション・ツイストの研究では、米国債の金利は0.15パーセントポイントしか下がりませんでした。そして住宅ローン金利と企業の借り入れ金利にもほとんど影響がありませんでした。

金融関係者の中では、オペレーション・ツイストには経済を好転させたり、失業率を下げる力は無い、と見られています。ブルームバーグは42人の経済学者にアンケートを行い、その61%がこのプログラムには効果が無いだろうと答え、15%が景気回復の妨げにさえなる、と答えています。実際に、金融危機のどん底からオペレーション・ツイストの開始までの3年間、連銀の数々の政策にも関わらず、経済は停滞したままで、失業率は高止まりしています。これは、連銀による超低金利政策のもとでも、ローンの需要が低いままであることを意味します。

この政策への反応は、USAトゥデイに載ったワシントン大学のグレン・マクドナルド経済学教授の言葉が一言でよく表していると思います。教授はオペレーション・ツイストをして「大きないびき」と呼んだのでした。





訳してみて


連銀っていろいろやってたんだなあ、というのが訳してみた感想です。非伝統的な金融政策への非難はいろいろありますが、これだけやってデフレにならず、ハイパーインフレにもならず、経済は(日本よりは)成長し、失業率は理想的とは行かないけれど改善したんですから、これだけの手を打たなければもっとヒドいことになっていた、と考えていいんじゃないでしょうか。

いや、連銀が企業を救済しなければ今頃もっと景気は良くなっていたはずだ、という主張もありえますが、日本の現状を見ると、なかなか度胸のいる発言ではあります。

連銀はその後インフレターゲットを導入するわけですが、やはりこれだけいろいろ手を打った後だと、人々の物価予想にも良く効くんじゃないでしょうか。現に、連銀の掲げた2%という目標値はすでに長い間達成され続けてきた数値です。今後連銀がこの目標値を大きくはずすと考える材料がないわけですね。

そう考えると、連銀のインタゲは、ここ十年でほとんど達成したことのない目標値を掲げた日銀とは説得力が違います。方法も、意気込みすらも示さず、かつてほとんど達成できていない目標値を掲げるというのは、無責任でなくてなんというんでしょうかね。

cover
円のゆくえを問いなおす
実証的・歴史的に見た
日本経済
片岡剛士
日銀の政策の評価については、これはもう片岡剛士著『円のゆくえを問いなおす』を読んでもらうのが一番でしょう。日銀の政策に何が欠けているのか、そこが本当に丁寧に、そして詳しくデータに沿って解説されています。このデフレ、円高、不況が、究極的には日本人の不勉強から来ているのがよくわかると思います(反省)。

さて、連銀のバーナンキ議長は、QE3の具体的な話は避けつつも、「追加措置を講じる用意がある」と表明しています(参照)。ヨーロッパの債務危機の先行きが危ぶまれる中、日本人の経済生活をあずかるわれらが日本銀行は、危急の事態に備えて何かしているんでしょうか。日銀の方針が、専門家にしかわからない記事や観測気球的な記事ではなく、堂々のステートメントとして新聞に載るような日々が訪れることを願ってやみません。


2012年7月3日火曜日

[訳してみた] デフレとは何で、どうすれば防げるのか

About.comというところに、デフレについての基本的な解説があったので訳してみました。経済学関連翻訳ブログ『道草』にはとても載りそうにない初歩的な解説です。これであなたも道草を読みこなせる! といきますかどうか。

解説の執筆者はMike Moffattさん。カナダの経済学の先生だそうですが、現在はAbout.comの記者さんではないようです。(About.comのプロフィール)(wikipediaのページ

この解説を読むと、毎度おなじみの「日銀はすでに金融緩和を行っていて、市中の銀行はお金がジャブジャブになっているのでこれ以上は意味がない」という主張のナンセンスさがよくわかると思います。

では本文をどうぞ。まずはMoffatt先生への質問のメールからはじまります。

原文はAbout.comのWhat Is Deflation and How Can it Be Prevented?です。(リンク) 記事に日付がないので書かれた正確な時期は不明ですが、2002年の年末以降のようです。


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(翻訳はじめ)


デフレとは何で、どうすれば防げるのか

お金を刷ってデフレを克服する




Q:今メディアで、デフレになるんじゃないかというのが話題です。デフレが何なのかということと、デフレになったらどんな面倒が起こるかということは知ってるつもりです。で、政府がお金を刷るとインフレになるんだったよな、とも思うんです。ということは、この二つを「事実」から言って、デフレを防ぎたいなら、政府がお金を刷ればいいだけなんじゃないのか、と、こう思うわけです。(なんて単純おバカなデフレ対策でしょう!)

お金を刷ることというのは、何かお金を刷る以上の問題があるんでしょうか? 刷ったお金を出回らせるのは、連銀が債券を買うことで、その代金が経済に注入されるということですよね? 一体どんな理屈でお金を刷るとインフレになるんでしょうか? そうやってデフレを解消することは、現在の低金利にも影響を与えるんでしょうか? 与える(あるいは与えない)としたらどうしてでしょうか?

A:デフレは2001年ごろから話題になってきましたね。そしてデフレ懸念は当面消えそうにありません。まずは、ご質問ありがとうございました。

デフレとはなにか?

当サイトの経済用語辞典によると、デフレーションとは、「物価の低下が持続すること。インフレーションの対義語。インフレ率(計測法方は複数ある)がマイナスの場合、その経済はデフレ期である。」とあります。そして『なぜお金には価値があるの?(Why does money have value?)』という記事では、お金の価値が商品よりも相対的に低くなったときに、インフレが起きると説明しています。ですから、デフレは単純にその逆の場合に起きるのです。つまり一定期間、ある経済圏のなかで、お金の価値が、商品よりも相対的に高くなった場合です。その記事のロジックにしたがえば、デフレは以下の四つの要素が組み合わさって起きると考えられます。

  1. お金の供給量が減った
  2. 商品の供給量が増えた
  3. お金に対する需要が増えた
  4. 商品に対する需要が減った

デフレは一般的には、商品の供給がお金の供給よりも大きくなったときに起こります。上の四つの要素を満たしていますね。この四つの要素は、なぜ価格の上がる商品と下がる商品があるのかを上手く説明しています。パーソナルコンピューターの価格は、この15年間でどんどん下がってきました。これは、技術の進歩によって、PCの供給がお金の供給を上回ってきたからです。1980年代には、1950年代の野球カードが急激に値上がりしました。これは野球カードの需要が増大したことと、野球カードとお金の供給量が基本的に変わらなかったことによります。ということで、デフレが心配ならお金の量を増やせばいいじゃない、というご提案は、上の四要素をみた限りでは、ナイスですね。

そこで連銀はお金の供給量を増やすべきだ、と結論づける前に、デフレの害がホントはどの程度のものなのか、そして、連銀はお金の量を変えることができるのか、そこをハッキリさせておきましょう。まずは、デフレによって引き起こされる問題のほうを見ていきましょう。 たいていの経済学者は、デフレを経済の病気であると見なすこと、そして、別の病気の一症状だとみなすこと、このどちらにも同意するはずです。『デフレーション:そのメリット、デメリット、そしてその厄介なところ(Deflation: The Good, The Bad and The Ugly)』という記事の中で、キャピタリズム・マガジン(Capitalism Magazine)のドン・ラスキンさんは、ジェイムス・ポールソンさん(訳注:証券会社のエコノミスト)の「良いデフレ」と「悪いデフレ」という区別を検証しています。ポールソンさんのこの分類は、明らかに、彼がデフレを、別の経済上の変化による症状と見なしていることを示していますね。ポールソンさんによれば「良いデフレ」は、企業が「コスト削減と効率性の向上を追求した結果、商品をどんどん安い価格でコンスタントに作れるようになる」ときに起こるといいます。これはまさに、先ほどのデフレを引き起こす四つの要素の二番目、「商品の供給量が増えた」に相当しますね。ポールソンさんは、これが「GDPの成長を力強くし、利益の成長を大きくのばし、しかもインフレにせずに失業率を低くできる」ので「良いデフレ」なのだ、としています。

「悪いデフレ」のほうはもっと定義の難しいコンセプトです。ポールソンさんはシンプルに、「悪いデフレとは、販売価格のインフレ傾向が低いにも関わらず、企業がもうコスト削減や効率性の改善を続けられないときに起こる」としています。ラスキンさんも私も、この考え方はちょっと受け入れられません。このような説明は、物事の一面でしかないと思うのです。ラスキンさんは、悪いデフレは実際には「一国の中央銀行による、その国の会計通貨単位の再評価」なのだ、と結論づけています。これは煎じ詰めて言えば先ほどの4要素の一番目、「お金の量が減った」にあたります。ということで、「悪いデフレ」はお金の量が相対的に減ったことで起き、「良いデフレ」は商品の量が相対的に増えたことで起きる、というわけです。

と、このような説明には、根本的に欠陥があるのです。というのも、デフレは「相対的な」変化によって引き起こされるものだからです。ある年の商品の供給量が10%増え、お金の供給量は3%しか増えなかったら、デフレになりますね。ではこれは「良いデフレ」でしょうか、それとも「悪いデフレ」でしょうか? 商品の供給が増えているんですから、「良いデフレ」なんですけど、中央銀行のお金の供給がそれに追いついていないのですから、「悪いデフレ」でもあるはずです。「商品」なのか「お金」なのかを問うのは、「両手をパチンと合わせたとき、音を鳴らしたのは右手か左手か」と問うようなものです。「商品の量が急速に増えた」とか「お金の量の増え方が遅すぎる」という表現は、根っこでは同じことなのです。だって商品とお金をつきあわせて比べてるんですから。なので、「良いデフレ」と「悪いデフレ」という用語にはもうお引き取りを願うべきでしょう。

デフレを病と見なすこと、最近ではこちらのほうが経済学者の同意を得やすいでしょう。ラスキンさんは、デフレの真の問題は、商売上の取引関係をぶちこわすことにある、と言っています。「お金の借り手から見れば、契約上支払うべきローンの購買力が大きくなっていき、同時に、ローンで購入した資産が名目価格で減少し始める。貸し手から見れば、デフレ下では借り手がローンによって破産する確率が上がる」としています。

ノムラ・セキュリティーズのエコノミスト、コリン・アッシャーさんはRadio Free Europe(訳注:該当するページが見つからなかったので、ホームページにリンクしておきました)で、デフレの問題は、「デフレになると、衰退の連鎖反応がおきることににあります。企業の利益が少なくなるので、人を雇わなくなります。すると、人々はお金をあまり使わないようにしようと考えるようになり、それを受けて、企業の利益がさらに減ります。これらすべてが、衰退の連鎖となっていくのです。」と述べています。さらにデフレには心理的な作用もあり、「人々の心理に深く根ざし、自己増殖していきます。消費者は車や家といった高価な商品をあきらめるようになるのです。だって将来値下がりすることが分かっているんですから」とも。 CNNマネーのマーク・ゴングロフさんも同様の意見です。ゴングロフさんによれば「人々にモノを買う意志が無い状態で価格が下落していると、消費者が購入を延期する悪循環につながります。モノが今後もっと安くなるって皆知っているわけですからね。すると、企業は利益を上げられなくなったり、借金を払えなくなったりします。そうなれば、生産や雇用を縮小させます。するとさらに商品への需要が低下し、さらなる低価格につながっていくのです。」

デフレについて一家言ある経済学者全員にアンケートをとったわけではありませんが、デフレについてのざっくりとしたコンセンサスがどんなものなのかは、なんとなく分かっていただけたのではないでしょうか。

さらに見逃されがちな心理的要素として、ほとんどの労働者は自分の賃金を名目値でみている、という点があります。広く一般の物価が下がっているのだから、賃金だって下がっているはずなんだけど……、というところにもデフレの問題があります。現実には、賃金は下がる方向にたいしてはかなり「べたついて」下がりにくいのです。物価が3%上がり、社員の賃金も3%上がれば、大まかにいって、上る前と何も変わっていません。これは、物価が2%下がって、社員の賃金が2%カットされたときでも同じです。しかし、社員が賃金を名目でみていた場合、3%増えたほうが、2%減るのよりもうれしいはずです。低めのインフレが起きていれば、産業内で賃金の調整をするのは簡単ですが、デフレは労働市場の硬直を引き起こします。この硬直はやがて、労働力の活用という点で非効率を引き起こし、経済成長を鈍化させます。

さて、ここまでデフレが望ましくない理由をいくつか見てきました。今こそ「デフレ対策として何ができるか」と問わねばなりません。初めの四つの要素のうち、一番コントロールが簡単なのが、一番目の「お金の供給量」です。お金の供給量を増やすことで、インフレ率を引き上げることができますから、そうしてデフレを防げばいいのです。

なぜこれが上手くいくのかというのを理解するためには、まずお金の供給量(以下マネーサプライ)の定義を知る必要がありますね。マネーサプライというのは、みなさんのお財布に入っているお札やコインことだけではありません。経済学者のアンナ・J・シュウォーツさんによれば、マネーサプライの定義は以下のようになります。

「合衆国のマネーサプライは、通貨(連邦準備制度と財務省によって発行されるドル紙幣とコイン)と、民間の銀行とそのほか信用組合、貯蓄貸付組合などの金融機関に一般の人々が預けている種々の預金で構成される。」

そして、経済学者がマネーサプライを調べる時に使う基準は、大きくいって三つに分かれます。


M1:お金の交換媒介としての機能に絞った小さめの計測基準
M2:お金の価値保蔵の機能も含めたちょっと広めの計測基準
M3:お金の代替物と見なされるような金融商品も含めたかなり大きめな計測基準 

(訳注:見やすくするために書式を変えています。文はそのままです。)」

連銀には、マネーサプライを変化させるために自由に使える手段がいくつもあります。そうしてインフレ率を上げたり下げたりしているんです。連銀がインフレ率を変化させるために一番よく使う手は、金利の操作です。連銀が金利を変化させることで、マネーサプライも変化するのです。仮に、連銀が金利を下げようと考えているとしましょう。これは、代金を支払って国債を買い入れることで実現できます。債券を市場から買うことで、債券の供給量が減りますね? するとその債券の価格が上昇し、金利が下がるのです。債券の価格と金利の関係は、私の『配当税カットと金利(Dividend Tax Cut and Interest Rates)』という記事の三ページ目で説明してあります。連銀が金利を下げたいと考えたとき、連銀は国債を購入し、そうすることでお金を市場に注入します。債券を受け取るには、持ち主さんにお金を渡さなくてはいけませんからね。このように、連銀は、国債を買って金利を低下させることで、マネーサプライを増やすことができるのです。逆に、国債を売って金利を上げて、マネーサプライを減らすこともできます。

金利の操作は、インフレ率を下げたり、デフレを防ぐ際に普通に使われる手段です。CNNマネーのゴングロフさんは、連銀の研究を参照して、「一例ですが、日本のデフレは、1991年から1995年の間に日本銀行が、金利をもう2%低くするだけで防げていたでしょう」と言っています。コリン・アッシャーさんは、金利があまりに低すぎて、この方法でデフレをコントロールすることができなくなる場合もある、と指摘しています。まさに日本が現在そのような状況で、金利は事実上ゼロになっています。金利の操作は、状況がそろっていれば、マネーサプライを変化させてデフレを抑える手段として有効だ、ということですね。

ついに大本の質問にたどり着きました。「お金を刷ることというのは、何かお金を刷る以上の問題があるんでしょうか? 刷ったお金を出回らせるのは、連銀が債券を買うことで、その代金が経済に注入されるということですよね?」そう、それこそ今見てきたことなのです。連銀が国債を買うためのお金だって、どこかからやってきたお金のはずですよね? 通常、公開市場操作(訳注:中央銀行が市場で国債を売買すること)をする際、連銀は単にお金を無から生み出して使っているのです。ということで、経済学者が「お金をもっと刷る」「連銀が金利を下げる」と言う場合、たいていそれは同じ事を指しています。日本のように、金利がすでにゼロになってしまっている場合は、もうそれ以上何かできる余地というのはほとんどありません。ですからこの方法でデフレと闘ってもあまり上手くいかないでしょう。幸い、合衆国の金利は日本ほど低くありませんけどね。

さて、来週は、マネーサプライを変化させるための、他にもよく使われる方法を見ていきましょう。合衆国も今後、デフレと闘っていくためにそういった手段も検討していく必要が出てくるかもしれません。

(翻訳おわり)
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さて、「お金ジャブジャブ説」の問題点がおわかりでしょうか。そうです、デフレじゃん! ということですね。お金がジャブジャブだろうが、大蔵省がしゃぶしゃぶだろうが、今日本はデフレなんです。デフレにはこの解説にあるような大きな害があるんですから、ゼロ金利だから何もしない、などという選択肢なんて本来あるはずもないのです。「お金ジャブジャブ説」はまるで、船は絶賛沈没中だけど、バケツで水をくみ出してるからもう何もしない、と言っているようなもの。いや、沈んでるから! ものすごく! どうしてこんな主張が大手メディアに乗り続けているんでしょうか?

最後に、来週はそのほかのデフレ対策を、とMoffatt先生が書いてますけど、その記事が見あたらないんですよね。ということで、手前味噌ではありますが、当ブログの過去記事から、デフレ対策を扱ったものをご紹介しましょう。

勝間和代のBook Loversを聴いた その1
勝間和代のBook Loversを聴いた その2

飯田泰之×宮崎哲弥 トークセッションに行ってきた


どれも長いですけど対談です。ちょいと覗いてみてください。

追記
7月6日:ツイッターで@maedaさんからご指摘をいただきました。ありがとうございます。「会計通過単位」と「債権」を「会計通貨単位」と「債券」に改めました。

7月13日:Wikipediaによりますと、「2000年8月の時点では、消費者物価は前年比で下落を続けており、政府は物価が持続的に下落するデフレが続いているとして、ゼロ金利政策の解除に反対する姿勢を見せた。しかし、日銀は物価の下落を良いデフレとして問題ではないとする立場をとった。」(参照)とのこと。さらに昨年の段階で与謝野馨経済財政担当大臣(当時)は、「(略)1%そこらの物価の下落というのは、物価上昇に比べて、むしろ望ましい姿であるかもしれないし、もしかしたら生産性が高まっている所以かもしれないというので、あまりデフレを強調し過ぎて、デフレだ、デフレだと言って自己暗示にかかる経済というのはあまり良くない議論だと私個人は思っています。」(参照)とのこと。さて2012年、日本は良いデフレ論を乗り越えることができるんでしょうか。嘆息。

2011年8月6日土曜日

CPI改定直前、デフレが続く

7月の終わりに発表された消費者物価指数(CPI)を確認しておこう。

概況
(1) 総合指数は平成17年を100として99.9となり,前月比は0.1%の下落。前年同月比は0.2%の上昇となった。

(2) 生鮮食品を除く総合指数は99.7となり,前月比は0.2%の下落。前年同月比は0.4%の上昇となった。

(3) 食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数は97.3となり,前月比は0.1%の下落。前年同月比は0.1%の上昇となった。

前年同月比は3つの指標とも上昇しているのものの、小幅なものでしかない。しかも、消費者物価指数は基準年の改定が近づいているのだ。

CPIの誤差を是正する手段は幾つか導入されているものの(参照)、今のところどうにもならないのが時間経過による誤差だ。なので五年に一度、物価の基準年が改定され、各商品等のウエイト付も変更される。

前回の改定は2006年に行われ、基準年が平成17(2005)年になった。その結果、CPIは改定前よりも0.5%押し下げられた。つまり2006年頃には見かけ以上にデフレが深刻だったということだ。にもかかわらず、日銀は、改定前にCPIがプラスであることを理由に、量的緩和政策を解除してしまった。

さて、今回の改定を目前に控え、内閣府は次のような発表をした。

現時点で把握できる品目の入れ替えや、指数の基準時を2010年に変更することの算術的な効果(指数のリセット効果)を踏まえ、消費者物価のコアとコアコア指数を試算すると、2011年1~6月の前年同期比は平均で-0.7~-0.8%ポイント前後の押下げ効果が見込まれる。

ということで、おそらく今現在の物価状況はCPIの数字より相当低そうだ。日銀が前回のような暴挙に出ることはないと思うけど、これを放置することだって十分暴挙といえる。

ちなみに経済財政報告では、CPIの改定について触れたすぐあとで、デフレ脱却のための処方箋を載せている。

物価動向を規定する要素として、需給ギャップとともに重要な要素は人々の期待物価上昇率の変動である。将来的な期待物価上昇率が安定していれば、例えば一時的に石油価格が上昇しても他の価格には波及しにくく、物価全体としてはインフレになりにくい。逆に、人々が物価下落の長期化を予想すれば、需給状況が改善しても最終価格への価格転嫁は難しく、デフレ傾向は改善し難い。すなわち、デフレ脱却のためには人々の期待物価自体を安定的なプラスにする必要がある。
同上 (上のリンク先からちょっと下の部分をみてください)

さらに巷で噂のデフレ人口減少原因説についても、

(略)生産年齢人口が減少している日本、ドイツ、エストニア、ハンガリーについては、物価上昇率はまちまちであり、5%を超える物価上昇率のハンガリーから物価下落の日本まで相当の幅がある。ここでも、生産年齢人口の減少と物価下落が併存しているのは我が国だけである。
こうした単純な相関関係を見る限り、生産年齢人口が減少しているからといってデフレになるとはいえない。生産年齢人口の減少が物価下落に結びつくための仲介的な、第三の要因があって初めて、我が国のような生産年齢人口の減少と物価下落の併存が生じていると考える方がよさそうである。

とバッサリ。

前回のエントリで高橋洋一さんの「ちょっと風が吹けばリフレ政策が実現する可能性がでてきます」という言葉を引いたけれども、ホントそんな感じ。

とりあえず改定後日銀が何を言い出すのか、野田大臣ばりに注視していきたい。

2011年8月4日木曜日

エコノ3アミーゴス観察記

ブログサボってました。久しぶり過ぎてbloggerの編集ページが一新してるの知らなくてびっくりです。再開です。

ustreamに高橋洋一さん、田中秀臣さん、上念司さん三人揃ってエコノ・スリー・アミーゴスのトークライブ「震災増税2011、日本は二度死ぬ !」の動画があるということで見てみました。三時間くらいあるので何回かに分けて、MINECRAFTブランチ・マイニングをしながら、見るというより聞いている感じでしたけど、お硬くなく、楽しげで、そしてかなり過激でとても面白かったです。

なんといっても高橋さんの官僚話がスゴイです。基本的には官僚についてのトークがメインで、政策の話はおまけ程度なので小難しいということもなく、三時間があっという間でした、途中歌もあるし。

うろ覚えですけど高橋さんの官僚話をまとめてみます。スッカスカのまとめなので興味を持たれたら動画を見てください。

  • 官僚は利益を求めて動いている。
  • 官僚にとっての利益は天下り先の確保。
  • 財務省が税収増ではなくあくまで増税にこだわるのは、新しく増税することで各種業界団体が財務省に擦り寄ってきて、「うちの業界の税率は特別に下げてください」と言ってくるので、そこで「じゃあ天下り先用意しといて」と取引を持ちかけたいから。景気が良くなって同じ税率で税収が増えても官僚にとって利益はない。
  • 官僚が学者を取り込むのは簡単。経済学者の場合、ノーベル賞受賞者にあわせてやったり、飛行機で「たまたま席があいてるんですが」とか言ってファーストクラスに乗せてやればコロリといく。
  • 官僚が学者の論文を書いてやっている。名義だけ学者が書く。
  • 震災増税を支持する学者は、官僚のポイントを稼いで立派な肩書きのポストを欲しがっているのではないか。彼らが普段教えているバローの課税平準化理論と矛盾してしまっている。
  • 日銀の白◯総裁ははっきりいってそこまで頭が良くない。
  • 日銀の◯川総裁は上司に付き従うのはうまかったけど総裁になるような人じゃない。本人もなれると思ってなかった。
  • 日銀は職員の家柄とかにもこだわっていたらしい。
  • 与謝野大臣は与謝野晶子の色紙のコピーを記者に配ってる。
  • 震災の二日後に菅総理に増税を申し入れた谷垣氏はヒドすぎ。

まだまだ過激な話がありますが、それは動画の方で。上念さんが「官僚はずいぶんお金を欲しがっているけれど、家が貧乏なんですか?」と言っていて、たぶんココが一般の国民が最も疑問に思うところでしょう。貧乏なわけはないから、きっと官僚の天下りはお金ではなくて何か別の理由があるんだろう、と考えたりするわけです。この疑問に対しては田中さんが「官僚同士、学歴では差が付かない。差が付くのは天下り先とかお金とかイケメンだとかそういう部分になってるんですよ」と答えてました。なるほど。にんげんっていいな。

官僚の天下りが問題になると、「日本の役人はマシな方。賄賂をもらわないし」みたいな話がだいたい出てきますが、どうでしょうね。事実上税金を使い込んでるんですからあんまり自慢にはならないと思いますし、組織的に効率良く使い込んでるので、金額面でもマシな方と言い切れるかどうか。こういう、特に直接の利害関係があるわけでもないのに官僚の肩を持ったりする人々についてのお話もありました。

学者の寂しい生活の中に官僚が入り込んで操ってしまうその手管たるや、学者の皆さんには失礼ながら、爆笑せずにはいられませんでした。まあカワイイですよね、ある意味。

さて、官僚と学者さんは小さな社会でなにやら楽しげですが、では現状は打開できるんでしょうか?

田中さん「高橋さんからみてガチンコでデフレ脱却を訴えている議員って何人くらいいますか?」
高橋さん「二桁いないね。でも政策ってそんなもん」
上念さん「逆に言えばガチンコで増税を言っている人も少ないんですよね」
高橋さん「そうです。議員の6割くらいは状況次第で動きます。だから昔に比べればいい勝負できるようになってる。デフレに疑問を持つ人が増えているのは事実ですよ。だからちょっと風が吹けばリフレ政策が実現する可能性は出てきてます」

で、戦術としてはデフレよりも円高によるダメージを全面に押し出すべきで、今後は民主党の代表選で候補者が明言するかどうかに注目、とのこと。

この動画を見て改めて思うんですが、官僚の人だって定年を迎えてすぐポックリ逝くつもりなんて無いでしょうから、引退後まあ20年くらいは生きようと考えてるんだと思います。で、20年もあったら反省とかしちゃう日も一日くらいはあると思うんですよね。現役のときは同類の人たちと一緒に「オレたち悪くないよね」と確認し合ってればいいんでしょうけど、引退したらさすがにそうはいかないだろうからちょっと心配です。それとも深く考えなければ過去の行いなんて気にせずに生きていけるんでしょうか。例えば日銀の白川○裁がテレビに出て「物価が下がっててびっくりした」的な発言で庶民人気を取ろうとして、ある意味大当たりしたこととか忘れられるんでしょうか。元々頭のいい人たちですから、それはちょっと信じられないですね。まあ余計なお世話ですけど。

田中さんによると次回は9月頃にあるそうなので、楽しみです。

動画はパート2まであります。


【Live Wire #25】震災増税2011、日本は二度死ぬ ! 1
http://www.ustream.tv/recorded/16189049



【Live Wire #25】震災増税2011、日本は二度死ぬ ! 2
http://www.ustream.tv/recorded/16191654

2010年7月5日月曜日

リフレ選挙

 引越しだ何だとばたばたしつつも選挙です。今や各政党のマニフェスト入りが当たり前になっているデフレ脱却ですが、今回はその目立ったところをまとめるぜという企画です。取り上げる政党は民主党、自民党、みんなの党、そしてたちあがれ日本です。引用部分は赤くします。

 まず民主党のマニフェスト(参照:民主党の政権政策)から。PDFをダウンロードしてみると、四ページ目のど真ん中、どーんと大きな文字で、
  • 「政府と日本銀行が協力して集中的な取り組みを進め、早期にデフレを克服。」
  • 「名目成長率3%超、実質成長率2%超の経済成長。(2020年度までの平均)」
  • とあります。集中的な取り組みってなんでしょうかね。コレ以外の経済政策については規制緩和と産業政策っぽいことしか書いていないようです。

     つぎに自民党(参照:自民党政策集)。経済政策を扱っている三ページ目のトップに、「この3年間に、金融政策、税・財政政策、成長戦略など、あらゆる政策を総動員し、早期のデフレ脱却と景気回復を図り、名目4%成長を目指します。仕事を創り、誰もが働く場を得られる社会を実現します。」と頼もしい。具体的には当面の経済財政運営として「デフレ脱却を急ぐため、下限がゼロを超える物価目標(例えば1.5%プラスマイナス1.0%)を定めるなどの金融緩和政策や「日米欧中を中心とした国際マクロ政策協調(平成のプラザ合意)」をはじめ、税・財政政策、成長戦略など、あらゆる政策を総動員し、GDPギャップ解消を進めます。」と書いていて、実際の政策にも踏み込んでいます。全部をちゃんと読んだわけじゃないけど(長いので)、日銀のあり方に言及した箇所はないようでした。それにしても産業政策がお好きなんですねえ。

     つづいてみんなの党(参照:みんなの党の選挙公約)。経済政策については世界標準の経済政策を遂行し、生活を豊かにする!という見出しで、1.年率4%以上の名目成長により、10年間で所得を5割アップさせることを目標とする。というふうに始まりいろいろあって10.中央銀行は手段の独立性を有するが、目標は国民が決めるとの世界標準のコンセンサスに従い、物価安定目標を設定し、危機脱出後の成長軌道を確保。という感じ。成長戦略については別ページ(参照:みんなの党成長戦略)を設けて説明していて、そこでは、「デフレからの脱却が、成長のための大前提である。デフレギャップ解消のため財政金融一体政策を講ずる。当面40兆円のデフレギャップを解消するためには、財政政策とセットで、金融政策を講じ通貨供給量を拡大する必要がある。」とか「政府から日銀に対し、例えば、20兆円の中小企業向けローン債権に政府保証を付与した上で、金融機関から日銀が買い取ることを要請できるようにする。これにより、地域金融機関のローン債権がキャッシュに変わることで、貸出余力が高まり、有効需要創出の効果が期待できる。」とあります。

     さて自民党とみんなの党がかなり明確に悪魔的な政策(参照:官房長官時代の与謝野氏の発言)に手を出しているんですけど、それでは、金融危機のさなか経済担当の大臣を三つも兼務して、特に何もしないという斬新な政策を打ち出した与謝野馨氏が共同代表をつとめるたちあがれ日本の経済政策はどうなっているのでしょう(参照:たちあがれ日本のHP)。強い国際競争力で「本物の成長」を持続すると題してはじまる経済政策ですが、その三番目に、早期デフレ脱却へ民間貸出を増大とあります。内容は、過度の量的緩和には、国債バブルと資本逃避のリスクがあります。持続的なデフレ脱却のためには、民間金融機関がリスク回避で貸出しをしぶり、成長機会を奪っている現状を打破することが不可欠です。続いて、民間貸出の年10%増加など、数値目標を掲げ、政府・日銀一体でリスク投資(研究開発、設備投資、M&Aなど)を支援します。となっています。

     本当は民主党についてもっと書きたかったんですけど、デフレ脱却についてはあんなもんなんですよね。あとたちあがれ日本の言葉のチョイスが良くないな、と思いました(いえ、党名という意味でなくて)。「本物の」とか「リスクがあります」とか、もう議論する気ないだろ、と。本物かどうかだれが決めるんじゃい、とか、そりゃ何にだってリスクはあるじゃろがい、どの程度のリスクなのかがもんだいなんじゃろーにとか思っちゃいますね。個人的には今回の選挙、一択クイズです。

    2010年6月13日日曜日

    広い意味での最低の組織・書評・田中秀臣『デフレ不況 日本銀行の大罪』

    デフレ不況
    デフレ不況
    日本銀行の大罪
    田中秀臣
     田中秀臣著『デフレ不況 日本銀行の大罪』を読むのには随分時間がかかった。文章は読みやすいし、とても良い内容なんだけど、本書が批判している日本銀行の言動にいちいちムカムカしてしまって読み進めるのが難しかった。

     本書は経済学の本であると同時に、経済学者がジャーナリスティックな視点から日本銀行を批判した本だ。なので、まず日銀の社会的に問題のある言動が紹介されて、その上で日銀の経済学的なおかしさが解説される。ので、経済学に馴染みのない人でも何がどう問題なのかよく分かると思う。

     2009年11月4日に、白川日本銀行総裁は「デフレリスクによって景気が上下動する可能性は少なくなった」(p.28) と述べている。ところが同じ月の30日には「デフレ克服のための最大限の努力を行っていく」(p.30) と正反対のことを変な言い回しで述べた。この変身イリュージョンの理由は、この間に日銀が否定してきたデフレを政府が認めてしまったことなのだが、さらに翌12月1日の政策決定会合の結果日銀は「広い意味での『量的緩和』」(p.31)を実施することを決める。

     この茶番じみた退却ならぬ転進からわかるのは、日銀は自分たちの主張する日銀流理論を国民の前で堂々と実行する度胸もないということだ。普段は日本経済の低迷は国民の自信がどうのこうのと日銀大好きっ子ちゃんたちと盛り上がっているのに、政府の偉い人が近づいてきたらまともに言い返すことすらせずに従ってしまうのだ。日銀はそういう意味でも最低な組織だけども、本書ではブラック企業と見紛うほどの愚かな振る舞いも描かれている。そういう意味でも最低だ。

     ところで話は変わって、恥ずかしながら、僕は世間でわかりやすいと評判の池上彰氏の本を読んでもちっとも理解が進まない。たぶん、僕がちょっとでもいいから全体像が見えないと何かを覚えることが出来ないからだと思う。池上氏の本は、僕のようなオツムを持った人間からすると、電話帳をまるまる覚えなさい、と言われている気がして気分が暗くなる。

     とはいえ、全体像を伝えるのは勇気のいることだ。人類史上、次の曲がり角の先に何があるのか知っている人間はいないのだから、僕たちが持っている全体像なんてものは、あくまで感覚、印象でしかない。だから、全体像を伝えようと思えば憶測や曖昧な部分が必ず出てくるし、時には曖昧な部分同士が矛盾したりもするだろう。そしてそこは突っ込みどころになってしまう。

     にもかかわらず、本書では著者が持っている全体の印象が伝わってくるようなところがあってとても新鮮だった。それは目次を見ただけでもわかる。まずは日銀の最近の言動を扱った第一章「責任逃れの「日銀理論」」、次に、その国際的な評価についての第二章「世界が酷評する日銀の金融政策」、そして、じゃあ歴史的にはどんな感じなのか、という第三章、第四章「昭和恐慌の教訓」「日本銀行、失敗の戦後史」、さらに、国民に人気のある説の問題点を描き出す第五章「「構造改革主義」の誤解」、ではどうすりゃいいんだい、という第六章、第七章「中央銀行の金融政策」「リフレ政策――デフレ不況の処方箋」と、これでもかという全体像である。

     本書は専門的な本ではないけど、そのおかけで経済学からは微妙にずれた話も語られる。二箇所引用しよう。

     (アメリカの中央銀行FRBの議長、バーナンキは)2005年10月に行った上院での証言でも、物価と経済成長の安定、そして市場とのコミュニケーションを円滑に行うためにインフレ目標導入を行うべきだという持論を語っています。
     このバーナンキの証言に対して、委員会のメンバーから「インフレ目標を採用することによって物価安定が優先され、雇用が確保されないのではないか」という質問が出ましたが、それに対してバーナンキは「インフレ目標は物価と雇用の安定の両方に貢献することができる」と言い切っています。

    [pp.78]( )内は引用者


     アメリカでインフレ目標が公式な導入に至っていないのは、「連邦準備制度の目的規定(連邦準備法二A条)とのダブルスタンダードになる」という反対論があるためです。
    (略)
     アメリカ議会でも雇用重視の意見は強く、このためにインフレ目標論者として知られるバーナンキがFRB議長となった現在も、インフレ目標を公式にFRBに導入することはできないでいます。

    [pp.251]

     もっと専門的な本であったなら、こういう感じは出なかったと思う。専門家の議論は正確さが大事だから、どうしても色々な条件に限定された狭い範囲の話になりがちだ。そうなるともう素人には信用出来そうな専門家は誰か、ということさえ決められない。そんな中で、個別の経済現象の解説があり、しかも全体像の中での位置づけもわかる本というのは、かなりお得だろう。もう新聞いらないんじゃないかな(金融政策に関しては)。実際のところ、バーナンキがインフレターゲット論者であることと、FRBが明確なインフレターゲットを導入しないのは別の話だ。

    アメリカの金融政策
    アメリカの金融政策
    金融危機対応から
    ニュー・エコノミーへ
    地主敏樹
     地主敏樹著『アメリカの金融政策 金融危機対応からニュー・エコノミーへ』という90年代のアメリカの金融政策を詳しく分析した本があって、主にFOMC(連邦公開市場委員会。日銀でいうところの政策決定会合)の議事録を読み込んでいくわけだけど、94年の12月の定例会合のなかでインフレ目標を採用すべきかどうか、という議論がなされている。

     政策討議のなかで、長期のインフレ目標発表を推す意見も提出されている。グリーンスパン議長が「それは立法問題だ」とかわしたので、本格的な議論とはならなかった。

    地主敏樹『アメリカの金融政策』[p.210]


     突き詰めれば国民が決めることだ、というわけだ。さらに96年の7月の会合では、

     なお、この会合は一年に二回ある二日間会合で、余裕があったことから、一日目の午後に十分な時間をとって、賛否両サイドに一名ずつの報告者を準備したうえで、長期的なインフレ目標(the long-term inflation goal)について特別セッションを設けている。グリーンスパンは、そのオープニングで「この問題については、(FOMCの投票メンバー)12名だけでなく、(残りの地区連銀総裁7名も加えた)19名の合意」が必要と述べている。

    地主敏樹『アメリカの金融政策』[p.260]


     手法はどうあれ、物価と雇用の水準を決めるには、民主的な基礎づけが必要だ、というのがバーナンキの前任者の考えだったようだ。おそらくバーナンキも合意形成を重んじるだろう。議事録の公開は5年後(日銀は10年後)だから、実際のところはまだわからない。なので、本書『デフレ不況』は、そういうまだ分からないところに、踏み込むとまではいわないけど、全体像の中に組み込んで経済を描き出している。そういうふうに説明してくれるのでちょっと妙な説得力を持っていると思う。

     で、このブログの前回のエントリーでは、消費者物価指数(CPI)の誤差についての僕の思い込みについて書いたのだけれど、本書でもCPIの誤差は問題視されていて、前回コメント欄でmaedaさんが紹介してくれた論文が参照されている。著者はCPIの誤差は無視出来ないと考えているようだ。こうなってくると僕のような素人ができることは、CPIの誤差についての新しい検証と議論を待つことだけだ、と改めて思う。正直に言って、CPIのバイアスの話は日銀批判の武器とするには時間が経ちすぎたと思う。日銀にしてみれば国民があまり興味を示さない話題は、じっと待ってやり過ごすという戦略がとても有効なのだろう。そして大手新聞がCPIの誤差を問題視するなんて日はたぶんこない。「日本のCPIのバイアスは無視できる程度」という日銀の従来の主張に根拠はなさそうだと僕も思うけれど、そうやって寝技に持ち込んで時間を稼いで曖昧にしてしまうという官僚お得意の手が上手く決まってしまっているように見える。

     本書を読んで、日銀は批判に対して「〇〇だ」「〇〇でない」と一点張りをする傾向があるように感じた。CPIの誤差についても「ない」だし、バランスシートをもっと膨らませるべきだ、という批判にたいしても「増えている」だ。そしてそこで議論が終わってしまう。で、こういう白か黒かの二分法を使って勝利宣言しちゃう相手には飽和攻撃しかないと思う。つまり正攻法だ。

     都合よくスキャンダルでも持ち上がれば、国民の注目が殺到して、あっというまに日銀の処理能力の限界を超えてしまうだろうけど、そんなものを期待するわけにもいかない(経済学的には相当スキャンダラスな日銀ですが)。そうなると、専門家ではないけどリフレ政策を支持する僕たちにも「CPIの誤差」とは別の使い勝手の良い武器が欲しいところだ。スキピオが扱い易い短めの剣、グラディウスをローマ軍に導入してザマの戦いに勝利したように。

     本書を読んで、コレは、と思ったのは、政策決定会合の委員の決め方が恣意的すぎるということ。委員は日銀総裁が選んでいて、その基準は特に無いそうだ。どうりで日銀に従順な人ばかり選ばれるはずだし、昨年11月の政府による「デフレ宣言」を挟んで、委員同士で議論をした様子もないのに日銀の主張がガラリと変わったのもうなずける。議論なんてする必要が無いのだろう。FOMCがカッコ良すぎて生きるのが辛い。

     ただ、この点を攻撃しても、結果が出るのはいつの事になるのかわからない。正攻法なんてそんなものだ。でも、この批判に対しては「日銀法に則っている」以外の反論は難しいだろう。まさか金融政策をはじめマクロ経済政策の専門家を揃えています、とは言えまい。であれば、日銀法の改正の機運を呼び込めるかもしれない。あるいは日銀が批判を気にしてリフレ政策に理解のある人物を委員に任命するかもしれない(そして手懐けようとするかもしれない)。まあ先の長い話ではある。経済成長の恩恵をたっぷり受けておきながら、その価値を否定するような空気が充満しているのだから時間がかかるのは仕方がない。いずれにしても、いつの日か国民の関心が日銀に向かったときに、お手軽な武器があるといい。僕は委員の選抜がテキトーすぎる点を強調するのがいいと思う。

     で、事態がどう転ぼうと、やっぱり、どう考えても経済学の議論に決着をつけるのは日銀の仕事ではないわけだ。リフレ政策に賛否があるのはよいとして、なぜ日銀が裁判官、それも首狩り判事みたいに特別質の悪いヤツのように振舞っているのか。著者がいうように、これは民主主義の問題*1なのだ。本書がその問題を考える契機となればいいな、と思う。



    *1:Baatarismさんのブログで民主党のマニフェストにインタゲがのるかどうかを追ったエントリーがあって、結局高嶋良充筆頭副幹事長の反対もあって採用されなかったようだ。Baatarismさんは日銀の根回しがあった、と推理していて、もしそうなら、ホント日銀って民主主義をバカにしているってことになる。以前にも民主党の大塚議員にかなり露骨な圧力がかかったことがあった(参照)けど、日銀出身の大塚議員ということもあるのか、上手くその露骨さが表に出た感じ。

    2010年4月26日月曜日

    CPIの誤差について

     先日、2月の消費者物価指数について書いたエントリに、Agitさんからコメントを頂いた。引用させてもらいます。

    CPIの上方バイアスについてなのですが、様々なところで「1%くらい大きめの数字が出てしまう」という意見をよく聞きます。
    最近また聞くようになったのは自民の山本幸三議員が国会で持ち出したからだと思いますが、これ多分日銀の白塚重典氏の推計(0.9%)から来ている数字ですよね?
    しかしあの推計は「多くの大胆な仮定の上に試算した結果で」あり,「数値は,必ずしも精度の高いものではないとの点は十二分に念頭におく必要がある。」と本人が書いていたと記憶しています。
    例え「大胆な仮定」が全て当たっていたとしても、推計が発表されたのは1998年で、CPIが1995年基準だった時の事です。
    あれからもう2回も基準改定があり、ヘドニック法も一部の品目で採用され、中間年見直しまで始まってるわけで、当時とは全然状況が違ってますよね?
    実際白塚氏本人が2005年に「上方バイアスは、縮小方向にあると考えられる。」ってペーパー書いてますし、そもそも「CPIの上方バイアスについては、その大きさを固定的なものと考えることは適当でな」いと書いてます。
    いつまでも0.9%という数字が一人歩きしている事のほうが問題ではないかと思うのですが、いかがお考えでしょうか。

     もう僕のバカさ大爆発で恥ずかしいんだけども、CPIには1%くらいの上方バイアス、と丸暗記状態でした。で、ちょっとだけ調べたのでそれをまとめます。

    CPIの問題点


     従来から指摘されていたCPIの問題点を、ここにある宇都宮浄人氏の文章をもとに挙げてみる。
     
     1. 品質の変化
      
     2. 新製品

     これが全部ではないけれど、「日米いずれの計測結果でも、最も大きなバイアスが生じているとされた部分は、 品質調整及び新製品の登場にかかる部分である」、と本文中にもあるのでとりあえずこれらをみていこう。
     

    改善策


     品質の変化に対応するために導入されたのが、ヘドニック法というものなんだそうだけど、この総務省の統計調査部の人たちの文章(ヘドニック法について(PDF))を見ると、パソコンなど品質の変化が激しい製品にこのヘドニック法を適用しているそうな。で、宇都宮氏は、ヘドニック法を不用意に使うと今度は下方バイアスがでる可能性を指摘していて、こうした懸念に対して総務省は、国際的にみて日本のCPIはヘドニック法を適用している商品の数が多いわけではないので、問題があるとは言えない、とのこと。あと、宇都宮氏は消費者の選択肢が少ない(あるいは無い)場合に、機械的に品質の変化を織り込んでいくと、変化を過大評価することになるのでは、とも述べている。しかし現状では、ヘドニック法以外に品質の変化に対応する方法がないようだ。
     
     そして、新製品が出てきた時の対応としては、総務省統計局のページを見ると、

    Q. 新しい製品が次々と登場しますが、それらの価格変動が反映されていないということはないですか。

    A. 調査銘柄については、各品目において代表的な銘柄の出回り状況を調べ、調査銘柄の出回りが少なくなっている場合には、出回りの多い銘柄に変更します。この変更は定期的(年2回)に行っていますが、例えば調査銘柄が製造中止になって後継の新製品が発売されるなど、出回りが急速に変化する場合は、定期的な変更時期以外でも調査銘柄の変更を行い、新製品の迅速な取り込みを図っています。このような調査銘柄の変更は、毎年数十件程度行っており、常時、品目を代表する銘柄の価格をフォローする仕組みになっています。

    消費者物価指数に関するQ&A


    どのくらいのバイアスがあるのか


     で、どの程度のバイアスがあるんだろうか? 正直よくわからなかった。1998年に白塚重典氏がCPIの上方バイアスは0.9%と発表してから、現在までに改善策が打たれてきたわけだけど、その結果どうなったのかはよくわからない。無視できる程度なのかそうでないのか。
     
     安売りに対応できているのか、とか、一品目一銘柄で実態をうまく観察できるのか、という論点もあり、誤差の問題は当然つきまとうわけだけど、改善策が打たれたのだから、以前よりは精度が上がったとみていいと思う。

     もちろん、誤差が狭まっていてもデフレであることにかわりはない。でも「日銀は上方バイアスを無視している」という批判は的外れかもしれない。

    Agitさん、ご指摘ありがとうございました。

    2010年3月31日水曜日

    寒かった3月。相変わらずのデフレ。

     さて、寒かった3月も今日で終わって、2010年ももうすぐ4月。そして相変わらずの不況ニッポン。3月26日に発表された2月のCPI(消費者物価指数)はこんな感じ。

     (1) 総合指数は平成17年を100として99.3となり,前月比は0.1%の下落。前年同月比は1.1%の下落となった。
     (2) 生鮮食品を除く総合指数は99.2となり,前月と同水準。前年同月比は1.2%の下落となった。
     (3) 食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数は97.4となり,前月比は0.1%の下落。前年同月比は1.1%の下落となった。

    総務省統計局のページ

     何度も言われていることだけど、広く知られているとはとても言えないことと言えば、CPIには上方バイアスがあるってことだろう。なんといっても管大臣も知らなかったし。CPIはだいたい1%くらい大きめの数字が出てしまうというクセをもった指標だ。なので、三つのカテゴリーすべてで前年比マイナス2%というのが実情に近い数字だと思われる。つまり絶賛デフレ進行中だ。

     とはいえ、アメリカのコアCPIも前年同月比+1.3%ということなので(参照)、日本だけが苦しいわけでもないけど、日本だけがブッチギリでダメだ。

     デフレがなんでヤバイのかというのも何度も言われてきたことではあるけれど、その理由の一つが、借金が増えてしまうということだ。デフレはお金の価値が上がる現象だから、例えば今日の1万円でりんごが十個買えたとすると、明日は二十個買えちゃったりするわけだ。これを借金で考えてみると、今日1万円の借金を返すのにりんごを十個売らなければならないとして、明日になると二十個売らなければ返せなくなってしまうということになる。

     責任、責任とかいって景気対策を拒んできた日本だけど、その間、国の借金は不当に増えてしまった。国が借金をして医療費や年金の支払にあてるのはしようのないことだと思えても、何もしないが故に現役世代の負担が増えるのは理不尽極まりない。

     いつの時代も政治力を持っているのは中高年以上の人たちだと思うけど、彼らはその辺のトコロどう考えてるんでしょうか。

    追記(2010/April/14):CPIの上方バイアスについて、zajujiのお馬鹿ぶりがあらわに。コメント欄をみてください。

    2010年3月16日火曜日

    結局アレはなんだったんだ・書評・若田部昌澄『危機の経済政策 なぜ起きたのか、何を学ぶのか』

     結局アレはなんだったんだ、と思うことは多い。出来事が起きたばかりの頃は情報は少ないし冷静でもないので、かなりステレオタイプな説明をひねり出すのが精一杯だったりするけど、時間がたつと思っていたのとは全然ちがう側面が見えてきたりする。問題は時間がたって調べ直そうという気にならないという、僕の怠惰だってことはわかってます。

    cover
    危機の経済政策
    若田部昌澄
     今回の本は経済学者の書いた「結局アレはなんだったんだ」本。取り上げる出来事は三つ。1930年代の大恐慌、1970年代の大インフレ、1990年代以降の日本の大停滞だ。どの出来事も人々の関心を集めたなんてもんじゃない大きなものだけど、結局なんだったのかという検証のほうはなかなか注目されない。

     もっとも、著者も書いているように、大インフレと大停滞はまだ結論を出すには早すぎる。けれど、経済学者たちの間に「何がどうだった」という合意事項がないわけじゃない。本書はその合意のあることとないこと、そして政策担当者たちの経済観と実際に採られた政策、さらにその帰結を時代ごとに追って行く。

     この書評では最初のイベント、大恐慌(本書では大不況)をとりあげたい。30年代の大恐慌は一体何がどうだったんだろう。

     池田勇人は総理大臣に就任するなり金融緩和を打ち出して、一気に日本の景気を良くしてしまったが、彼は大恐慌を「大戦の遠因」と評している(参照)。では当時のそして現代の経済学者はどう考えているのだろうか。

     大恐慌の最中、経済学者たちは安定化論者と精算主義者に分かれて議論していた。安定化論とは経済政策によって不況からの脱出は可能であり、そうすべきだという考えで、清算主義とは不況は経済にとって必要な出来事であり、不況によってこそ経済活動はより効率的になる、と考える。結論から言えば安定化論が勝利する。この安定化論から現在のマクロ経済学が生まれたわけだ。

     では当時の政策担当者(政治家や官僚たち)は大恐慌という現象をどうとらえて行動したのだろう。まず当時は金本位制の時代だったので、不況対策で金融を緩和する(お金を増やす)ためには、金(きん)の裏付けが必要だった。金を増やすにはお金が必要で、お金を増やすには金が必要だった。こんな状況で金を買うためのお金を増やす方法はただ一つ、今まで買っていた何かを諦めて、浮いたお金で金を買うというものだ。そのためには借金を清算し、財政を均衡させなければいけない、という考えが一般的だった。そうして人々の生み出したモノやサービスよりも金こそが大事な時代、つまりデフレの時代が始まった。

     こういう状況で目前の不況に手を打つためには金本位制から離脱する必要があるが、世界の政策担当者の多くは、振り返ってみれば大した根拠もなく金本位制に固執して対策が遅れた。そうしてただの不況が大恐慌に発展していき、各国とも追いつめられる。で、結局金本位制から離脱して金融緩和を実施した国から恐慌を脱出していく。そしてついに大量の金を持っているくせに引き締め気味だったアメリカも緩和に転じ、危機は去った、かと思ったら、景気回復が不十分であるのにローズヴェルト政権は再び金融を引き締め、またもや不況に陥ってしまう(ローズヴェルト不況)。

     現代の経済学者は、当時の不況が深刻化した理由を、不況下で金融を引き締めたことと、金本位制の下では制約が多く、適切な政策が採用しづらかったことであると考えている。

    cover
    日本の金融危機
    三木谷、ポーゼン編
     こうやってみていくと、現在の日本の停滞とよく似ている。デフレを放置し、財政を均衡させることばかり考え、緩和を実施しながらもすぐにやめてしまう。幸いなことにこんな馬鹿げたことをやっているのは日本くらいのものなので、「大戦の遠因」のようなことにはなりそうもない。ただ日本国民が苦しむだけ。しかし、現FRB議長ベン・バーナンキ氏はかつて次のように述べている。「日本経済の弱さは、日本を自国製品の市場とも自国向けの投資の発生源とも考えている、豊かさで日本に劣る近隣諸国に経済的負担を強いている」(三木谷、ポーゼン編『日本の金融危機』p.158) 日本人だけの問題とも言い切れない。

     ここでは大恐慌を取り上げたけど、本書で一番勉強になったのは70年代を中心とした大インフレを扱った第4章から第6章だった。この時期はスタグフレーションという言葉に象徴されるように、何か矛盾した現象が起きたのだ、と僕は漠然と考えていた。でも、どうやらそうでもなくて、やっぱりこの時期にも金融政策の失敗があったんだということがわかった。例えば需要が超過しているのに金融を緩和し続けたこと、インフレが貨幣的現象であるという理解が広まっていなかったこと、そもそもFRBが政策を決定するときにさえ経済学の知見が活かされていなかったことなどだ。もちろんまだ疑問もある。超過需要(少なくとも当時はそのように見えた)なのに失業率が高止まりしていた時代であるから、謎も多い。本書によればこの時代の研究が盛り上がってきているということなので、これから楽しみだ。

     で、続く日本の大停滞についてもとてもよいまとめになっていて、その時々に経済停滞の原因を主張した説の検証が行われている。20年にも及ぼうかというこの大停滞を説明できる理論はそう多くない。経済学者の意見はやがて集約されていくだろう。その動きはすでに始まっているようだ。

     本書に欠点があるとすれば、とても読みやすいのでうっかりスルっと読んでしまいがちなところだろう。数ヶ月前に読んだのを今回あらためて読み直したんだけど、その面白さと栄養価の高さに驚いた。本文中で言及・参照されている文献が豊富なのも嬉しい。よい読書ガイドになるだろう。数ヶ月前の僕はちょっと急ぎすぎたかなと反省。読みやすい本ですが、結論を急がずゆっくり味わうのがおすすめです。

    2009年11月30日月曜日

    経済学者から首の短いキリンたちへ・書評・田中秀臣『偏差値40から良い会社に入る方法』

    cover
    偏差値40から
    良い会社に
    入る方法
    田中秀臣
     学生の就職状況が悪いというニュースがでるようになってきた。で、関係ないけど、複雑だったり新奇だったりする出来事に出くわすと、知ったかぶりをしちゃうってのが大人にありがちな反応だ。その反応にも二種類あって、一つは「俺の経験」を大声で言って開き直るというやつで、人一人の経験なんてたかが知れてるんだからそこから一般化はできないよ、とスルーすればいい。もう一つは「そもそも論」で、「そもそも能力のあるヤツなら企業が放っておかない」みたいな確かめようのないことを大声で言ってみたらホントっぽく聞こえたというやつで、これは願掛けと変わらないから、そうなるといいですね、でスルー決定。でも口に出したらだめですよ、そういう人ってメンドクサイから(若者が大人を怖がるのも納得だ)。
     
     今回読んだ本、田中秀臣著『偏差値40から良い会社に入る方法』は「俺の経験」でも「そもそも論」でもない就活本だ(著者の経験も書かれてるけど)。本書のターゲットは就職活動が苦手なフツーの人なので、優秀な俺様が過酷な現実に立ち向かって勝利を得た話をしてやるからお前らもがんばれみたいな本ではない。著者は経済学者なのだ。かなり強引な引用をしてしまうと、経済学者というのはケインズによると、
    経済学者はすでに、「社会と個人の調和」を生み出した神学的な、あるいは政治的な(自己責任という)哲学とのつながりを絶っている。経済学者の科学的な分析からも、そのような結論を導くことはない。
     
     僕はこの前の就職氷河期を学生として経験してるけど、この時まともで、凡人にも実行可能なアドバイスなんて存在しなかった(なので『菜根譚』とか読んでた)。その時の僕は思い至らなかったけど、結局のところ大人たちもどうすればいいのか知らなかった。僕の出た大学はその年の内定率が50%で、本書にもあるけどそもそも職を探す学生が減ってしまっていたので、実際に仕事にありついた学生は50%よりも少ないだろう。しかもこれまた本書にあるように、離職率の非常に高い職種、金融営業とか、についた学生が多かったようだ。
     
     で、本書にはいままで見あたらなかった実行可能でまともなアドバイスが具体的に書かれている。特に大事なのは、企業の都合を良く知ろう、ということ。その調べ方、考え方も書いてある。なので、この本を読んで得をするのは学生だけじゃない。極端に言ってしまえば、一生役に立つ心構え(しかも超人的な努力を必要としない)が手に入る。が、その手の金言はいつもそうだけど、すぐに結果が出たりしないかもしれないし、時にはずっと結果が出ないかもしれない。
     
     その理由も本書にある。本書に載っているのは実践的なアドバイスだけじゃなくて、もっと根本的な疑問も提示されている。つまり、本当に個人の問題なのか? という疑問だ。就職活動は求職者側の負担が妙に重い。だからこそ不満足な職に引っかかる人が多いのだと思う。本来なら労働環境や離職率などの情報は求職者に提供されているべきだろう*1。どう考えてもフツーの個人が調べることは難しいんだし。個人の限界を超えているのなら、それは社会の問題だ。だから本書のアドバイスを実行しても結果が出ない可能性もある。
     
     ケインズは拙訳『自己責任主義の終わり』のなかで、キリンの群れを例えに個人の能力に頼る社会のデメリットを説いている。高いところに葉をたくさんつける木と、それに群がるキリンを想像してほしい。キリンは努力してめいっぱい首をのばすだろう。その努力の甲斐あって首の長いキリンが肥え太る一方で、首の短いキリンは飢えていく。

     キリンたちの幸せを心から望むのであれば、首が短いばっかりに飢えていくキリンの苦しみを見逃すべきではないし、激しい闘争の中で踏みにじられていくおいしい葉っぱとか、首の長いキリンの肥満とか、群れの穏やかなキリンたちの表情に垣間見える不安や強欲の邪悪な気配なども素通りしてはいけないはずだ。


     もちろんケインズは個人の能力を否定しているわけではない。彼は、個人の能力や成功は運次第だ、と言っている(のだと思う)。たしかに能力のある人物は存在するが、両親から受け継いだ才能と、それを育てる境遇があればこそだ。100%自力で優秀になる人なんていない。ちょっとマシな参考書にであうのだって運が必要なんだから。
     
     就職氷河期を繰り返してしまうということは、僕たちが何でも個人の問題にすりかえてしまう悪癖に耽っているということでもある。首の短いキリンが飢えているのを見て、「短い首のヤツにはそのような運命がお似合いだ」と言えるだろうか。感情的にそれは難しいだろう。しかし現実の判断としては、僕たちは首が短いという理由で飢えゆくキリンを見捨てている。しかも、首が短ければ、つまりこの場合就職活動が下手ならば、能力が低いといえるのだろうか? という大きな疑問も放置したままだ。あと、能力が高いはずの人たちがどれほど社会に貢献しているのか? という疑問も。
     
     本書の後半部分はまさに、次のケインズの言葉をわかりやすく丁寧に説いているといえる。
     現在の悪しき経済現象の多くは、リスク、不確実性、そして無知の所産である。特定の境遇や能力に恵まれたものが、不確実性と人々の無知を大いに活用することから、さらに同じ理由で大事業はしばしばただのギャンブルになっていることから、富の大規模な不平等が生じるのである。また、これら同じ三つの要因が、労働者の失業の原因であるし、まっとうな商売が期待通りの利益を出さないこと、効率性と生産量が減っていくことの原因でもある。しかしその治療法は個人の働きの中にはない。それどころか、個々人の利害はこの病を悪化させかねない。これらに対する治療法の一つは、中央政府機関による貨幣と信用の計画的なコントロールに求めるべきであるし、一つは、すべての有益な、必要とあらば法で定めてでも公開させたビジネス情報を含む、ビジネス環境に関わる大規模なデータの収集とその広い告知に求めるべきである。これらの対策は、適切な機関が民間事業の複雑な内部構成に働きかけることを通して、社会に対し人々のマネジメント能力(directive intelligence)を十分に発揮させることを促すだろう。その一方で、民間の指導力や私企業の妨げになることもないだろう。そして、たとえこれらの対策が不十分なものであったとしても、現在私たちが持っているものより有益な、次のステップに進むための知識を提供してくれるだろう。


     さらに本書には一生役に立つ就職活動のコツも書かれているのだから、1,400円(+税)は安いと思いますよ。ちなみに、本書後半の内容を詳しく知りたいときは同じ著者の『雇用大崩壊』をおすすめ。
     
    *1:本来ハローワークってそのためにあるんでしょうけど、現状では右から来た求人を左の求職者に受け流してるだけに見えますよね。

    2009年9月19日土曜日

    勝間和代のBook Loversを聴いた その2

    はい。珍しく予告通りのその2です。前回のエントリーは経済学者の田中秀臣先生をはじめ、ブログ等で紹介してくださった方々がいました。ありがとうございます。

    さて、今回は経済学者の飯田泰之先生です。前半はミクロ経済学の話ですが、徐々にマクロの話へ移行していきます。経済成長とは具体的に何なのか、何をどうすれば経済成長といえるのかが語られます。

    僕はさっそく本編で紹介されている『哲学思考トレーニング』と『将軍たちの金庫番』を買いました。んで、江戸時代の経済史を解説した『金庫番』は僕もおすすめします、文庫本ですし。前回の内容とも関わりますが、官僚と金融政策がテーマと言ってもいい本で、とくに幕府とハリスの交渉の解説は必読でしょう。官僚的な人ってのはいつの時代でも変わらないのか、と脱力すること間違いなしです。江戸の三大改革の経済的な実態は、もうなんというか情けなさでいっぱいです。自分の不遇さや劣等感を、倹約や禁欲と称して正当化し、周囲に押しつけるオジサンがたくさん出てきますよ。

    さて、前回同様、実際の文言とはかなり違います。あとやっぱり長いです。何を言っているのか正確に知りたい方はBook Lovers本編を聴いてください。(2009年8月17日から21日までの放送です。)

    (一日目)
    勝間さん(以下 K):経済学の面白さ、志した理由を教えてください。

    飯田さん(以下 I):もともと歴史好きなのですが、歴史が大きく動くときは経済も大きく動きます。例えば世界恐慌、そして昭和恐慌を経て、日本は貧困の問題を抱えて軍国主義に向かいました。こういうダイナミズムを研究してみたい、と思って大学院にいきました。院にいくと民間の就職先はそうそうないんで、気づいたら大学の先生になってましたね。

    K:経済学は日常でこそ活きるんだ、と私は思ってるんですが、あまり理解されません。

    I:そうですね。経済学のベースは個人の選択、何をして何をしないか、です。そこで問題になるのが限りある貴重なものをどう分配するか、ということです。勝間さんの本の中にもよく出てきますが、僕らにとって最も貴重なものは時間だと思います。その時間の割り振りというのは、一番経済学的な思考を必要としていると思います。これは日常の時間の使い方にも当てはまります。貴重なものの分配をどうするか、これをロジカルにやるのが経済学です。

    K:私は会計士の勉強で経済学をやりました。経済学的に考える習慣がある人ない人で随分違いますね。

    I:そうですね。特に機会費用という考え方が重要ですね。家で半日ぼうっとしているコストはどれくらいでしょう? お金を使わないのでコストゼロだ、と思ってしまうところですが、何か楽しいことをしたり、将来のために勉強したり、仕事をしてお金を稼いだりすることができたわけです。その実際の利益と実際には生まれなかった利益の差額が機会費用です。

    K:時間の使い方に対する考え方が変わってきますね。

    I:一般に経済学というとGDPとか為替というイメージですが、それはかなり応用の話で、基本は身近な意思決定です。応用の話はビジネスの最前線にいる人でないと、あまり重要ではないかもしれません。

    K:応用がわかったところで予測も難しい。

    cover
    哲学思考
    トレーニング
    伊勢田哲治
    I:予測できない、ということがわかります。なので日常に活きる経済学的思考が重要だと考えています。今日の本はそういう本です。

    K:タイトルに「哲学」がついているのでわかりにくいですが、内容としてはロジカル・シンキング、クリティカル・シンキングの本ですね。クリティカル(批判的)にはネガティブなイメージがあるようですが、そうではないんですよね。

    I:確かに批判というと文句ばっかり言っているイメージですが、考え方をブラッシュ・アップしていこう、ということだと思っています。この本はタイトルで随分損をしていて、なんだかカントとかが出てきそう。実際には論理的思考トレーニング、といったところです。

    cover
    ロジカル・シンキング
    照屋華子・岡田恵子
    K:類書に照屋華子さん、岡田恵子さんの『ロジカル・シンキング』という本があります。

    I:はい。大学の僕のゼミでは必ず『ロジカル・シンキング』が一冊目です。これで基本の型を作ります。そして次に自分にあった思考法を今回の本で見つけてもらいたいんですね。自分で思考の型を作るための支援をしてくれる本です。具体的には、良い推論と悪い推論のちがいや、演繹法だけでなく帰納法も必要な理由、科学と疑似科学の差、などがやさしく解説されています。

    (一日目はここまで)
    (二日目)
    cover
    東大を出ると
    社長になれない
    水指丈夫
    I:この本は小説なのであまり内容に触れるわけにはいかないのですが、昨日お話しした機会費用が大きく関わってきます。サラリーマンにとって起業はとても大きな賭けです。起業10年後に生き残っている会社は実に3%しかない、というデータもあります。この本は、ある男の子が起業をしようとするけど周りから止められる、迷っているうちに友人が……、というふうに進んでいきます。普通ビジネス小説というと、努力して困難に打ち勝って成功する、というイメージですが、この本はかなり違います。経済学的に妥当な展開をしていきます。

    K:本文中に経済理論の説明が出てきます。

    I:はい。経済理論に基づいた意思決定が描かれています。経済学の教科書というのははっきり言って面白くないんですね。この本は身近な出来事を題材にしているので、入門に良い本だと思います。この本を読んだ後、すこし堅めの経済学の本に進んでみるといいと思います。

    K:小説の中で屈曲需要曲線に出会ったのは初めてです。

    I:(笑) 実際に経済学を必要としているのはビジネス・パーソンです。しかし、経済学の本の多くはそういう人に向けて書かれていません。これまで経済学者たちは、経済学そのもののセールスをしてきませんでした。

    K:アカデミックな場面以外で経済学が使えるということを、一般の人に知ってもらおうとしてこなかったわけですね。

    I:僕は自分のことを「経済学のセールスマン」であると思っています。今大学では経済学があまり人気がないんです。

    K:特に女子に人気がないですね。

    I:ないですね〜。大学にもよりますが、男女比8:2くらいの大学も多いと思いますよ。東大に至っては9:1くらいでしょう。これは実にもったいないことです。英米系の大学ではエコノミクスが一番メジャーな専攻*1です。日本の場合、社会科学なら法学部、文学部。あとは工学部でしょうか。経済学は世界言語といえますから、これはホントにもったいないです。

    K:私は日常で「効用」という言葉を使ってしまうのですが、通じていないのかもしれません。

    I:効用というと、お薬の効能のことだと思われているかもしれません。効用というのは、自分の心の中で感じる満足度、のことです。経済学では重要な概念です。

    K:機会費用を考えるというのはまさに、効用を比べるということですね。自分にとって一番満足のいく選択肢を探るということですから。自分の満足と手持ちの資源(時間やお金)、これを計って選択をしていくと、とても人生が面白いですよね。

    I:そうなんです。「どうやったら自分の効用を改善していけるんだろう?」という疑問を頭の片隅に置いておくだけで、小さな意思決定の際に良い方を選べるようになってきます。逆に漫然と何かをすると、結局何もしないで終わってしまいがちですよね。

    K:機会費用の概念を理解するだけで人生は随分変わってきます。

    I:経済学というと金のことばっかり考えてる、と言われてしまうんですが、重要なのは自分の心の中の満足や目標です。それがちょっとづつでも改善したり前進したりすることが大事です。

    (二日目はここまで)
    (三日目)
    cover
    景気って何だろう
    岩田規久男
    I:昨日と一昨日は個人にとっての経済学の話でした。実際にビジネスを続けていくと、景気や経済政策が重要な意味を持ってきます。僕は景気についての理解が、日本の場合あまり広まっていないと思います。一般的にもそうですが、新聞記者さんでも曖昧な理解しかしていないようです。そこでこの本を紹介します。

    K:サイクルとしての景気と、絶対水準としての景気がありますが、日本の場合、絶対水準としての景気ばかり注目されているようです。

    I:はい。絶対水準としての景気と、景気が拡大しているかどうか(良くなっているのか悪くなっているのか)。この二つを区別しないと政策はうまくいきません。例えばいざなぎ越えと言われた2003年から07年にかけての好景気があります。一応これは景気の拡大、です。が、好景気だったのは一年もないと僕は考えています。

    K:つまり絶対水準としての景気は良くなっていない、ということですね。そもそも好景気って何なんでしょうか。

    I:経済学的には、潜在成長率を越えて成長しているかどうか、です。潜在成長率というのは計測が難しいんですが、今ある資源や人材を全て活かしたらどの程度モノが生み出せるのか、ということです。潜在成長率は計測する人によってバラバラの数字が出てきますが、大変おおざっぱに言いますと、年率2%です。なので名目GDPから物価上昇率を差し引いた実質GDPで2%以上成長していれば好景気といえます。

    K:それは日本だけでなく?

    I:はい。潜在成長率は、世界的にここ100年くらいそういう水準です。日本の場合、実質GDPがここ20年、年率0.数%でしか成長していません。なので、いざなぎ越えといわれる好景気でも、自分たちの暮らしが良くならない、と感じるわけです。そこで「景気が良いなんてのはイカサマか?」と言われてしまうんですが、景気は拡大しているんですが、絶対水準としての景気は良くなっていない、ということなんですね。この程度の拡大ではどうにもならないんです。

    K:実感できないんですね。

    I:そのせいで、経済成長や景気に対する非常に大きな不信感を生んでしまいました。さらに、日本銀行や財務省は、景気が良すぎる、と言いはじめました。

    K:はあ!?

    I:2006年の量的緩和解除の理由の一つが、バブル的に景気が良くなるかもしれない、というものでした。その予防的な措置だ、と日銀は言っています。予防も何も良くなってないじゃないかと思うのですが、なんだかよくわかりません。

    K:解除は大失敗でした。

    I:『景気って何だろう』にはそういった問題がよく整理されて載っていますし、ちくまプリマー新書の想定読者は高校生ですから、とてもわかりやすく書かれています。本書のなかにもありますが、景気の話で重要になるのはインフレとデフレです。景気の拡大を継続して、絶対水準で良いところに持っていきたいわけですが、デフレ状態では不可能です。デフレで景気が良いというのは、ほとんど形容矛盾です。

    K:ハイパーインフレは恐れるのにデフレは恐れないというのが本当に不思議です。

    I:その理由の一つに、デフレで心地よくなる人が結構いるってことが言えると思います。

    K:はあ!?

    I:(笑) 自分で商売をしている人や、ビジネスの最前線にいる人にとっては、まさに「はあ!?」としか言いようがないんですが、例えば僕の母親は「モノが安くなった」と大変喜んでいます。

    K:お給料が一定で支払われいる人にすれば、収入は変わらないわけですからモノが安くなるほうが良いに決まってるわけですね。

    I:そういう人びとが初めてデフレの害に気づくのは失業したときと倒産したときです。そこまで行かないと気づかないというのは、とても恐ろしいことです。

    K:貧困問題のディベートに参加したときに、「デフレがいけないんですよ」と言ってもまったく理解してもらえませんでした。一体それが貧困問題とどう結びつくのか気づいてもらえませんでした。

    I:貧困問題は企業が強欲だからだ、と言い返されてしまいますよね。しかし企業を攻撃するのはあまり意味がないと思います。実際に価値を生み出しているのは企業セクターですから。

    K:デフレは例えるなら血液がどんどん減っている状況です。不健康になるのは当然といえます。

    I:そうですね。ここ一年間でイギリスの中央銀行、Bank of Englandは貨幣の供給、つまり血液の供給を倍にしています。ものすごく輸血しているわけです。アメリカの中央銀行FRBも、80%くらい増やしてます。ケチで有名なユーロ圏の中央銀行ECBも50%くらい増やしてます。もちろんこれらの措置は金融危機に対応するためです。で、日本銀行は、だいたい5%くらい減らしています。さらにお金を増やしたときの波及効果(貨幣乗数)も下がってきていますので、急速な勢いでお金が足りなくなっている、といえます。血が足りない、でも輸血はしたくない、という状況です。

    K:どう考えたらそういう政策になるのか、そこが謎なんです。謎といえば、法学部をでている人がなんで日銀に行くのかも謎です。

    I:それは確かに不思議なんですが、日銀に入る人はエコノミスト組もけっこういます。しかし彼らの意見が政策に反映されることは全くありません。関係ないって思われているようです。

    K:ひどい話です。

    I:日銀は国民の審判を受けていない組織です。なので逆に世論を過度に気にします。つまり「自分たちは国民の信任に基づいて政策を実行する」という風に強気には出れないんですね。なので国民が嫌がるであろうインフレ政策を採用できないんです。

    K:なるほど。飯田さんのお母様だったら「物価が上がって困る」と感じるから、ですね(笑)。

    I:そうなんです(笑)。

    K:この間石油や小麦(コモディティ)の値段が上がったとき、国民は大騒ぎでした。私はこれでインフレになるかも、と期待していましたが。

    I:そもそもコモディティの値段は、中央銀行にはどうしようもないわけです。石油価格が上がって、それによってインフレになるのを日銀がコントロールすることはできません。仕方のないことですから。逆に石油価格が上昇しているのに金融を引き締めてしまえば、ますます血液が足りなくなってしまう。他の商品を一部あきらめて石油にお金を割かざるを得ないのに、さらにお金が減ってしまうわけですからね。資源インフレのときは、むしろ金融を緩和する必要があったんです。

    K:それは経済学を学んでいればわかることですよね。

    I:これは僕の仮説ですが、日銀が世論をすごく気にするのは、政治家がインフレを嫌がる国民の期待に応えて、日銀法を改正して独立性を取り上げてしまう、そうなることを一番恐れているからだと思います。なので、政治家以上に過剰に世論に反応してしまう。これがデフレの原因の一つだと思っています。

    K:合成の誤謬ですね。一人一人の利益と国民全体の利益が相反している。こうなると国民の正しい理解がカギになってきます。

    (三日目はここまで)
    (四日目)
    cover
    将軍たちの
    金庫番
    佐藤雅美
    I:今日の本は、江戸時代の経済の歴史の本です。江戸時代の経済政策、そのなかでも金融政策について詳しく書かれています。著者の佐藤雅美さんは小説家ですが、佐藤さんの小説は変わっていて、いつも江戸時代の経済、裁判、医療の話なんですね。今日紹介する本は小説ではなくて資料の解説のような感じです。

    K:江戸時代の社会学的な作品をつくる作家さんなんですね。

    I:僕は将来歴史小説家になりたいんですが、それほど江戸時代におもしろさを感じています。江戸時代に唯一足りなかったのはエネルギー革命だけだったと考えています。

    K:それで人口も増えなかったんですよね。生産性もそんなに上がらなかった。

    I:商業のシステムは発達していました。世界で初の先物取引所がありましたし、商人の力もあり教育水準が高い。国内の流通、郵便網もできていましたし、貨幣経済も発達していました。ここまでできて日本で産業革命が起こらなかったのは、やはり蒸気機関が日本にはなかったからでしょうね。

    K:石炭はとれていたわけですから、作っていてもおかしくないんですけどね。発想がなかった。科学における遅れは、やはり貿易制限の影響でしょうか。

    I:そうですね。それと日本の場合は、誰が偉いかといえば文系が偉いわけです。

    K:どうしてもその話になりますね(笑)。士農工商ですもんね。

    I:時代劇で見るような江戸の町並みはすべて1820年代を再現したものです。また、僕たちが江戸っぽいな、と思うもの、寿司、うなぎ、天ぷら、歌舞伎、浮世絵、こういったものも1820年代のものです。

    K:もう明治の直前なんですね。

    I:そうなんです。なので時代劇で徳川吉宗や水戸黄門が1820年代の江戸の町並みを歩いているというのは実に困った話なんですが、撮影されている太秦の町並みが1820年代ですからそうなっちゃうんですね。

    K:私たちが2300年代にいるような感じですね。

    I:ではなぜ1820年代がこんなに影響力を持つほど素晴らしい時代だったのかというと、これが金融政策の話になります。徳川家斉という浪費家の将軍がいまして、彼が老中に「どうしても贅沢がしたいんだ」と、そんなことを言うわけです。で、老中はお金をなんとか集めなきゃいけなくなるんですが、そこで貨幣の改鋳を行います。一枚の貨幣に含まれる金や銀の量を減らすことで、貨幣をより多く作ったわけです。例えるなら、一円分の銀しか入っていないのに、これは十円です、って言い張るわけですから、九円儲かるわけです。

    K:今のお金の作り方と同じですよね。

    I:そうなんです。これを乱発したんです。そうするとどうなるかというと、インフレになります。その結果、江戸の街は好景気になりました。そして、うなぎを食べたり、初鰹に一両なんて値がついたり、みんなで歌舞伎を見に行ったり、お伊勢参りに行ったりするようになったんですね。

    K:バブルですね。

    I:そう、文政バブル絶頂期というのが、今の日本人の江戸のイメージを作り上げているんです。

    K:バブルというのはいつか弾けますが、文政バブルも弾けたんでしょうか。

    I:ここが非常に賢いところで、急激なバブルを起こさないようにゆっくりとお金の量を増やしていったんですね。年率にすると1%くらいです。1%というのは現代ではすごく少ないんですが、当時はお金の量というのは減るかそのままかどちらかでしたから、その頃としては1%インフレが10年続くというのは充分に影響力のある数字です。そのおかげでとても安定して成長していきました。

    K:まさにインフレ・ターゲットですね。

    I:やがてバブルも弾ける、というよりもしぼんで終わってしまうのですが、それはこの政策をすすめた老中が在職中に亡くなってしまったからです。そうするとやはり、「こんな貨幣を乱発するような政策はけしからん」という雰囲気になってきます。そうして引き締め政策、つまりデフレ政策がとられるようになりました(天保の改革*2)。さらに、「商人は儲けすぎている」ということになって、規制が増えていきました。

    K:そんなことをすれば大変な失業を生み出しますよね。

    I:このデフレ政策によって、江戸というのは、ほとんど街の火が消えてしまったような状態になりました。

    K:どこかで聞いたような話ですよね(笑)。1980、90年代の日本みたいです。

    I:そうなんです。実は日本は江戸時代の頭からこれを繰り返しています。景気が良くなると意図的に引き締めてしまう。80年代後半からのバブルでも、アメリカのサブプライムローンバブルのように派手に弾けることはしないで、意図的に規制や金融引締めを行って潰しましたよね。そこで問題なのは、弾けたときよりも、意図的に潰したときの方がダメージが少なかったと言えるのか、ということです。

    K:とんでもない。長期停滞を招きました。

    I:弾けた後に手を打った方が軟着陸となったかもしれません。江戸時代の経済史を見ていくと、景気を重視し商人の活躍を評価する人たちと、商人がのさばるような世の中はけしからん、という人たちのせめぎ合いがあるようです。

    K:それもどこかで聞いたことがありますね(笑)。

    I:はい(笑)。江戸時代はそれでもいいんです。武家政権なわけですから、お侍が一番偉い。でも現代でも何故かそういう考え方が残っているんですね。

    K:経済学部が不人気だというお話がありました。私は商学部なんですが、経済学部よりもさらに人気がないんです。ビジネス、商売、というとさらに女子が少なくなります。MBAというと元々商学部なんですが、こちらは何故か人気があります。

    I:女性がビジネスに関心を持つ、ということに抵抗を持っている人がいるんですよね。会社の中に優秀な女性を囲い込もうとしない、結婚退職させる、なんていうのはとんでもない資源の浪費です。女性がビジネスに向かないと考えるのは男だけですね。

    K:日本の男性だけですよ。日本は先進国のなかでも女性経営者、女性管理職の割合が極端に低いです。その上でそういう浪費をするから景気が回復しないんです。なので、潜在成長率は2%というお話がありましたが、それを越えて成長するためには、お金を刷って、典型的な働き方をしなくても人びとが活躍できる社会にすればいいんですよね。ある意味これだけなんです。

    I:そうなんです。僕は非常に単純な一本道だと思っています。

    (四日目はここまで)
    (五日目)
    cover
    経済成長って
    なんで必要なんだろう
    芹沢一也・飯田泰之ほか
    K:最終日の本は『経済成長ってなんで必要なんだろう』です。飯田さんが中心となっている対談を収めた本です。なぜ経済成長は必要なんでしょう?

    I:どうやら人間というのは、毎年2%くらい要領が良くなっていくようなんです。人びとが2%分、より仕事ができるようになっているのに、経済の規模が成長しない場合どうなるかというと、毎年2%の人が必要なくなっていくんです。

    K:恐ろしい話です。

    I:言い換えると、毎年2%の人が失業していくわけです。アメリカやヨーロッパでは、もちろん経済の成長が2%を下回ることはあるんですが、平均すると2.5%~3%で成長しています。こうなると、いつもちょっと人が足りていないような、そういう状態が維持できます。

    K:新しく社会に出る若者の雇用が生まれるわけですね。

    I:そうです。それに対して日本の場合、1%かそれ以下の成長がずっと続いています。そうすると、だんだん人が要らなくなってくるわけです。長い目で見ると経済成長の源泉は、人びとが仕事に馴れて、そして新しい発明が生まれ、付加価値をより多く生み出していくことです。個々人が2%の成長を繰り返していく中で、新しい産業が起こり、経済全体も成長していきます。ところが、若者に雇用が足りていないと、2%成長するチャンスがない、ということになりますから、周囲との格差が生まれますし、経済も長期的に停滞します。これを防ぐためには、経済が2%成長しないと話になりません。

    K:最低限実質成長率が2%ないと社会が維持できないんですね。

    I:定常型社会を目指す、とかよく言われますが、定常型社会というのは0%成長のことではありません。人間の成長に会わせた2%の経済成長がなければ無理です。こういうふうに言うと、経済成長はもう出来ない、と言い返されます。これだけ物が豊かな社会のどこで成長するのか、と。この主張に対する重要な反論は「日本以外全部成長してますが、何か?」です。むしろ、なぜ日本だけできないのか説明して欲しい。なぜか日本では若者でも「もう成長をあきらめよう」というようなことを言う人たちがいますね。

    K:アメリカもヨーロッパも成長しているのに。

    I:はい。しかも、多くの人が経済成長のイメージとして、米を二倍食うとか、服を二倍買う、という感じでとらえているようです。付加価値という考え方が広まっていないんですね。

    K:機会費用の考え方が理解されない、というのが今週のテーマのようになっていますが、付加価値の考え方もですか。

    I:どうしても量で考えてしまって、もっと美味しいもの、もっとデザインの優れたもの、という質的な経済成長の考え方になかなか至らないんですね。しかし現実には1970年代に量的な成長というのは終わっています。

    K:買い物をするときにいつもより高いシャツを買う、とかそういう成長なんですよね。

    I:それと、この本で貧困問題について取り組んでいらっしゃる湯浅誠さんと対談しました。何が貧困をつくりだしているのか? デフレと不況がつくっているんだ、ということが、貧困問題を語る人たちの考えから抜けてしまっているように思いました。

    K:私も湯浅さんと対談しましたが、そこが議論になりました。湯浅さんは介護や農業にまわればいい、と言っていましたが、それだけでは全然足りないと思います。

    I:現在ここまで失業が深刻になったのは、まさしく不況だからです。さらに、不況で失業者が多いですから、上司は部下にプレッシャーをかけやすくなります。「お前の代わりはいくらでも」というわけです。これが生きづらさ生む要因にもなっているでしょう。このように考えますと、様々な問題がありますが、本丸は景気が悪いこと、です。もし景気が良くなって、人手不足になれば企業は労働者の様々な要求に応じるでしょう。例えば、労働時間を自分で選ぶ、とか。

    K:なぜ日本では景気が悪くなると長時間労働になるんでしょう。

    I:景気が悪くなると、企業は給料を下げたくなるんですが、これはなかなか実現しません。なので同じ月給で長時間働かせることで時給を下げるわけです。デフレで売上げが落ちてますから、企業としてはそうでもしないとペイしないわけですね。

    K:デフレだからこそ長時間労働になるんですね。だからインフレ・ターゲットと総労働時間規制を一緒にしないとだめだと思うんです。そこで最低賃金だけ上げてしまうと、単に失業者を増やすだけになってしまう。

    cover
    脱貧困の経済学
    飯田泰之・雨宮処凛
    I:そうなんです。最低賃金についてはこの本でも語りましたが、雨宮処凛さんと出した『脱貧困の経済学』という本でも解説しています。最低賃金がもし1,000円になったら、地方のサービス業は壊滅です。例えば東北地方の県庁所在地じゃない市の居酒屋さんは一時間1,000円も稼げているわけがないんですよ。

    K:民主党はマニュフェストに入れてしまいました。

    I:一つカラクリがあるとすれば、日本では最低賃金を守っている企業はほとんどないということです。守っているのは一部の大企業だけ。しかも破ったところで目立った罰則もないですし。なので、今は選挙直前ですが、もしかしたら民主党は最低賃金を上げると主張しても実害はない、と踏んでいるのかもしれません。

    K:各政党のマニュフェストを見るたびに、そこが本質じゃないだろう、というような話ばかりです。

    I:そうなんですよね。各政党の経済理解の問題もありますが、選挙民の前で経済の話をしてもわかってもらえない、というのもあると思います。インフレにする、なんて言ったら選挙には落ちてしまうでしょうね。増税や再配分のしかたを変更する、というのも同様でしょう。しかし実際には、2%のインフレと2%の実質成長があると、毎年だいたい4.5%税収が伸びるんですね。

    K:良い話じゃないですか。今デフレで国債の実質負担がどんどん増えてますよね。額面だけが注目を集めていますが、政府は何を考えているんでしょう。

    I:それには財務省内のセクト主義が関係しています。景気が良い時には、国債の額面の金利が上がります。お金を返す時、名目では利子が高くみえるわけですね。それがいやだから、デフレを放置している。

    K:ええ!? クーポン(表面金利。国債の額面の金利)なんかより元本のほうがよっぽど大きいじゃないですか。物価が下がれば発行した国債全ての実質負担が上がってしまいます。新しく出す国債の額面の金利なんか問題にならないでしょう?

    I:その通りなんですが、「それはウチの課の仕事ではないんで」と言うんですね。「ウチは国債のクーポンを決めるのが仕事であって、返済についてはヨソでやってます」ということです。

    K:……。一度二人で行脚しましょうか。国会議員に経済学を知ってもらわないと。

    I:どちらの政権になるにせよ、議員の先生方に説明しなくてはいけないでしょうね。ところで、今日紹介した二冊の本の中では、ベーシック・インカムの導入を推奨しています。

    K:今の税制や社会保障は、国民を年齢や家族形態で分けて扱っています。そうではなくて、人びとの生活における必要性で分けていくべきですよね。

    I:そうですね。そこで一番大きな問題は、日本の若者の場合、税金を取られた後の方が不平等度が上がってしまっているんです。普通の国では、税金というのは多く持っている人から多く取るわけですから、取った後再配分すると、人びとの不平等はちょっと是正されるはずなんです。ところが日本の場合は不平等が拡大されてしまう。

    K:特に高所得者の負担が意外と低いんです。これは社会保障料が一定額であるからだと思います。どんなに貧乏でも国民年金保険料には14,660円、どんなにお金持ちでも14,660円です。社会保障における税金の割合を上げて、社会保障料の割合を下げないと不公平感はなくならないでしょう。お金持ちは税金で5割取られてるんだからもう充分だ、と反論してくるでしょうけども。

    I:しかしそれも10年くらい前までは最高で75%でした。75%はやり過ぎですが、せめて90年代半ばの水準、60%にはもどして欲しいですね。

    K:5割取られるのがイヤな人は法人税にしてしまうんですよね。それでおおむね4割になりますから。他にも抜け穴があります。納税者番号のない弊害です。

    I:納税者番号がない、そして消費税がよくわからない大福帳方式、というのが問題です。

    K:益税の問題ですね。消費者が税金として支払ったお金が、事業者によって納税されずにどこかに消えてしまう。

    I:今日紹介した二冊では、今何が必要なのか語っています。生活が苦しかったり、ビジネスがうまく行かなかったりするその元の原因はなんなのか、知って欲しいですね。
    (おしまい)

    さて、統計は難しいなあとつくづく思うのですが、日本の経済が過去20年、どれくらい成長したのか、ずばっと言い表すのはなかなか難しいようです。というもの、数値が過去にさかのぼって改訂されることがままあるからです。本編中で飯田先生は「0.数%」「1%かそれ以下」としていますが、扱う数値によって差があるようです。しかしそれでも2%は超えないみたいですよ。(僕の手元にある伊藤元重・下井直毅『マクロ経済学パーフェクトマスター』の付録には2001年までの数値しかありませんが、1990〜2001年の経済成長率の平均は、1.583%です。また、飯田泰之・中里透『コンパクトマクロ経済学』では「1993年から2002年の平均経済成長率は1%前後であり、これは過去の日本経済や最近の先進国と比べてもとくに低い成長率となっています。」[p.170]とあります。)

    アメリカの経済学者レベッカ・ワイルダーさんがブログで、FRB、BOE、ECBの比較をしていました。それによると、この3中央銀行の金融緩和は不十分であるかもしれない、とのこと。貸し出しがのびておらず、信用創造が進んでいないので、金融緩和を止めるにはあまりにも早すぎる、としています。もちろんこの比較に我らがBOJは出てきません。だって始めから引き締めてるんだもの。

    追記:飯田先生が紹介している伊勢田哲治著『哲学思考トレーニング』を読んで書評を書きました。コチラです。

    *1:……。

    *2Wikipediaの天保の改革のページをみると、風紀取り締まりの一環として、歌舞伎の都心からの追放があります。しかも明治まで復活しないんですね。またクメール・ルージュばりに都市住民を農村に強制移住とか、貸出金利の引き下げとかもしてますね。一部の商人が流通を独占しているから物価があがるんだ! として、株仲間が解散させられたりもしました。なぜか21世紀に生きる僕らにとって妙になじみ深い「改革」であります。日本人にとって改革=デフレなんでしょうか。

    2009年9月11日金曜日

    勝間和代のBook Loversを聴いた

    さてちょっと涼しくなってきたので更新再開です。ってさぼってただけだけども。今回は前回の続きじゃなくて、べつの話題。

    八月に経済学者の飯田泰之さんが、勝間和代さんの「BOOK LOVERS」というwebラジオ番組に出る、と聞いたので楽しみに待っていました。で、ついでにどんな人たちがこの番組に出てるのか、と思ってさかのぼってみてみたら、元財務官僚の高橋洋一さんが出ているじゃありませんか。この間の衆院選、もし高橋さんが活動できていたら、まああんまり結果は変わらなかったでしょうが、こんな発言のいくらかは減ったかもしれないと思うと、返す返すも残念な事件だったなと思うのでした。

    「BOOK LOVERS」は勝間さんが毎週ゲストを迎えて、ゲストおすすめの本を五冊くらい紹介するという番組。10分くらいで、一日一冊紹介したり、時にはトークだけの日もあるという感じ。ゲストには小飼弾さんや、押切もえさんなどなど。

    で、僕が聴いたのは高橋さんと飯田さんの回で、とても楽しかったので、今日は勝手にまとめちゃおうという趣向。まずは高橋さんの一週間から。リフレ派はこんなに批判しているのになぜ日銀や財務省は政策を変えないのか、その理由が語られます。長いです。実際の文言とは全然違いますのでご注意。(高橋さんは2008年の12月22日から26日まで、飯田さんは今年の8月17日から21日まで)

    追記:飯田さんの回のまとめも書きました。コチラです。

    (一日目)
    cover
    日本は
    財政危機ではない!
    高橋洋一
    勝間さん(以下 K):財務省の人は東大法学部出身だったりしますが、経済学を学ばなくてもできるものなのでしょうか?

    高橋さん(以下 T):経済官僚が経済学を学んでいない国は、確かに珍しい。彼らは経済政策を作る時、経済学を使っていないんです。

    K:じゃあ何を使うんですか?

    T:雰囲気とか空気を読んだり、政治的な折衝で政策を作る。日本の独特なところといっていいですね。これは90年代以降の日本の経済停滞をどう解釈するか、というところが問題です。マクロ経済政策が失敗したという解釈と、仕方がなかったという解釈。仕方がなかったという人が多いので、なかなか政策が変わっていかない。というのも、日銀も財務省も、失敗したとなれば責任問題になると思っているから。

    K:でも責任問題ではないですよね? 間違ったのならば改めればいい。

    T:私は過去に役所の評価制度を作る仕事をしてましたが、みんな反対してました。なんであれ役所は評価されるのをいやがりますからね。

    K:役所の終身雇用に問題があると思うのですが。

    T:身内の論理になってしまいがち。外部からの評価をいやがります。さらに、自分たちの政策を後になって評価することもしません。よくある役所の弊害なんです(笑)。

    K:……。でも被害を受けるのは役所の人も含めて国民ですよね。

    T:役人はあまり困らないですね。終身雇用で年功序列ですから(笑)。

    K:今、非正規雇用の解雇が問題になっています。これも政策の失敗でしょうか?

    T:景気を良くしないと対策が難しい問題ですが、景気の底上げをやっていない。

    K:財政危機だから景気対策はできない、という話を良く聞きますが。

    T:日本政府の負債はネットで300兆円。財務省は1,000兆円とか言っているが、資産が700兆円ある。さらに国には徴税権、つまり税金をあつめる権利があって、これは確実な収入だから、債務超過といっても一般企業と違ってすぐに破産にはならない。借金をいくら増やしてもいいとは言わないが、今すぐ増税という段階ではまるでないんですね。

    K:プライマリーバランスが悪いから増税! みたいな議論が横行しています。

    T:プライマリーバランスは指標としては財政収支より優れている。プライマリーバランスは企業で言えば営業収支(営業利益)。プライマリーバランスはちょっと景気が良くなれば簡単に改善するものです。景気の話をしないで増税の話をするのがおかしい。

    K:増税して景気の足を引っ張るよりも景気を良くしたほうがいい。それも財政じゃなくて金融で、ということですね。

    T:そうです。金融というとすぐにゼロ金利だからもう無理っていうんですけど、金融の世界では実質金利(物価の影響を差し引いた金利)でみます。アメリカはもうマイナス金利です。日本は他の国にくらべて引き締めぎみなので円高になってます。円高は景気の足を引っ張ります。そうやって悪循環になってますね。

    K:2008年10月の先進各国の協調利下げに日銀は参加しませんでした。

    T:驚きましたね。円高になるに決まってます。

    K:その三週間後にちょっとだけ利下げしました。

    T:後だしにしても意味ないです。他の国と同様に、金融緩和を断行する、と宣言すべきなんですが何故かしませんね。今の日銀総裁は以前、金融を引き締めて失敗した人。なので、ここで緩和策を打って成功してしまうと、過去の失敗を認めなきゃいけなくなると考えている。日本にとっては不幸なことです。

    K:いくら財政政策を発動しても金融政策が縮小しては意味がないですよね?

    T:両方拡張しないと意味ないです。政府と中央銀行が協力する必要があります。現在はどちらも引き締め気味ですね。協力もしてませんが。

    K:それは経済学者にとっては常識だと思うのですが、なぜ政府や日銀には通用しないのでしょう?

    T:一つは98年に日銀法を改正するときに、世界的に例がないほど、日銀の独立性を強めてしまったこと。それで日銀が政府を無視するようになった。法律をつくった人たちがあまりよく分かってなかったんですね。もう一つは政府のリーダーシップの問題。麻生総理(当時)が金融政策を否定してしまっている。

    K:なぜ?

    T:麻生さんに最初に言った人がいるから。誰かが麻生さんに「財政政策だけでいきましょう」と言って、それを麻生さんが表で言っちゃう。そうなると、それをひっくり返すのは難しくなってしまう。よくあるパターンです(笑)。

    (ここまで一日目)
    (二日目)
    cover
    「生きづらさ」について
    萱野稔人・雨宮処凛
    T:経済政策のしわよせはどこに行くかというと、この本に描かれているような所得の低い人たちのところに行きます。

    K:私たちは金銭格差ばかり問題にしがちですが、人的な資本でも格差ができてしまっている。経済政策で景気が良くなれば、こういった窮状はなくなるのでしょうか?

    T:ちょっと景気が良くなればそれで解決、という話ではないです。でも、一番最初にするべきことは上げ潮、つまり景気を良くして失業を減らすことです。しかし失業率だけでは非正規の窮状は分からないですから注意が必要です。

    K:上げ潮という考えには私も賛成ですが、小泉・竹中路線ではそれをねらったにも関わらず格差が拡大したという批判があります。

    T:上げ潮で一番重要なのは最下層の所得を上げること。ですが、それがうまく行かなかったのは事実です。平均的にはちょっと上がったんですが、最下層の所得は上がりませんでした。政策としては成功しませんでした。

    K:何がいけなかったんでしょう? 最低賃金が低すぎる?

    T:名目成長率が上がらなかったことです。名目成長率が上がると、最下層の賃金は結構上がります。

    K:なるほど。彼らには資産も資本もないので、額面通りの賃金が一番重要だから、名目成長率の上昇が直接効くわけですね。

    T:名目成長率はこの10年間くらい、0%から2%の間。これはいくら何でも低すぎる。この状態では最低賃金は上げられない。今、政府の目標として、名目成長率2%となっているが、3年間達成していない。これじゃ経済政策は落第です。他の国は4%くらいです。それくらいだと最下層の賃金はけっこう上がります。最下層が上がると、富裕層の所得が増えても、社会的な問題は起きにくいようです。要するに、最下層の賃金が下がるとか上がらない、というのが一番悪い結果です。なので、マイルドインフレーション、物価の上昇が1%か2%、そういう状態にしておけば、名目成長率は4%前後になります。そうなれば様々な貧困対策がやりやすくなりますよ。

    K:そんな簡単な道があるのになぜ日銀はそうしないのでしょう?

    T:引締めに生き甲斐を見出している人たちですからね。白川総裁の発言を聞いていると、デフレでもよい、と考えているのがよくわかります。

    K:どうすればいいんでしょう? 誰が日銀を制御できるんでしょう?

    T:総理大臣です。経済財政諮問会議の議長は総理です。日銀総裁が議員として参加してますから、そこで「頼むからやってくれ」と言うだけでいいんです。総理や与党の議員が公の場で日銀に要請して日銀がどう答えるか。流石に無視はできないでしょう。とはいえ、日銀は政府と目標を共有、と口では言いますが、実際には拒否しています。

    K:そうなると何のための日銀なのか、と。

    T:自分たちの組織を守ることが大事なんでしょう。

    K:政府も日銀も国民の幸せのために存在するはずですよね?

    T:もちろんそうです。こういう危機的な状況では、言葉は悪いけど「挙国一致体制」になって、各省庁で連携することが大事です。どこの国も同じです。しかし日銀がどこまで政府とコミュニケーションをとっているのか、私にはよくわかりません。

    K:これではいくら財政政策でお金を使っても効かないですよね。

    T:マンデル=フレミング理論というノーベル経済学賞をとった理論があります。変動相場制のもとで財政政策をするとその国の通貨が強くなり、政策の効果が外国に流れ出てしまう、だから金融政策のほうが有効である、という理論です。まさに今日本で起こっていることです。

    K:日銀に方向転換する勇気も度量もなさそうです。

    T:総裁選びにすでに問題がありました。総裁になったら何をする、と目標を掲げる人を選ぶべきでしたが、官僚的な人物を選んでしまいました。

    (二日目はここまで)
    (三日目)
    cover
    資本主義と自由
    ミルトン・フリードマン
    T:この本は私の愛読書です。私は学部では数学を学んでいました。この本はその後経済学を学びはじめたころに読んだ本です。他の経済学の本は何を言っているのかよく分からなかったんですが、この本は理論的で、言葉の定義もちゃんとしているので読みやすかったです。経済学的思考をわかりやすく説明してくれます。私がアメリカに留学しているとき、経済学者が自分の教科書以外でどの本をすすめるかといえばこの本が一位でした。1960年代の本ですが、今でも売れている名著です。

    K:現在、新自由主義やリバタリアニズムが攻撃されています。ミルトン・フリードマンといえばそういった主張をする人だと言われますよね。

    T:フリードマンを新自由主義者とかリバタリアンと呼ぶのは、ただのレッテルはりだと思います。彼の本を読んでいないんじゃないでしょうか。この本は社会保障について非常に立派なことを言っています。この本には負の所得税というアイディアが載っているんですが、これは今、ヨーロッパで議論されていますよね。彼はそれを50年前に言っているんです。

    K:ベーシック・インカム、つまり(全ての、あるいは低所得の)国民に一定水準のお金を支給する、という考え方ですね。フリードマンのそういう主張を無視して攻撃している、と。

    T:やっぱり読んでいないんだと思いますよ。著者の初期に出した本というのはその人の考え方をよくあらわすと思います。私は読んでいて彼のやさしさを感じました。数式も使っていないのでおすすめします。

    K:さて現在の日本の場合、社会保障費がどんどん減額しています。必要な人にさえ行き渡っていない現状です。

    T:そうですね。日本の場合、社会保障を複数の省がバラバラにやっています。その最たるものが、歳入と社会保障がべつの役所で扱われていることです。こういう状態なので、後期高齢者医療制度のように利用者の年金から捻出みたいなことになるんです。こうすると厚生労働省の一部局の裁量の範囲で収まるというわけです。フリードマンは、社会保障は税務当局と一緒にするべきだ、と言っています。そうすれば後期高齢者医療制度でも、年金ではなくて税金を使えます。フリードマンはまた、社会保障を支給する際に官僚の裁量に任せてはいけない、とも言っています。水準を下回る所得の人には無条件にお金をわたすべきだ、と。正しいと思います。今、生活保護の認定基準は現実にはとてもあやふやですから、所得で基準を設ければ必要な人にも行き渡るでしょう。しかしそれをしてしまえば、担当の役人は必要なくなってしまいます。だから反対するでしょうね。

    K:官僚は官僚のルールで動いてしまう。

    T:フリードマンは官僚について、まず裁量をあたえるな、と言います。どうしても必要なときは明確なルールをかすべきだ、と。この本では補助金の問題も扱っています。官僚を通して補助金を配るのはだめで、たとえば学校に対する補助金は官僚経由にするのではなくて、学生に配ってしまえば良い。そうすれば学生が自分で学校を選びます。そして多くの学生を獲得した学校が学生を通して補助金を受け取るわけです。これをバウチャーと言います。バウチャーを導入すれば、学校は官僚ではなく学生のほうを向くようになるでしょう。この訳本の解説にも書きましたが、日本の現状はフリードマンに笑われてしまうようなものが多いです。たとえば雇用能力開発機構。廃止が議論されて役人が反対していますが、問題はそのお金を他の人に配った時何ができたのか、ということです。フリードマンは政府の機能を全部民間企業にやらせろなんて言っていません。同じことをやるにしても、市場を通してやるやり方も良いんだ、と言っています。彼はある意味で政府の役割を重視していました。私は「役所がやるよりもっと良いやり方がある」ということをフリードマンから学びました。実際仕事でもよく使った考え方ですよ。

    K:官僚の問題は、依頼人(プリンシパル)が代理人(エージェント)をどう動かすか、というプリンシパル=エージェント理論の問題なんですよね。

    T:そうです。官僚がちゃんと働くようなインセンティブを考えなくてはいけないんです。日本の役人には監視がついていません。そしてお金だけは集ってくるわけですから、やりたい放題なんですね。

    (三日目はここまで)
    (四日目)
    cover
    経済は感情で動く
    マッテオ・モッテルリーニ

    四日目は正直つまらない。高橋さんは行動経済学に対して結構距離をおいている感じだ。まあ僕も同感。まだよくわからないジャンルだと思う。なので一部だけまとめて、あとは飛ばします。

    T:プリンストン大学に行っていたときに、まわりに行動経済学をやっている人が結構いました。経済学の想定する合理性があわない人も多いので、こういう本だと入りやすいんじゃないでしょうか。とはいえ、経済学の想定する合理性はあくまで仮定ですから、経済学者が「どんなときでも合理的な人間」の存在を信じているわけではないです。複雑な経済現象をあつかうモデルを作るときに、そのような人間を想定しているだけですし、そこから応用が効きます。が、結果だけみると「経済学はありえない仮定の上に成り立っている」と思われてしまうようです。

    (だいぶ略)

    K:この本では人は同じものでも自分が持っているものの価値を高く評価しがちである、という考え方が紹介されています。

    T:取り替えるのがメンドクサイ、とも言えます。行動経済学の理論で説明できることを、普通の経済学の合理性で説明することもできますね。天の邪鬼に読むと面白いですよ。

    (四日目はここまで)
    (五日目)
    cover
    この金融政策が
    日本経済を救う
    高橋洋一
    T:この本では普通の教科書を書いたつもりです。数式を使って説明しても分かってもらえないので、普通の言葉で書きました。ベースはオーソドックスな経済理論です。

    K:デフレにどう対処するのか、とても分かりやすく書いてあります。

    T:政府は100年に一度の危機と言っていますが、それならばそれなりの政策が出てきそうなものですが、そうはなっていない。つまり危機だと思っていないんです。

    K:危機だと気づいていればデフレを放置したりしませんよね。

    T:今の問題だけじゃなくて、2006年3月にも金融を引き締めました。外国では考えられないことです。その時物価上昇率が0.5%という数字でした。私は当時は総務省にいましたから、統計の基準が変わったことを知っていましたし、もちろん、この指数は数字が実態よりも大きめに出るものだということも知っていました。ですからそう述べました。実際には物価はマイナスだったんです。にもかかわらず、日銀は金融を引き締めてしまいました。景気が悪くなって当然です。なので竹中大臣(当時)にも言ったんです。大臣はその通りだ、と理解してくれましたが、日銀の当時の総裁の福井さんはまったく聞いてくれなかった。とにかく量的緩和の解除をしたかったようです。マスコミや役所の金融政策に対する理解に問題があると感じます。

    K:理解の問題ならまだ良いんですが、もうマインドシェアの問題なのではないでしょうか。

    T:日銀がこれだけ批判をうけても頑であるというのは、確かに理解の問題ではないかもしれません。

    K:補正予算の話題が新聞に載るシェアはとても多いのに、金融政策の話題はほとんどありません。議論の俎上に載せられていないようです。

    T:役所は載せたくないんでしょう。アメリカのウォールストリートジャーナル紙などではFRB議長のバーナンキさんの名前がすごくよく出てきます。日本の新聞に白川さんの名前が出てくることはあまりないですね。

    K:金融政策を変えるには日銀総裁候補の育成も含め、戦略的な視点が必要なのではないでしょうか?

    T:日銀法を変えなければ無理でしょう。

    K:しかし私たちは間違いに気づいたわけですから、改善できそうですよね。

    T:金融政策の話題は実にマイナーです。この話題が日経新聞にしょっちゅう載るくらいにならないと、間違いに気づいた、とまでは言えないでしょう。

    K:前述の協調利下げの時、メディアの反応がほとんどありませんでした。

    T:信じられなかったですね。誰かが「ゼロ金利にはできない」というと、それが簡単に受け入れられてしまう。アメリカではすでに量的緩和に入ってますよ。もうやらなきゃいけない時ですが、やりませんね。不思議です。

    K:日本人の多くの人が名目と実質の区別がついていない、というのが障害ですね。

    T:名目と実質の区別については、ちょっと前の日本銀行の総裁もわかっていませんでした。これは議事録に載ってますよ。今でもゼロ金利が低金利だという認識がありますね。でもそれは名目値が低金利なだけです。

    K:以前、海外の金融商品で名目金利が高いものがあるけど、こういうものは買わないでください、という記事を書いたことがあります。計算するととても不利なんです。

    T:海外の実質金利の計算は為替の影響があるので難しいかもしれません。でも国内は簡単です。2001年に竹中さんが大臣になったとき、実質金利の良い指標はないか、と問われたので、物価連動国債というのを導入しました。これが実質金利の指標になります。今10年で2%くらいではないでしょうか。

    K:名目金利より高いんですよね。

    T:はい。将来のデフレ予想、物価が下がるという予想がはいっているからです。名目は0.5%くらいですが、実質は2~2.5%くらいの金利であるわけです。これをみれば実質金利はすぐにわかります。

    K:物価のデータは公表されています。メディアがこれを活用していません。

    T:そうですね。あと、マーケットには予想値があります。今の数字だけでなく予想値もみなくてはいけません。実質金利というのは 「名目金利」 − 「将来の物価の予想値」 です。今は将来の物価がマイナスなので、実質金利が名目金利を上回っています。驚くべきことですが、日銀の政策決定会合では、最近までこの予想値のデータがありませんでした。

    K:それでどうやって政策を決めるんですか?

    T:よくわかりません。経済対策閣僚会議を通してこのデータ(ブレーク・イーブン・インフレーション・レート)を使うようにしてもらいました。でも見てる人はすくないようです。日銀の人はこの資料をいっつも批判します。あてにならない、と。それで彼らは自分たちが作ったアンケート調査の予想値を使います。アンケートですから、正直に言って彼らに都合のいい数値がでていると思います。そう言う意味で、今の金融政策はフェアではありません。

    K:そういうアンケートではインフレ気味の結果がでるんですよね。

    T:もちろんそうです。ブレーク・イーブン・インフレーション・レートですと、マーケットは-2.5%くらいの数値を予想しています。これはとんでもない数字ですよ。

    K:最後に、これだけはやって欲しい、という政策を教えてください。

    T:デフレというのはお金が必要なのに、どんどん少なくなっていくことです。だからどんどんお金を刷ることが大事です。日本銀行がお金を出さない、というのが現状ですから、ならば政府が出せば良いんです。GDPの5%くらい、20兆から30兆円のお金を政府が発行する、というのを検討して欲しいですね。

    K:日銀に頼らない金融政策が可能なわけですね。

    T:そうです。それにこのお金は財源になりますよ。増税ではなく、このお金を財源に社会保障をやったらいいと思いますよ。この政策は普段やればインフレになりますが、今はデフレですから丁度いいんですね。デフレの場合この政策が世界でも標準的です。歴史をみても同様です。

    K:いっぺんに30兆じゃなくてもいいんですよね。様子を見ながらでも。

    T:年10兆で三年間とか。途中で景気がよくなったら止めればいいんです。

    K:是非政府紙幣の発行を検討して欲しいですね。
    (おしまい)

    と、こんな感じです。この放送を聞いて、97年に橋本総理にウソの不良債権額を報告した大蔵省の人たちは、その後どんな人生を歩んでいるんだろう、なんて考えてました。偉いお役人ってのはどの程度先を見てるもんなんでしょうかね。因果な人たちだなと思います。

    そして、この放送から総選挙を経て、さて民主政権はどうなることやら、という状況の現在ですが、ブレーク・イーブン・インフレーション・レートはだいたい-1.5%近辺のようです(財務省のページ。「ブレーク・イーブン・インフレ率の推移」でPDFをダウンロードすると見れます)。つまりマーケットはデフレ予想のまま、というわけですね。残念ながら民主党も自民党と同様、金融政策を軽視しているようですから、目覚ましい改善は期待できません。

    追記:このエントリを書いた翌朝、こんなニュースが。

    【政権交代 どうなる経済】「日銀とアコード」波紋

    民主党の大塚議員が、「日銀との政策協調(アコード)をしていく」的な発言をしたら、なんと「金融界などから批判が続出した」ので議員が釈明に追われているというニュース。金融界が誰のことなのか記事中には書いてないけど、日銀に独立性を与えすぎているといういい例だと思います。アコードに言及するだけで大騒ぎなんですね。そのうちやんごとなき日銀関係者の前を横切ったとかで国会議員が辞職しちゃうんじゃないの?

    さらに追記 2009/09/23:

    Baatarismさんの「混迷するアコード論議」という記事で知ったんですが、民主党大塚議員が事実関係として以下のように語っています。

    今日の大手紙及びその関連紙が、「アコード」に関連した動きについて興味深い報道をしていました。おもしろく読ませて頂きましたが、記事にあるような「批判続出」ということは全くありません。「火消しに奔走」という事実もありません。日銀からのクレームも一切ありません。記事を書いたと思われる記者からの取材もありません。驚くべきことです。マスコミの体質は社会にも大きな影響を与えますので、報道の質の向上に真面目に取り組んでいる記者、正当派のジャーナリストの取材にはできる限り応じていきたいと思います。


    なんか、こわ〜。Baatarismさんは、日銀が産経新聞の記者を通して議員に圧力をかけようとしたのでは? と推測しています。たしかにそれ以外の理由ってちょっと思いつかないです。こわ〜。



    次回は飯田先生の回をまとめてみたいと思います。ひと月以内にはやるぞ>自分

    追記:書きました。飯田先生の回のまとめ