2009年3月16日月曜日

書評・田中秀臣『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』

日銀の白川総裁が財政政策をファイナンスすると長期金利に悪影響、とか発言してた。これは「インフレいやん」ということなわけで、各国中銀がデフレと戦おうとしているときにまさかのインフレファイター宣言。そこにシビれ(ry

cover
雇用大崩壊
失業率10%時代の到来
田中秀臣
そんな日銀への疑問満載の日々に読んだのが田中秀臣『雇用大崩壊 失業率10%時代の到来』。タイトルがかなりセンセーショナルだけど中身はそういう煽るばかりの本とはちがう。日本の経済政策に対するセンセーショナルじゃない本当の不満がぎっちり詰め込まれていた。失業率10%時代とはつまり、1990年代から始まった就職氷河期の再来であり、その時社会にでた若者たち(通称ロスト・ジェネレーション)が貧困の連鎖の起点になりかけているように、再び若者が不景気の犠牲になる時代ということだ。

こう書いては失礼だけれども、意外にも読みやすかった。著者の本は何冊か読んでいるけれども、どれも経済学に興味のない人にすすめるにはちょっと難しいという印象があった(そういった人に向けて書かれているわけじゃなかったのかも)。今作も図があったほうが良いのでは? という箇所(双曲割引のところ。参照されているエインズリー『誘惑される意志』は僕も読んだけど、図があっても難しかった)があったりしたけど、文自体は平易だし、難解な用語が突然でてくることもない(これは一般向けとしてはとても優れたところだと思う)し、といって用語の説明が延々つづくということもないので集中しやすいと思う。あとインフレターゲットなどのリフレ政策はなにかと妙な議論を呼びがちだけど、そこはすっきりとクルーグマンがよく使っていた例え話(子守り組合の話)でまとめていて、焦点は書名どおり雇用に当てられていることが、この本の訴求力を強めている印象を受けた。

で、政治、正規・非正規雇用、通説の誤り、セーフティーネットのあり方、そして財政・金融政策と、この本の議論は多岐にわたるので個々の議論はじっさいに読んでいただくとして、この本の精神を最もよく表現している(と僕が思う)あとがきの一番最後の文章を引用しよう。

それ(不況中の増税議論:引用者)に対して本書では一貫して、現役で働いている人たちの環境を良くすることが政府の果たす務めであることを強調してきました。現役世代、特に若い世代の経済的貧困を解消することが、彼ら彼女らだけではなく、その後の世代にも、そして現在の高齢者にとっても利益になることなのです。その意味で、不況を克服する積極的な財政・金融政策を行う政府の役割は「大きい」のです。これが本当の意味での「大きな政府」の重要性だと私は思っています。


ここでいう「大きな政府」の意味、つまり将来とか過去の話ではなく、今困っている人を助けるために税金を使う(さらに借金もする)、ということがこの本の基底となっている。そこから経済政策を語った本なので、話題性だけでとりあげられがちな年金やニートなどの議論も、日本経済の一部として扱われるのであって、なにか現代社会の病理とか昔はよかった的などうしようもない話ではまったくない。まさにノーナンセンス。

cover
誘惑される意志
人はなぜ自滅的
行動をするのか
ジョージ・エインズリー
以前クルーグマンが「経済にはエネルギー保存の法則のようなものがあって、価値がどこかからわいて出たりしない」というようなことを言っていた。だから、例えば増税で財政の辻褄を合わせたところで、日本経済の内側で富が移動するだけで貧困が解消されたりはしない。むしろそんなことに時間をかけているうちに日本経済そのものが縮小していってしまう。この本ではそういった現状を、椅子とりゲームの椅子が減っていくと例えている。また、椅子が少ないことはなんだかんだ言って特定の層(若者)の不利益になっている。しかもその層の子供たちにまでその不利益が受け継がれそうになっている(彼らの経済状況では子供たちに進学や就職に充分なチャンスが与えることができない)。だから本書は椅子を増やす政策を実行せよと強く訴えている。

僕はこの本が多くの人に読まれてほしいと思う。僕はロス・ジェネど真ん中なので特にそう思う。おそらく「景気を良くしよう」という訴えに対しては「しっかりとした…、ムダのない…、責任ある…」といった反論めいたものがなされるのだろう。でも、問題なのは眼前の貧困なのであって理想や大義や過去や未来の話じゃない。プラクティカルに、ノーナンセンスに必要な政策が実行されることを願うばかり。

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントをどうぞ。古い記事でもお気軽に。