2009年9月19日土曜日

勝間和代のBook Loversを聴いた その2

はい。珍しく予告通りのその2です。前回のエントリーは経済学者の田中秀臣先生をはじめ、ブログ等で紹介してくださった方々がいました。ありがとうございます。

さて、今回は経済学者の飯田泰之先生です。前半はミクロ経済学の話ですが、徐々にマクロの話へ移行していきます。経済成長とは具体的に何なのか、何をどうすれば経済成長といえるのかが語られます。

僕はさっそく本編で紹介されている『哲学思考トレーニング』と『将軍たちの金庫番』を買いました。んで、江戸時代の経済史を解説した『金庫番』は僕もおすすめします、文庫本ですし。前回の内容とも関わりますが、官僚と金融政策がテーマと言ってもいい本で、とくに幕府とハリスの交渉の解説は必読でしょう。官僚的な人ってのはいつの時代でも変わらないのか、と脱力すること間違いなしです。江戸の三大改革の経済的な実態は、もうなんというか情けなさでいっぱいです。自分の不遇さや劣等感を、倹約や禁欲と称して正当化し、周囲に押しつけるオジサンがたくさん出てきますよ。

さて、前回同様、実際の文言とはかなり違います。あとやっぱり長いです。何を言っているのか正確に知りたい方はBook Lovers本編を聴いてください。(2009年8月17日から21日までの放送です。)

(一日目)
勝間さん(以下 K):経済学の面白さ、志した理由を教えてください。

飯田さん(以下 I):もともと歴史好きなのですが、歴史が大きく動くときは経済も大きく動きます。例えば世界恐慌、そして昭和恐慌を経て、日本は貧困の問題を抱えて軍国主義に向かいました。こういうダイナミズムを研究してみたい、と思って大学院にいきました。院にいくと民間の就職先はそうそうないんで、気づいたら大学の先生になってましたね。

K:経済学は日常でこそ活きるんだ、と私は思ってるんですが、あまり理解されません。

I:そうですね。経済学のベースは個人の選択、何をして何をしないか、です。そこで問題になるのが限りある貴重なものをどう分配するか、ということです。勝間さんの本の中にもよく出てきますが、僕らにとって最も貴重なものは時間だと思います。その時間の割り振りというのは、一番経済学的な思考を必要としていると思います。これは日常の時間の使い方にも当てはまります。貴重なものの分配をどうするか、これをロジカルにやるのが経済学です。

K:私は会計士の勉強で経済学をやりました。経済学的に考える習慣がある人ない人で随分違いますね。

I:そうですね。特に機会費用という考え方が重要ですね。家で半日ぼうっとしているコストはどれくらいでしょう? お金を使わないのでコストゼロだ、と思ってしまうところですが、何か楽しいことをしたり、将来のために勉強したり、仕事をしてお金を稼いだりすることができたわけです。その実際の利益と実際には生まれなかった利益の差額が機会費用です。

K:時間の使い方に対する考え方が変わってきますね。

I:一般に経済学というとGDPとか為替というイメージですが、それはかなり応用の話で、基本は身近な意思決定です。応用の話はビジネスの最前線にいる人でないと、あまり重要ではないかもしれません。

K:応用がわかったところで予測も難しい。

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哲学思考
トレーニング
伊勢田哲治
I:予測できない、ということがわかります。なので日常に活きる経済学的思考が重要だと考えています。今日の本はそういう本です。

K:タイトルに「哲学」がついているのでわかりにくいですが、内容としてはロジカル・シンキング、クリティカル・シンキングの本ですね。クリティカル(批判的)にはネガティブなイメージがあるようですが、そうではないんですよね。

I:確かに批判というと文句ばっかり言っているイメージですが、考え方をブラッシュ・アップしていこう、ということだと思っています。この本はタイトルで随分損をしていて、なんだかカントとかが出てきそう。実際には論理的思考トレーニング、といったところです。

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ロジカル・シンキング
照屋華子・岡田恵子
K:類書に照屋華子さん、岡田恵子さんの『ロジカル・シンキング』という本があります。

I:はい。大学の僕のゼミでは必ず『ロジカル・シンキング』が一冊目です。これで基本の型を作ります。そして次に自分にあった思考法を今回の本で見つけてもらいたいんですね。自分で思考の型を作るための支援をしてくれる本です。具体的には、良い推論と悪い推論のちがいや、演繹法だけでなく帰納法も必要な理由、科学と疑似科学の差、などがやさしく解説されています。

(一日目はここまで)
(二日目)
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東大を出ると
社長になれない
水指丈夫
I:この本は小説なのであまり内容に触れるわけにはいかないのですが、昨日お話しした機会費用が大きく関わってきます。サラリーマンにとって起業はとても大きな賭けです。起業10年後に生き残っている会社は実に3%しかない、というデータもあります。この本は、ある男の子が起業をしようとするけど周りから止められる、迷っているうちに友人が……、というふうに進んでいきます。普通ビジネス小説というと、努力して困難に打ち勝って成功する、というイメージですが、この本はかなり違います。経済学的に妥当な展開をしていきます。

K:本文中に経済理論の説明が出てきます。

I:はい。経済理論に基づいた意思決定が描かれています。経済学の教科書というのははっきり言って面白くないんですね。この本は身近な出来事を題材にしているので、入門に良い本だと思います。この本を読んだ後、すこし堅めの経済学の本に進んでみるといいと思います。

K:小説の中で屈曲需要曲線に出会ったのは初めてです。

I:(笑) 実際に経済学を必要としているのはビジネス・パーソンです。しかし、経済学の本の多くはそういう人に向けて書かれていません。これまで経済学者たちは、経済学そのもののセールスをしてきませんでした。

K:アカデミックな場面以外で経済学が使えるということを、一般の人に知ってもらおうとしてこなかったわけですね。

I:僕は自分のことを「経済学のセールスマン」であると思っています。今大学では経済学があまり人気がないんです。

K:特に女子に人気がないですね。

I:ないですね〜。大学にもよりますが、男女比8:2くらいの大学も多いと思いますよ。東大に至っては9:1くらいでしょう。これは実にもったいないことです。英米系の大学ではエコノミクスが一番メジャーな専攻*1です。日本の場合、社会科学なら法学部、文学部。あとは工学部でしょうか。経済学は世界言語といえますから、これはホントにもったいないです。

K:私は日常で「効用」という言葉を使ってしまうのですが、通じていないのかもしれません。

I:効用というと、お薬の効能のことだと思われているかもしれません。効用というのは、自分の心の中で感じる満足度、のことです。経済学では重要な概念です。

K:機会費用を考えるというのはまさに、効用を比べるということですね。自分にとって一番満足のいく選択肢を探るということですから。自分の満足と手持ちの資源(時間やお金)、これを計って選択をしていくと、とても人生が面白いですよね。

I:そうなんです。「どうやったら自分の効用を改善していけるんだろう?」という疑問を頭の片隅に置いておくだけで、小さな意思決定の際に良い方を選べるようになってきます。逆に漫然と何かをすると、結局何もしないで終わってしまいがちですよね。

K:機会費用の概念を理解するだけで人生は随分変わってきます。

I:経済学というと金のことばっかり考えてる、と言われてしまうんですが、重要なのは自分の心の中の満足や目標です。それがちょっとづつでも改善したり前進したりすることが大事です。

(二日目はここまで)
(三日目)
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景気って何だろう
岩田規久男
I:昨日と一昨日は個人にとっての経済学の話でした。実際にビジネスを続けていくと、景気や経済政策が重要な意味を持ってきます。僕は景気についての理解が、日本の場合あまり広まっていないと思います。一般的にもそうですが、新聞記者さんでも曖昧な理解しかしていないようです。そこでこの本を紹介します。

K:サイクルとしての景気と、絶対水準としての景気がありますが、日本の場合、絶対水準としての景気ばかり注目されているようです。

I:はい。絶対水準としての景気と、景気が拡大しているかどうか(良くなっているのか悪くなっているのか)。この二つを区別しないと政策はうまくいきません。例えばいざなぎ越えと言われた2003年から07年にかけての好景気があります。一応これは景気の拡大、です。が、好景気だったのは一年もないと僕は考えています。

K:つまり絶対水準としての景気は良くなっていない、ということですね。そもそも好景気って何なんでしょうか。

I:経済学的には、潜在成長率を越えて成長しているかどうか、です。潜在成長率というのは計測が難しいんですが、今ある資源や人材を全て活かしたらどの程度モノが生み出せるのか、ということです。潜在成長率は計測する人によってバラバラの数字が出てきますが、大変おおざっぱに言いますと、年率2%です。なので名目GDPから物価上昇率を差し引いた実質GDPで2%以上成長していれば好景気といえます。

K:それは日本だけでなく?

I:はい。潜在成長率は、世界的にここ100年くらいそういう水準です。日本の場合、実質GDPがここ20年、年率0.数%でしか成長していません。なので、いざなぎ越えといわれる好景気でも、自分たちの暮らしが良くならない、と感じるわけです。そこで「景気が良いなんてのはイカサマか?」と言われてしまうんですが、景気は拡大しているんですが、絶対水準としての景気は良くなっていない、ということなんですね。この程度の拡大ではどうにもならないんです。

K:実感できないんですね。

I:そのせいで、経済成長や景気に対する非常に大きな不信感を生んでしまいました。さらに、日本銀行や財務省は、景気が良すぎる、と言いはじめました。

K:はあ!?

I:2006年の量的緩和解除の理由の一つが、バブル的に景気が良くなるかもしれない、というものでした。その予防的な措置だ、と日銀は言っています。予防も何も良くなってないじゃないかと思うのですが、なんだかよくわかりません。

K:解除は大失敗でした。

I:『景気って何だろう』にはそういった問題がよく整理されて載っていますし、ちくまプリマー新書の想定読者は高校生ですから、とてもわかりやすく書かれています。本書のなかにもありますが、景気の話で重要になるのはインフレとデフレです。景気の拡大を継続して、絶対水準で良いところに持っていきたいわけですが、デフレ状態では不可能です。デフレで景気が良いというのは、ほとんど形容矛盾です。

K:ハイパーインフレは恐れるのにデフレは恐れないというのが本当に不思議です。

I:その理由の一つに、デフレで心地よくなる人が結構いるってことが言えると思います。

K:はあ!?

I:(笑) 自分で商売をしている人や、ビジネスの最前線にいる人にとっては、まさに「はあ!?」としか言いようがないんですが、例えば僕の母親は「モノが安くなった」と大変喜んでいます。

K:お給料が一定で支払われいる人にすれば、収入は変わらないわけですからモノが安くなるほうが良いに決まってるわけですね。

I:そういう人びとが初めてデフレの害に気づくのは失業したときと倒産したときです。そこまで行かないと気づかないというのは、とても恐ろしいことです。

K:貧困問題のディベートに参加したときに、「デフレがいけないんですよ」と言ってもまったく理解してもらえませんでした。一体それが貧困問題とどう結びつくのか気づいてもらえませんでした。

I:貧困問題は企業が強欲だからだ、と言い返されてしまいますよね。しかし企業を攻撃するのはあまり意味がないと思います。実際に価値を生み出しているのは企業セクターですから。

K:デフレは例えるなら血液がどんどん減っている状況です。不健康になるのは当然といえます。

I:そうですね。ここ一年間でイギリスの中央銀行、Bank of Englandは貨幣の供給、つまり血液の供給を倍にしています。ものすごく輸血しているわけです。アメリカの中央銀行FRBも、80%くらい増やしてます。ケチで有名なユーロ圏の中央銀行ECBも50%くらい増やしてます。もちろんこれらの措置は金融危機に対応するためです。で、日本銀行は、だいたい5%くらい減らしています。さらにお金を増やしたときの波及効果(貨幣乗数)も下がってきていますので、急速な勢いでお金が足りなくなっている、といえます。血が足りない、でも輸血はしたくない、という状況です。

K:どう考えたらそういう政策になるのか、そこが謎なんです。謎といえば、法学部をでている人がなんで日銀に行くのかも謎です。

I:それは確かに不思議なんですが、日銀に入る人はエコノミスト組もけっこういます。しかし彼らの意見が政策に反映されることは全くありません。関係ないって思われているようです。

K:ひどい話です。

I:日銀は国民の審判を受けていない組織です。なので逆に世論を過度に気にします。つまり「自分たちは国民の信任に基づいて政策を実行する」という風に強気には出れないんですね。なので国民が嫌がるであろうインフレ政策を採用できないんです。

K:なるほど。飯田さんのお母様だったら「物価が上がって困る」と感じるから、ですね(笑)。

I:そうなんです(笑)。

K:この間石油や小麦(コモディティ)の値段が上がったとき、国民は大騒ぎでした。私はこれでインフレになるかも、と期待していましたが。

I:そもそもコモディティの値段は、中央銀行にはどうしようもないわけです。石油価格が上がって、それによってインフレになるのを日銀がコントロールすることはできません。仕方のないことですから。逆に石油価格が上昇しているのに金融を引き締めてしまえば、ますます血液が足りなくなってしまう。他の商品を一部あきらめて石油にお金を割かざるを得ないのに、さらにお金が減ってしまうわけですからね。資源インフレのときは、むしろ金融を緩和する必要があったんです。

K:それは経済学を学んでいればわかることですよね。

I:これは僕の仮説ですが、日銀が世論をすごく気にするのは、政治家がインフレを嫌がる国民の期待に応えて、日銀法を改正して独立性を取り上げてしまう、そうなることを一番恐れているからだと思います。なので、政治家以上に過剰に世論に反応してしまう。これがデフレの原因の一つだと思っています。

K:合成の誤謬ですね。一人一人の利益と国民全体の利益が相反している。こうなると国民の正しい理解がカギになってきます。

(三日目はここまで)
(四日目)
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将軍たちの
金庫番
佐藤雅美
I:今日の本は、江戸時代の経済の歴史の本です。江戸時代の経済政策、そのなかでも金融政策について詳しく書かれています。著者の佐藤雅美さんは小説家ですが、佐藤さんの小説は変わっていて、いつも江戸時代の経済、裁判、医療の話なんですね。今日紹介する本は小説ではなくて資料の解説のような感じです。

K:江戸時代の社会学的な作品をつくる作家さんなんですね。

I:僕は将来歴史小説家になりたいんですが、それほど江戸時代におもしろさを感じています。江戸時代に唯一足りなかったのはエネルギー革命だけだったと考えています。

K:それで人口も増えなかったんですよね。生産性もそんなに上がらなかった。

I:商業のシステムは発達していました。世界で初の先物取引所がありましたし、商人の力もあり教育水準が高い。国内の流通、郵便網もできていましたし、貨幣経済も発達していました。ここまでできて日本で産業革命が起こらなかったのは、やはり蒸気機関が日本にはなかったからでしょうね。

K:石炭はとれていたわけですから、作っていてもおかしくないんですけどね。発想がなかった。科学における遅れは、やはり貿易制限の影響でしょうか。

I:そうですね。それと日本の場合は、誰が偉いかといえば文系が偉いわけです。

K:どうしてもその話になりますね(笑)。士農工商ですもんね。

I:時代劇で見るような江戸の町並みはすべて1820年代を再現したものです。また、僕たちが江戸っぽいな、と思うもの、寿司、うなぎ、天ぷら、歌舞伎、浮世絵、こういったものも1820年代のものです。

K:もう明治の直前なんですね。

I:そうなんです。なので時代劇で徳川吉宗や水戸黄門が1820年代の江戸の町並みを歩いているというのは実に困った話なんですが、撮影されている太秦の町並みが1820年代ですからそうなっちゃうんですね。

K:私たちが2300年代にいるような感じですね。

I:ではなぜ1820年代がこんなに影響力を持つほど素晴らしい時代だったのかというと、これが金融政策の話になります。徳川家斉という浪費家の将軍がいまして、彼が老中に「どうしても贅沢がしたいんだ」と、そんなことを言うわけです。で、老中はお金をなんとか集めなきゃいけなくなるんですが、そこで貨幣の改鋳を行います。一枚の貨幣に含まれる金や銀の量を減らすことで、貨幣をより多く作ったわけです。例えるなら、一円分の銀しか入っていないのに、これは十円です、って言い張るわけですから、九円儲かるわけです。

K:今のお金の作り方と同じですよね。

I:そうなんです。これを乱発したんです。そうするとどうなるかというと、インフレになります。その結果、江戸の街は好景気になりました。そして、うなぎを食べたり、初鰹に一両なんて値がついたり、みんなで歌舞伎を見に行ったり、お伊勢参りに行ったりするようになったんですね。

K:バブルですね。

I:そう、文政バブル絶頂期というのが、今の日本人の江戸のイメージを作り上げているんです。

K:バブルというのはいつか弾けますが、文政バブルも弾けたんでしょうか。

I:ここが非常に賢いところで、急激なバブルを起こさないようにゆっくりとお金の量を増やしていったんですね。年率にすると1%くらいです。1%というのは現代ではすごく少ないんですが、当時はお金の量というのは減るかそのままかどちらかでしたから、その頃としては1%インフレが10年続くというのは充分に影響力のある数字です。そのおかげでとても安定して成長していきました。

K:まさにインフレ・ターゲットですね。

I:やがてバブルも弾ける、というよりもしぼんで終わってしまうのですが、それはこの政策をすすめた老中が在職中に亡くなってしまったからです。そうするとやはり、「こんな貨幣を乱発するような政策はけしからん」という雰囲気になってきます。そうして引き締め政策、つまりデフレ政策がとられるようになりました(天保の改革*2)。さらに、「商人は儲けすぎている」ということになって、規制が増えていきました。

K:そんなことをすれば大変な失業を生み出しますよね。

I:このデフレ政策によって、江戸というのは、ほとんど街の火が消えてしまったような状態になりました。

K:どこかで聞いたような話ですよね(笑)。1980、90年代の日本みたいです。

I:そうなんです。実は日本は江戸時代の頭からこれを繰り返しています。景気が良くなると意図的に引き締めてしまう。80年代後半からのバブルでも、アメリカのサブプライムローンバブルのように派手に弾けることはしないで、意図的に規制や金融引締めを行って潰しましたよね。そこで問題なのは、弾けたときよりも、意図的に潰したときの方がダメージが少なかったと言えるのか、ということです。

K:とんでもない。長期停滞を招きました。

I:弾けた後に手を打った方が軟着陸となったかもしれません。江戸時代の経済史を見ていくと、景気を重視し商人の活躍を評価する人たちと、商人がのさばるような世の中はけしからん、という人たちのせめぎ合いがあるようです。

K:それもどこかで聞いたことがありますね(笑)。

I:はい(笑)。江戸時代はそれでもいいんです。武家政権なわけですから、お侍が一番偉い。でも現代でも何故かそういう考え方が残っているんですね。

K:経済学部が不人気だというお話がありました。私は商学部なんですが、経済学部よりもさらに人気がないんです。ビジネス、商売、というとさらに女子が少なくなります。MBAというと元々商学部なんですが、こちらは何故か人気があります。

I:女性がビジネスに関心を持つ、ということに抵抗を持っている人がいるんですよね。会社の中に優秀な女性を囲い込もうとしない、結婚退職させる、なんていうのはとんでもない資源の浪費です。女性がビジネスに向かないと考えるのは男だけですね。

K:日本の男性だけですよ。日本は先進国のなかでも女性経営者、女性管理職の割合が極端に低いです。その上でそういう浪費をするから景気が回復しないんです。なので、潜在成長率は2%というお話がありましたが、それを越えて成長するためには、お金を刷って、典型的な働き方をしなくても人びとが活躍できる社会にすればいいんですよね。ある意味これだけなんです。

I:そうなんです。僕は非常に単純な一本道だと思っています。

(四日目はここまで)
(五日目)
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経済成長って
なんで必要なんだろう
芹沢一也・飯田泰之ほか
K:最終日の本は『経済成長ってなんで必要なんだろう』です。飯田さんが中心となっている対談を収めた本です。なぜ経済成長は必要なんでしょう?

I:どうやら人間というのは、毎年2%くらい要領が良くなっていくようなんです。人びとが2%分、より仕事ができるようになっているのに、経済の規模が成長しない場合どうなるかというと、毎年2%の人が必要なくなっていくんです。

K:恐ろしい話です。

I:言い換えると、毎年2%の人が失業していくわけです。アメリカやヨーロッパでは、もちろん経済の成長が2%を下回ることはあるんですが、平均すると2.5%~3%で成長しています。こうなると、いつもちょっと人が足りていないような、そういう状態が維持できます。

K:新しく社会に出る若者の雇用が生まれるわけですね。

I:そうです。それに対して日本の場合、1%かそれ以下の成長がずっと続いています。そうすると、だんだん人が要らなくなってくるわけです。長い目で見ると経済成長の源泉は、人びとが仕事に馴れて、そして新しい発明が生まれ、付加価値をより多く生み出していくことです。個々人が2%の成長を繰り返していく中で、新しい産業が起こり、経済全体も成長していきます。ところが、若者に雇用が足りていないと、2%成長するチャンスがない、ということになりますから、周囲との格差が生まれますし、経済も長期的に停滞します。これを防ぐためには、経済が2%成長しないと話になりません。

K:最低限実質成長率が2%ないと社会が維持できないんですね。

I:定常型社会を目指す、とかよく言われますが、定常型社会というのは0%成長のことではありません。人間の成長に会わせた2%の経済成長がなければ無理です。こういうふうに言うと、経済成長はもう出来ない、と言い返されます。これだけ物が豊かな社会のどこで成長するのか、と。この主張に対する重要な反論は「日本以外全部成長してますが、何か?」です。むしろ、なぜ日本だけできないのか説明して欲しい。なぜか日本では若者でも「もう成長をあきらめよう」というようなことを言う人たちがいますね。

K:アメリカもヨーロッパも成長しているのに。

I:はい。しかも、多くの人が経済成長のイメージとして、米を二倍食うとか、服を二倍買う、という感じでとらえているようです。付加価値という考え方が広まっていないんですね。

K:機会費用の考え方が理解されない、というのが今週のテーマのようになっていますが、付加価値の考え方もですか。

I:どうしても量で考えてしまって、もっと美味しいもの、もっとデザインの優れたもの、という質的な経済成長の考え方になかなか至らないんですね。しかし現実には1970年代に量的な成長というのは終わっています。

K:買い物をするときにいつもより高いシャツを買う、とかそういう成長なんですよね。

I:それと、この本で貧困問題について取り組んでいらっしゃる湯浅誠さんと対談しました。何が貧困をつくりだしているのか? デフレと不況がつくっているんだ、ということが、貧困問題を語る人たちの考えから抜けてしまっているように思いました。

K:私も湯浅さんと対談しましたが、そこが議論になりました。湯浅さんは介護や農業にまわればいい、と言っていましたが、それだけでは全然足りないと思います。

I:現在ここまで失業が深刻になったのは、まさしく不況だからです。さらに、不況で失業者が多いですから、上司は部下にプレッシャーをかけやすくなります。「お前の代わりはいくらでも」というわけです。これが生きづらさ生む要因にもなっているでしょう。このように考えますと、様々な問題がありますが、本丸は景気が悪いこと、です。もし景気が良くなって、人手不足になれば企業は労働者の様々な要求に応じるでしょう。例えば、労働時間を自分で選ぶ、とか。

K:なぜ日本では景気が悪くなると長時間労働になるんでしょう。

I:景気が悪くなると、企業は給料を下げたくなるんですが、これはなかなか実現しません。なので同じ月給で長時間働かせることで時給を下げるわけです。デフレで売上げが落ちてますから、企業としてはそうでもしないとペイしないわけですね。

K:デフレだからこそ長時間労働になるんですね。だからインフレ・ターゲットと総労働時間規制を一緒にしないとだめだと思うんです。そこで最低賃金だけ上げてしまうと、単に失業者を増やすだけになってしまう。

cover
脱貧困の経済学
飯田泰之・雨宮処凛
I:そうなんです。最低賃金についてはこの本でも語りましたが、雨宮処凛さんと出した『脱貧困の経済学』という本でも解説しています。最低賃金がもし1,000円になったら、地方のサービス業は壊滅です。例えば東北地方の県庁所在地じゃない市の居酒屋さんは一時間1,000円も稼げているわけがないんですよ。

K:民主党はマニュフェストに入れてしまいました。

I:一つカラクリがあるとすれば、日本では最低賃金を守っている企業はほとんどないということです。守っているのは一部の大企業だけ。しかも破ったところで目立った罰則もないですし。なので、今は選挙直前ですが、もしかしたら民主党は最低賃金を上げると主張しても実害はない、と踏んでいるのかもしれません。

K:各政党のマニュフェストを見るたびに、そこが本質じゃないだろう、というような話ばかりです。

I:そうなんですよね。各政党の経済理解の問題もありますが、選挙民の前で経済の話をしてもわかってもらえない、というのもあると思います。インフレにする、なんて言ったら選挙には落ちてしまうでしょうね。増税や再配分のしかたを変更する、というのも同様でしょう。しかし実際には、2%のインフレと2%の実質成長があると、毎年だいたい4.5%税収が伸びるんですね。

K:良い話じゃないですか。今デフレで国債の実質負担がどんどん増えてますよね。額面だけが注目を集めていますが、政府は何を考えているんでしょう。

I:それには財務省内のセクト主義が関係しています。景気が良い時には、国債の額面の金利が上がります。お金を返す時、名目では利子が高くみえるわけですね。それがいやだから、デフレを放置している。

K:ええ!? クーポン(表面金利。国債の額面の金利)なんかより元本のほうがよっぽど大きいじゃないですか。物価が下がれば発行した国債全ての実質負担が上がってしまいます。新しく出す国債の額面の金利なんか問題にならないでしょう?

I:その通りなんですが、「それはウチの課の仕事ではないんで」と言うんですね。「ウチは国債のクーポンを決めるのが仕事であって、返済についてはヨソでやってます」ということです。

K:……。一度二人で行脚しましょうか。国会議員に経済学を知ってもらわないと。

I:どちらの政権になるにせよ、議員の先生方に説明しなくてはいけないでしょうね。ところで、今日紹介した二冊の本の中では、ベーシック・インカムの導入を推奨しています。

K:今の税制や社会保障は、国民を年齢や家族形態で分けて扱っています。そうではなくて、人びとの生活における必要性で分けていくべきですよね。

I:そうですね。そこで一番大きな問題は、日本の若者の場合、税金を取られた後の方が不平等度が上がってしまっているんです。普通の国では、税金というのは多く持っている人から多く取るわけですから、取った後再配分すると、人びとの不平等はちょっと是正されるはずなんです。ところが日本の場合は不平等が拡大されてしまう。

K:特に高所得者の負担が意外と低いんです。これは社会保障料が一定額であるからだと思います。どんなに貧乏でも国民年金保険料には14,660円、どんなにお金持ちでも14,660円です。社会保障における税金の割合を上げて、社会保障料の割合を下げないと不公平感はなくならないでしょう。お金持ちは税金で5割取られてるんだからもう充分だ、と反論してくるでしょうけども。

I:しかしそれも10年くらい前までは最高で75%でした。75%はやり過ぎですが、せめて90年代半ばの水準、60%にはもどして欲しいですね。

K:5割取られるのがイヤな人は法人税にしてしまうんですよね。それでおおむね4割になりますから。他にも抜け穴があります。納税者番号のない弊害です。

I:納税者番号がない、そして消費税がよくわからない大福帳方式、というのが問題です。

K:益税の問題ですね。消費者が税金として支払ったお金が、事業者によって納税されずにどこかに消えてしまう。

I:今日紹介した二冊では、今何が必要なのか語っています。生活が苦しかったり、ビジネスがうまく行かなかったりするその元の原因はなんなのか、知って欲しいですね。
(おしまい)

さて、統計は難しいなあとつくづく思うのですが、日本の経済が過去20年、どれくらい成長したのか、ずばっと言い表すのはなかなか難しいようです。というもの、数値が過去にさかのぼって改訂されることがままあるからです。本編中で飯田先生は「0.数%」「1%かそれ以下」としていますが、扱う数値によって差があるようです。しかしそれでも2%は超えないみたいですよ。(僕の手元にある伊藤元重・下井直毅『マクロ経済学パーフェクトマスター』の付録には2001年までの数値しかありませんが、1990〜2001年の経済成長率の平均は、1.583%です。また、飯田泰之・中里透『コンパクトマクロ経済学』では「1993年から2002年の平均経済成長率は1%前後であり、これは過去の日本経済や最近の先進国と比べてもとくに低い成長率となっています。」[p.170]とあります。)

アメリカの経済学者レベッカ・ワイルダーさんがブログで、FRB、BOE、ECBの比較をしていました。それによると、この3中央銀行の金融緩和は不十分であるかもしれない、とのこと。貸し出しがのびておらず、信用創造が進んでいないので、金融緩和を止めるにはあまりにも早すぎる、としています。もちろんこの比較に我らがBOJは出てきません。だって始めから引き締めてるんだもの。

追記:飯田先生が紹介している伊勢田哲治著『哲学思考トレーニング』を読んで書評を書きました。コチラです。

*1:……。

*2Wikipediaの天保の改革のページをみると、風紀取り締まりの一環として、歌舞伎の都心からの追放があります。しかも明治まで復活しないんですね。またクメール・ルージュばりに都市住民を農村に強制移住とか、貸出金利の引き下げとかもしてますね。一部の商人が流通を独占しているから物価があがるんだ! として、株仲間が解散させられたりもしました。なぜか21世紀に生きる僕らにとって妙になじみ深い「改革」であります。日本人にとって改革=デフレなんでしょうか。

2 件のコメント:

  1. カツマーがこんなにまともとは思いませんでした。失礼ながらとても意外。それとも、あらゆる人に愛想がよくて話をあわせる能力にたけているだけ、なのでしょうか?(でもこの応対だとそうは見えないし……)

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  2. コメントどうもです。

    僕は勝間さんの本の良い読者とはとてもいえないんですが、彼女の基本的な主張は「典型的な働き方をしなくても人びとが活躍できる社会」をつくろう、ということだと思っています。彼女の「年収10倍」的なイメージは、マーケティング上の選択となりゆきが半々ぐらいで出来上がったんじゃないでしょうか。なので、話を合わせているだけではないと思いますよ。

    あと、「意外」と書いていただいて勝手に喜んでおりますです。今回のまとめをやった理由が、せっかく現れたリフレ政策を理解する人気者を無視しちゃもったいない! というものでした。勝間さんは公認会計士ですし、公認会計士の試験には選択ですが経済学があります。勝間さんの主張する経済政策を異端として切り捨てるのは難しいでしょう。

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