2012年7月29日日曜日

[訳してみた] 復習:QE3までの道のり


さて、前々回はAbout.com「デフレとは何で、どうすれば防げるのか」という記事を訳したのでした。

で、最近はLIBORってのが大はやりだそうで、あーやっぱりねー、この季節はLIBORだよねー、と知ったかぶりしてればいいんじゃないかな、とそう考えているわけです。どうせ誰も知らないんだし。

ちょっと前まではTARPだとかTALFとか言ってたのにもう飽きたのかよ、という話で、こういう難しい話題は最新ニュースを追っかけてもぜんぜん理解が進まないので、二週遅れくらいがちょうどいいというのが僕の持論であります。論ってほど大した話ではありませんが。

ということで、QE3の実施が予想される昨今、2007年のサブプライムローン危機とそれに続く金融危機に対して、アメリカの中央銀行、連邦準備銀行がどんな政策を実施してきたのか、そこを解説した記事を前々回同様About.comから引っ張ってきて訳してみました。記事はどれも短いものなので、このエントリーにまとめてしまいたいと思います。はやりのLIBORについての記事もあります。数年前の記事なので今般の不正問題についてはもちろん触れていませんが、それだけに問題の大きさがよく感じられる、そんな記事だと思います。

記者さんはKimberly AmadeoさんThomas Kennyさんです。ご両人とも投資顧問をされているそうです。

(お詫び:記事中、リンクがたくさんあるんですけど、メンドクサイので元ページから辿ってください。リンク切れも結構ありますが。あと、政策の名称、TARPとかMMIFFとかは、わりとノリで訳してますんで真に受けないでください。)

目次


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連銀にはフェデラル・ファンド・レート以外の手もある

2011年1月13日

フェデラル・ファンド・レート(訳注:日本で言う翌日物金利。銀行間で資金を融通しあう時の金利。「中央銀行が金利を上げた(下げた)」というと、通常この金利のことを指す。以下FF金利)に加えて、連銀には金融政策を決めていくためのツールがまだまだあります。こういったツールは、FF金利の操作に比べて使われる頻度も低く、記事になることもありません。しかし、大不況(訳注:the Great Recession. 2008年に始まった不況を指す)の際、FF金利が事実上ゼロにまで低下した後に、連銀が金融市場を下支えするために、重点的に用いられました。


準備預金


準備預金とは、市中の銀行が連銀支店に預けなくてはいけないお金のことです。2010年の12月30日の時点では、銀行の全預金額が5880万ドル以上の場合、その10%を預け入れなくてはいけません。準備預金が少なくて済めば、銀行はそれだけ多く貸し出せるようになるわけですね。こうしてお金が経済に多めに注入されることで、経済成長が刺激されるのです。準備預金の金額が高くなると、小さな銀行には大変な重荷になります。そもそもたくさん貸し出すだけのお金を持っていないからです。そのために、預金額が1070万ドル以下の銀行は、準備預金を行う必要はありません。預金額が1070万ドルから5880万ドルの銀行は、その3%を預けなくてはいけません。2008年に連銀は、この準備預金に金利を支払うことにしました。

(訳注:2011年12月29日以降は、当座預金を中心とした預金の総額が1150万ドル以下の場合は0%、1150万ドル以上7100万ドル以下は3%、7100万ドル以上が10%だそうです。(参照))

連銀が準備預金の割合を変えることはあまりありません。それは一つには、各銀行が新しい割合にあわせて、ポリシーや手続きを変えるのには多大なコストがかかるからです。それに何より、FF金利の調整を行えば、全く同じ結果が得られるのです。混乱もコストも少なく済みます。


ディスカウント・ウィンドウ(連銀貸し出し)


連銀はディスカウント・ウィンドウ制度を通して、準備預金の基準を満たしている銀行にお金を貸し出します。この金利(ディスカウント金利)は、FF金利よりも高く設定されています。各銀行が、このディスカウント・ウィンドウ制度を利用するのは、普通、他行から翌日物金利でお金が借りられなかった時だけです。ですから、連銀がこの手を使うのは、緊急事態に限られます。Y2Kの混乱時、9/11直後や大不況などがそうでした。『銀行危機への連銀の介入(Federal Intervention in the Banking Crisis)』を参照してください。


ディスカウント金利


ディスカウント金利は、連銀がディスカウント・ウィンドウ制度を通して、各銀行にお金を貸し出す際に課す金利のことです。通常FF金利に1%ポイント足した金利になります。これは借りすぎ防止のためです。


マネーサプライ


これは社会に出回っている通貨の総量で、連銀が毎週報告しています。

  • M1は、通貨と当座預金です。
  • M2は、M1にMMF、譲渡性預金、貯蓄預金をあわせたものです。

(訳注:同じ当座預金と言っても、日米で微妙に差があるようです。ここで言う譲渡性預金も、日本で言うところの定期預金に近いとか。(参照その1)(参照その2))

連銀はFF金利を下げることでマネーサプライを増やします。すると、各銀行は、準備預金を維持するコストを下げることができるのです。そうして、各銀行は貸し出せるお金が増え、消費者のお財布のお金も増えるのです。

その他のアルファベットごった煮スープ


連銀は先の大不況と闘うために、新しい、斬新なプログラムをたくさん作り出しました。実に素早く作り上げられたので、各プログラムの名前はその働きを専門用語で表現しただけのものになってしまいました。銀行家には分かる名前かもしれませんが、ほとんどの人には何のことだかさっぱりです。難解な用語の頭文字を並べた結果、おいしいプログラムのアルファベットごった煮スープが出来上がったわけですが、一般市民を混乱させてしまっています。これについては、こちらの連銀の道具箱を御覧ください。





刺激策の道具箱

TARP、TALF、TAF。2008年を通して、連銀と財務省は、金融市場の崩壊を何とか回避するために、たくさんの新しいプログラムを生み出しました。そういったプログラムがどんなものだったのか見ていきましょう。政府をして国家の銀行ならしめた(すくなくとも一時的に)、その方法はどんなものだったのでしょうか。



TAF - 連銀の期間競争入札制度

連銀、銀行救済のために、400億ドルの貸し出しを競争入札方式で行う

2007年12月21日

先週、連銀は、他行から資金を調達出来ない銀行を救済するために、400億ドルの短期貸し出しを競争入札方式で行いました。ここで救済されたのは、サブプライム危機によって、不良債権を抱えている恐れのある銀行です。

どの貸出先が、どの程度の不良債権なのか、これは誰にもわかりませんから、銀行はお互いに資金を融通しあうのを恐れるようになっています。この年の瀬に、自分のところの帳簿に潜む不良負債に足を引っ張られる事態は、どの銀行も避けたいのです。そこで、金融市場の流動性確保のために、連銀は、200億ドルの貸し出しの競争入札を、二度行いました。12月11日と20日です。(参照:連銀のプレスリリース。2007年12月12日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


これは貸し出しですから、このお金は連銀に返さなくてはいけないものです。ですから納税者の負担になるはずのないものです。もちろん、銀行がデフォルトしてしまえば、究極的には納税者が責任を取らなくてはいけなくなるかもしれません。セービングス・アンド・ローン危機の時がそうでした。あの時は納税者が1240億ドルを負担することになりました。

しかしそれ以上に、銀行がデフォルトしたとなれば、それは金融市場の機能の信頼性が大きく損なわれているというシグナルとなるかもしれません。そうなると、株式市場での下落を、さらには不況を引き起こしてしまうかもしれないのです。

そうさせないために、連銀は1月いっぱい、この競争入札を行う予定です。これで各銀行は、自分のところの帳簿上、どれが不良債権なのか、そしてどの程度の金額なのかを、整理する機会が得られるはずです。(参照:連銀のプレスリリース。2007年12月12日)

またこれによって、最近シティバンクやモルガン・スタンレーが行ったように、各銀行も、新たな融資を受ける機会を得るはずです。(参照:「シティ、アブダビファンドに株を売却」2007年11月27日、「モルガン・スタンレー、評価損を計上」2007年12月19日)


TARP - 銀行救済

TARPプログラム

2007年12月21日

定義:不良資産救済プログラム(TARP)は、2008年の10月に、7000億ドルにのぼる銀行救済法案の一部として生まれました。TARPは本来、逆オークションという仕組みを利用して、各銀行に、焦げ付いた不動産担保証券の販売価格を財務省に申し出る権利を与えるものでした。銀行側が、不動産担保証券ごとに売値を提案し、TARP側がその最安値を選んで買い取る、という手順です。しかし、財務省がお金を払いすぎる可能性もありましたし、銀行側も充分な価格では売れないのではないかと恐れたために、結局このプランは棚上げとなりました。

かわりに、財務省はTARP資金の1050億ドルを使って、次の8つの銀行の優先株式を買い取りました。バンク・オブ・ニューヨーク・メロン、ゴールドマン・サックス、J・P・モルガン、モルガン・スタンレー、バンク・オブ・アメリカ/メリル・リンチ、シティグループ、ウェルス・ファーゴ、ステイト・ストリートの8つです。この資本再注入プログラムは、各銀行に配当の5%を政府に支払うよう求め、さらに後にそれが9%まで上がることになっています。これは各銀行が株式を買い戻すことを促すためです。今後銀行の株価が上がるでしょうから、そこで政府は利益を得るわけです。

TARP資金は、

  • AIG(400億ドル)
  • 地方銀行(920億ドル)
  • 三大自動車メーカー(248億ドル)
  • シティグループとバンクオブアメリカ(450億ドル)

の優先株式の取得、または貸付のためにも使われました。

加えて、TARPから200億ドルが連銀のTALFプログラムに貸し出されました。しかし2008年、連邦議会ではTARPの7000億ドルの半分しか承認されませんでした。(財務省によると)残りは使われていません。

オバマ大統領は、各銀行に課税をし、TARPで失われるであろう1200億ドルから1410億ドルを、納税者に返還させようとしています。大統領は、銀行の活動の中でもリスクの高い活動から、10年を越える期間、徴税をしようと計画しています。これは銀行の日常的な業務に対する課税ではありませんが、(訳注:手数料の値上げなどで)利用者の負担になるかもしれません。(参照:「オバマ大統領、大銀行に課税かhttp://www.huffingtonpost.com/2010/01/13/too-big-to-fail-tax-obama_n_420358.html」)



TALF - クレジットカードなどの救済

ポールソン長官とバーナンキ議長、クレジットカードの貸し出し回復を狙う

2008年11月12日

財務省のヘンリー・ポールソン長官は、TARPプログラムの焦点を、時間のかかりすぎる焦げ付き不動産担保証券から、金融システムにもっと素早く資本を注入できる方法に移しています。この資本再注入プログラムでは、8つの大銀行に1150億ドルが注入されました。これらの銀行はわが国の金融資産のおよそ半分を所有しているのです。これを受けて、信用市場は緩和ぎみになり、LIBOR金利も下がりました。

ポールソン長官は、このプログラムで注入した資金は、民間のローンのレバレッジに使われるよう設計されており、さらに銀行以外の金融機関にも適用されるようになり、消費者信用市場の凍結の問題にも取り組んでいくものだ、と発表しました。クレジットカード、自動車ローン、学費ローンの1兆ドルの流通市場(訳注:既発債券が取り引きされる市場。(参照))が、現在停止状態です。この市場は本来、こういったローンの資金の40%を供給していました。そこで連銀は、この信用プログラムで財務省と協力することになるかもしれません。ポールソン長官は、プログラムの資金を規制外の金融機関に対して使うのを嫌がっています。つまり、自動車関連企業ですね。今年割り当てられたTARP資金3500億ドルのうち、残っているのは600億ドルだけなのです。

  • 400億ドルはAIGの優先株購入に充てられました。
  • 1250億ドルは、上位9大銀行の優先株購入に充てられました。
  • 1250億ドルは、全国の地域銀行の優先株購入に充てられました。

(参照:米国財務省、プレスリリース、2008年11月12日。AP通信、Dems see auto aid as Treasury shifts focus、2008年11月12日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


消費者のローンの流通市場を救済しなければ、多くのクレジットカード会社、自動車ローン会社がキャッシュフローに問題を抱えることになりかねません。そして、サーキット・シティ社のように破産に追い込まれるところも出てくるでしょう。加えて、クレジットカードローンが(住宅ローンがそうだったように)、審査がぐっと厳しくなって、消費者支出を締め付けることになるでしょう。



MMIFF - 短期金融市場の救済プログラム

連銀、金融市場救済のため、5400億ドルの貸し出し

2008年10月21日

連銀は、各MMF(訳注:短期社債等で運用する投資信託の一種。当座預金のように利用する個人、企業が多い。リーマン・ショックを受けて解約が殺到した)が一斉解約に耐えられるだけの現金をまかなえるように、5400億ドルを貸し出すと発表しました。8月以来、5000億ドル以上の資金がMMF市場から引き上げられています。これは、大変多くの企業が、当面の資金としてMMFに預けていたものです。銀行が貸し出しを渋っていたため、LIBOR金利が高どまりし、企業は資金をため込むようになっています。

連銀のMMF救済プログラム(MMIFF)は、JPモルガン・チェースによって管理・運用されることになりました。MMIFFは、返済期限が90日以内の譲渡性預金証書、コマーシャル・ペーパー(短期社債)などを6000億ドルまで買い取れることになっています。足りない600億ドルは、各MMF自身から調達される予定です。コマーシャル・ペーパーの一部をMMIFFから買い戻す義務があるのです。

9月19日、連銀は、資産保証付きコマーシャル・ペーパー短期金融市場相互ファンド流動性プログラム(ALMF)を作りました。この制度は、1228億ドルを銀行に貸しだし、各MMFからコマーシャル・ペーパーを買い上げさせるためのものです。10月15日の時点で、1228億ドル分の未払い債券がありました。9月21日には、財務省が各MMFの500億ドル分を保証すると発表しました。連銀がこの新しい買い取りプログラムを発表したことは、信用市場の一部がまだその機能を停止していることを示しています。(参照:連銀、プレスリリース、2008年10月21日。ブルームバーグ、Fed to provide $540 billion to aid money funds、2008年10月21日)




短期社債買取プログラム

連銀の1.7兆ドルの民間向けローン・プログラム、本日開始

2008年10月27日

連銀は今日から民間銀行になります。お金を貸してくれる銀行が見つからなかった企業の短期社債を1.7兆ドルまで買い上げることを約束したのです。金利は2%から4%になる見込みで、平時なら高めの金利ですが、最近のLIBOR金利からみると低い値です。連銀は先週、リスクが少ない企業の三ヶ月社債を購入する契約をすませています。モルガン・スタンレー、ジェネラル・エレクトリック社の金融部門、フォード自動車クレジット、GMAC LL社などです。

連銀は、10月7日、企業が営業を続けるのに充分なキャッシュフローを供給するために、このプログラムを発表しました。コマーシャル・ペーパーは、企業が賃金を支払ったり、毎日の請求書の支払いの際の資金源です。合衆国内のコマーシャル・ペーパーは1兆4500億ドルで、これは9月のはじめからみると、3500億ドル、20%も減ってしまっているのです。(参照:WSJ.com、IOU, Uncle Sam: Loans Start Today、2008年10月27日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


連銀のこのローンプログラムは、キャッシュフローが足りないせいで倒産する企業を減らすためのものです。ワシントン・ミューチュアル社がそのように経営破綻してしまいましたね。また、流動性の不足の問題がありましたから、このプログラムによって金利も低くなるはずです。何より重要なのは、これで1929年の大恐慌のような世界的規模の不況を防ぐことができそうだ、という点です。大恐慌は流動性の不足と、それによる破産の連鎖によって引き起こされました。



ゼロ金利政策

連銀、金利をほとんどゼロに

2008年12月17日

FOMC(訳注:連邦公開市場委員会。連銀の政策を決定する場)は、FF金利を大幅に低下させました。「0.25%から0の間」というもので、連銀史上もっとも低い金利です。これはつまり、連銀は金利のコントロールを失ったことを意味します。そして、連銀は経済を刺激して不況から脱出するために、手持ちのそのほかのツールを使っていくことになります。連銀のベン・バーナンキ議長は、焦げ付き不動産担保付き債券を買い上げる可能性もある、と述べています。これは、各銀行が再び貸し付けを行えるようにするための処置です。そして同時に、FOMCはディスカウント金利を0.5%に引き下げました。

連銀は、世界経済がより深刻な不況に落ち込まないようにするためには、素早く、アグレッシブに行動しつづけなくてはならないと考えています。

この秋、石油価格が下落していることから、連銀はインフレについては懸念していません。連銀のアクションは、拡張的金融政策でもって金融市場を下支えしていくという決意の、さらなるシグナルとなるでしょう。(参照:FOMCステートメント、2008年10月29日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


連銀の目標は、LIBOR金利を引き下げて、一つでも多くの住宅ローンのデフォルトを防ぎ、変動金利住宅ローンを支払い可能な水準に留めておくことです。連銀は今、最後の貸し手として振る舞っています。つまりこの場合、連銀がお金を貸し出す意志のある唯一の銀行である、ということです。連銀が発表した多くのプログラム、民間貸し出しプログラムやクレジットカードの返済困難な負債の買い取りは、まさに今動き出したばかりですから、効果があらわれるまでは今少し時間がかかります。



財務省による金融安定化プログラム

ガイトナー長官、2兆ドルの金融安定化プラン発表

2009年2月17日

財務省のティム・ガイトナー長官は、新たな金融安定化プランの一環として、銀行貸し出しを復活させるために2兆ドルを用意すると述べました。このプランの資金の半分は、焦げ付いた不動産担保付き債券を各銀行から買い上げるために使われます。ガイトナー長官によれば、5000億ドルは、新しく設立される官民投資プログラムで用いられます。これが1兆ドルまで拡張されるかもしれません。このプログラムは、民間の投資機関が焦げ付いた資産を買う際に資金を提供していくものです。

プランのもう半分は、連銀による消費者および企業向け融資イニシアティブです。このプログラムは連銀のTALFプログラムの拡張版です。TALFプログラムは、停止状態にあったクレジットカード、自動車ローン、学費ローンの1兆ドルの流通市場の救済策でした。通常ならば、こうしたローンの40%の資金を、民間セクターの市場が供給していました。

で、これがワタシに何か関係あるの?


ガイトナー長官が示したパッケージには、各銀行が持つ住宅ローンの抵当権執行を防ぐため、両プログラムから500億ドルの資金が供給されることも含まれています。銀行はローン契約を修正して、支払額を減らさなくてはいけません。

連邦政府のこのさらなる介入は、各銀行の焦げ付き資産をさらに1兆から2兆ドル減らすために必要なものです。これは、10年続く日本式の不況を防ぐために必要な策なのです。




LIBORとは何で、どうして高くなっていて、それが自分に何の関係があるのか?

2007年12月19日

読者からの質問です。
昨日、New York Timesの、LIBOR金利が多くの中央銀行の金利と矛盾している、という記事を読んで思ったのですが、LIBOR金利が元のままだったとしても、その影響がサブプライムの借り手だけでなくて中央銀行や民間の銀行にも及ぶことになっていたのでしょうか?
この質問にお答えするには、まず、LIBOR金利が何なのか、その仕組みと重要性を説明する必要がありますね。LIBORとは、London InterBank Offered Rateの頭文字です。これは、銀行がお互いに資金の貸し借りをする際の金利の、世界的な目安なのです。合衆国の場合、連銀が決めるFF金利が通常、LIBOR金利とかけ離れないようになっています。

2007年の銀行の流動性危機の結果、各銀行はお互いに資金を貸し出すのを恐れるようになりました。そのためにLIBOR金利がFF金利と関係なく上昇してしまったのです。連銀は、各銀行が資金の貸し借りを再開できるようにLIBOR金利を下げようと試みています。ですが連銀の思惑通りには行っていないのが現状です。実のところ、金融市場の安定化が実現しない限り、LIBOR金利は、FF金利との仲むつまじい日常には戻ってこないかもしれません。(参照:Fed Governor Kroszner Says Credit Crisis May Not Be Over、2007年10月22日)

で、これがワタシに何か関係あるの?


変動金利の住宅ローンの多く、そしてクレジットカードの金利は、LIBORをベースに決められています。金利が変更されるときにLIBORが高いと、月々の支払額も高くなります。こういうタイプの融資を受けていれば、こうして家計がきつくなっていくんですね。このような融資を受けていないとか、クレジットカードの支払いは毎月全額払っているという場合でも、LIBORが高ければ経済の中の流動性が下がってしまいます。これが来年2008年に不況の引き金を引いてしまう可能性があるのです。




量的緩和って何?


イントロダクション


連邦準備銀行(連銀)は、経済のパフォーマンスと金融市場に対してますます積極的な役割を担うようになっています。またそのための道具もたくさん持ち合わせています。その中でも一番知られた道具が、短期金利を変更する能力です。これによって経済のトレンドと、満期に関わらずすべての債券の利回りの水準に影響を与えるのです。中央銀行が経済成長を刺激したいと考えた場合、低金利政策を実施します。逆にインフレを抑えたいときは金利を高く維持します。しかし近年、このアプローチが問題に直面しているのです。連銀は金利を事実上のゼロにまで下げきってしまったのです。つまり、もはや連銀は、金利政策で経済成長を刺激する能力を持っていません。この問題にせっつかれる形で、連銀は武器庫に別の武器を探しにいきました。それが量的緩和です。

量的緩和、その基礎


まず、量的緩和の意図とはどんなものか考えていきましょう。連銀(あるいはどこの中央銀行でもかまいませんが)は、お金を作り出して、債券やその他の金融資産を各銀行から買い上げることで、量的緩和を実施します。こうして各銀行では、貸し出しに使える現金が増えるわけです。貸し出しが勢いよく増えると、回り回って、資金調達が上手く行きやすくなるはずですね──たとえば、新しいオフィスビルの建設計画の資金などです。こういった計画によって、人々が仕事に就くことができますから、そうして経済の成長につながっていくのです。加えて、連銀が買い上げることで債券の供給が減り値段が上がりますから、利回りが下がります。利回りが下がると、回り回って、借り手のコストが下がり、経済が拡大していく燃料を注ぎ込むことになるのです。

これが、量的緩和というアイディアが、少なくとも理論上は上手くいく仕組みです。しかし現実には、銀行は増えた現金を貸し出さなきゃいけないわけではないのです。もし銀行が貸し渋っていたり、いまいち投資活動に自信がないという状態であったら(2008年の金融危機以降のここ数年がまさにそういう状態でしたが)、マネーサプライが多くても、連銀が想定していた通りの成長のエンジンとはならないかもしれません。

QE1とQE2

(訳注:量的緩和は英語でQuantitaitive EasingなのでQE)
2008年の金融危機のさなか、経済の低成長と高い失業率のために、連銀は、2008年の11月から2010年の6月までの期間、量的緩和政策を行うことで経済を刺激せざるを得なくなりました。この政策プログラムが終了したその直後、低成長、ヨーロッパの債務危機の勃興、そして金融市場の新たなる不安定という形で問題が表面化してきました。連銀は、量的緩和政策の第二ラウンド、QE2に突入していきます。これには6000億ドル分の短期債券の買い入れが含まれていました。QE2は、2010年の11月から2011年の6月まで行われ、金融市場で激論を引き起こしましたが、しっかりとした経済成長を生み出すことはありませんでした。QE1の場合と同様、QE2が終了したあとも、物足りない経済指標とパッとしない株式市場のパフォーマンスが続いただけでした。市場はすぐに、量的緩和の次のラウンドを期待するようになりました。これがQE3と呼ばれているんですね。

この20年の間、量的緩和は、日本銀行、イングランド銀行、そしてヨーロッパ中央銀行で採用されています。

量的緩和への反論


連銀のQEプログラムには、政治的な立場を越えて激しい批判があります。量的緩和への反論の中には、

  • QEは経済よりも銀行を救済しているだけだ。銀行は、貸し出しを積極的に増やすよりも、現金を「キープ」することで自分のところのバランスシートを強化することを選べるのだから。

  • お金を生み出すことで、連銀は外国の通貨に対するドルの競争力を削いでいる。(需要と供給ですね。需要が一定であるとして、ドルの供給が多いほど、その値段が下がっていきます。この場合、一ドルで買える外国通貨の「量」が少なくなる、ということです。)

  • マネーサプライの増加はインフレを生み出す。連銀の政策の実施と、その影響が経済に反映されるのにはズレがあるから、インフレが抑えられないほど急激に進むかもしれない。

  • ドルの大供給が、ゆっくりと増えている財の供給に追いつくとき、量的緩和は資産価格の「バブル」を生み出す。実際、量的緩和政策の後には、コモディティ価格の急激な上昇があり、消費者物価を押し上げた。


これらの批判によって、普通ではありえないような反対運動連合が形成されています。ロン・ポール氏のような保守派から、「ウォールストリートを占拠せよ運動」まで量的緩和に反対しています。「連銀をお払い箱に」というかけ声は、量的緩和政策が始まる頃にはすでに相当大きなものになっていました。しかし同時に量的緩和政策は、金融危機に続く深刻な不況から世界経済が立ち直るのに役だったのだと認められてもいるのです。

QE3はあるのか?


2012年の6月時点では、連銀が量的緩和をもう一度実施する可能性はかなり高くなっています。さまざまな機会を通じて、連銀のベンジャミン・バーナンキ議長は、条件がそろえば米国経済にさらにお金を注ぎ込んでいくことをハッキリと述べています。さらなる量的緩和の実施の引き金となりそうな出来事といえば、米国経済が再び不調になるとか、ヨーロッパの債務危機が悪化するとか、合衆国の政治家が年度末を迎えるまえに「財政タイムリミット(fiscal cliff)」に対処できなかった場合などでしょう。

(訳注:財政タイムリミット(fiscal cliff: 財政の崖)とは、2013年度から各種の増税が実施されることになっていて、それが不況の引き金となるかもしれない、という懸念のこと。今年度中に議会が妥協策をまとめなければ、数千億ドル規模の増税が実施されてしまう)

連銀はまた、「オペレーション・ツイスト」という政策も実施してきました。これはお金を刷らずに経済を刺激するよう設計された政策です。これについては私の「オペレーション・ツイストとは何か?」という記事をみてください。



オペレーション・ツイストとは何か?


「オペレーション・ツイスト」は、2011年後半から、連邦準備銀行(連銀)の指揮で行われる、経済の活性化を狙った政策プログラムです。連銀の主導で長期国債を買い上げ、同時に短期国債の一部を売る政策のニックネームがオペレーション・ツイストで、過去に実施されたことのある政策です。この「オペレーション・ツイスト」という言葉が最初に使われたのは1961年です。チャビー・チェッカーの歌にも出てくる言葉で、連銀はこの時と似た政策を試みたのです。

オペレーション・ツイストは、大きく二つの部分からなります。一つは2011年の9月から2012年の6月までの期間実施され、連銀の資産の4000億ドル分が転換されます。二つ目は、2012年7月から同年の12月まで実施され、総額で2670億ドル分になる予定です。連銀は、オペレーション・ツイストの後半は、依然低成長のままである米国経済への対策であると発表しました。

何でツイストなの?


この政策のアイディアはつまり、連銀が長期の債券を購入することで、債券の価格を上昇させ、金利を下げることができる、というものです(債券の価格と金利は正反対に動きますからね)。そして同時に短期の債券を売ることで、金利があがることになります(価格が落ちるでしょうから)。このプログラムは、買いと売りの二つのアクションを組み合わせると、イールド・カーブ(訳注:債券の利回り曲線)が「ツイスト」するところからつけられたのです。

連銀はどうして長期国債の金利を下げたいの?


長期金利が低下すると、家を買おう、車を買おう、事業の計画を進めようとする人たちにとってローンが払いやすくなりますから、これによって経済成長が促進されると見込まれているのです。

オペレーション・ツイストの前に連銀は何かしたの?


オペレーション・ツイストは、2008年の金融危機に対応して連銀が行った大政策シリーズの三つ目です。最初はまず、短期金利を事実上のゼロ金利にまで下げました。これによってわれらが中央銀行は、経済成長を狙ってこれ以上金利を切り下げることができなくなりました。そこで打った次の手が、量的緩和です。これは、より長期の米国債と不動産担保付き証券を公開市場から買い上げることで、長期金利を下げようという試みでした。連銀は量的緩和政策を2ラウンド行い、市場関係者はこれを「QE1」と「QE2」と呼んでいます。2011年の夏、QE2の直後に、わが国の経済は再び失速する様相を呈してきました。すぐさまQE3を発動するよりも、連銀はまずこのオペレーション・ツイストを発表したのです。

オペレーション・ツイストの反応はどんなものだったの?


この政策プログラムのちゃんとした発表に先だって、長期金利は、政策の実施の期待を反映し始めました。そういう意味では、この政策は短いスパンでは目的を達したといえるでしょう。しかし、長いスパンで見ると、まだ判決は出せません。1961年版のオペレーション・ツイストの研究では、米国債の金利は0.15パーセントポイントしか下がりませんでした。そして住宅ローン金利と企業の借り入れ金利にもほとんど影響がありませんでした。

金融関係者の中では、オペレーション・ツイストには経済を好転させたり、失業率を下げる力は無い、と見られています。ブルームバーグは42人の経済学者にアンケートを行い、その61%がこのプログラムには効果が無いだろうと答え、15%が景気回復の妨げにさえなる、と答えています。実際に、金融危機のどん底からオペレーション・ツイストの開始までの3年間、連銀の数々の政策にも関わらず、経済は停滞したままで、失業率は高止まりしています。これは、連銀による超低金利政策のもとでも、ローンの需要が低いままであることを意味します。

この政策への反応は、USAトゥデイに載ったワシントン大学のグレン・マクドナルド経済学教授の言葉が一言でよく表していると思います。教授はオペレーション・ツイストをして「大きないびき」と呼んだのでした。





訳してみて


連銀っていろいろやってたんだなあ、というのが訳してみた感想です。非伝統的な金融政策への非難はいろいろありますが、これだけやってデフレにならず、ハイパーインフレにもならず、経済は(日本よりは)成長し、失業率は理想的とは行かないけれど改善したんですから、これだけの手を打たなければもっとヒドいことになっていた、と考えていいんじゃないでしょうか。

いや、連銀が企業を救済しなければ今頃もっと景気は良くなっていたはずだ、という主張もありえますが、日本の現状を見ると、なかなか度胸のいる発言ではあります。

連銀はその後インフレターゲットを導入するわけですが、やはりこれだけいろいろ手を打った後だと、人々の物価予想にも良く効くんじゃないでしょうか。現に、連銀の掲げた2%という目標値はすでに長い間達成され続けてきた数値です。今後連銀がこの目標値を大きくはずすと考える材料がないわけですね。

そう考えると、連銀のインタゲは、ここ十年でほとんど達成したことのない目標値を掲げた日銀とは説得力が違います。方法も、意気込みすらも示さず、かつてほとんど達成できていない目標値を掲げるというのは、無責任でなくてなんというんでしょうかね。

cover
円のゆくえを問いなおす
実証的・歴史的に見た
日本経済
片岡剛士
日銀の政策の評価については、これはもう片岡剛士著『円のゆくえを問いなおす』を読んでもらうのが一番でしょう。日銀の政策に何が欠けているのか、そこが本当に丁寧に、そして詳しくデータに沿って解説されています。このデフレ、円高、不況が、究極的には日本人の不勉強から来ているのがよくわかると思います(反省)。

さて、連銀のバーナンキ議長は、QE3の具体的な話は避けつつも、「追加措置を講じる用意がある」と表明しています(参照)。ヨーロッパの債務危機の先行きが危ぶまれる中、日本人の経済生活をあずかるわれらが日本銀行は、危急の事態に備えて何かしているんでしょうか。日銀の方針が、専門家にしかわからない記事や観測気球的な記事ではなく、堂々のステートメントとして新聞に載るような日々が訪れることを願ってやみません。


2012年7月14日土曜日

かの国の名に心胆寒からしめるの巻


お隣の国の名は中国ですが、これは当然中華人民共和国の略、あるいは世界の中心という意味での中国なわけです。従前は支那と呼んでいたけど今はそれはダメだ、ということになっているというのも、もうおなじみのところですね。

支那と英単語のchinaの根っこは同じで秦なのだ、というのもやっぱりおなじみのお話。ホントかどうか、僕は知りません。

僕は中国語はさっぱりなんだけど、こんな英語の記事を見かけたのでご紹介。(元記事のコメント欄でいきなり支那だの空海だのが出てきて驚いちゃうんですが、なんと英語のWikipediaに支那が立項されているんですね。支那そば、シナチクにまで言及してます。)


中国の(ったってその国土同様広大でしょうが)ネットで、ちょっとしたジョークがある由。英語のchinaを、中国語でどう表記するのか、というジョーク。日本語で、clubを倶楽部と書くみたいなことで、chinaという英単語の「音」を漢字でどう表現しましょうか、ということです。

独身の男性なら、妻哪でchinaだよね、となるんだそうで、妻はまあそのままですが、哪は「どこに」という意味だそうです。つまり嫁さんどこだ? なわけですが、ま、音のほうは qīnǎ となるそうで、四声とかちんぷんかんぷんですが、chinaと似てる、という程のことなんでしょう。

元記事には、女たらしの場合「妾哪」(愛人どこだ?)、役人の場合「权哪(权は権)」(権力どこだ?)などにつづいて、最後に、そりゃウチの政府に言わせれば拆哪と書いてchinaだよ、どっとはらい、という落ちです。拆哪でもチャイナ、という発音(あるいはそれに近い音)になるんだそうです。

改訂版の新字源を見ると、拆(タク・セキ)は手と斧でうつ動作と音を表しているとのこと。手で裂く、ぶちこわす、tear downといった意味です。哪は「どこを?」でしたから、つまりこのジョークは、政府が何の前振りもなしに、人が住んでいる建物を勝手にこわしちゃう、その標的を探しまわっていることをネタにしているわけですね。

え? 中国政府ってそんなことするの? いやー、おっかないですなあ。という表題なのでした。

2012年7月3日火曜日

[訳してみた] デフレとは何で、どうすれば防げるのか

About.comというところに、デフレについての基本的な解説があったので訳してみました。経済学関連翻訳ブログ『道草』にはとても載りそうにない初歩的な解説です。これであなたも道草を読みこなせる! といきますかどうか。

解説の執筆者はMike Moffattさん。カナダの経済学の先生だそうですが、現在はAbout.comの記者さんではないようです。(About.comのプロフィール)(wikipediaのページ

この解説を読むと、毎度おなじみの「日銀はすでに金融緩和を行っていて、市中の銀行はお金がジャブジャブになっているのでこれ以上は意味がない」という主張のナンセンスさがよくわかると思います。

では本文をどうぞ。まずはMoffatt先生への質問のメールからはじまります。

原文はAbout.comのWhat Is Deflation and How Can it Be Prevented?です。(リンク) 記事に日付がないので書かれた正確な時期は不明ですが、2002年の年末以降のようです。


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(翻訳はじめ)


デフレとは何で、どうすれば防げるのか

お金を刷ってデフレを克服する




Q:今メディアで、デフレになるんじゃないかというのが話題です。デフレが何なのかということと、デフレになったらどんな面倒が起こるかということは知ってるつもりです。で、政府がお金を刷るとインフレになるんだったよな、とも思うんです。ということは、この二つを「事実」から言って、デフレを防ぎたいなら、政府がお金を刷ればいいだけなんじゃないのか、と、こう思うわけです。(なんて単純おバカなデフレ対策でしょう!)

お金を刷ることというのは、何かお金を刷る以上の問題があるんでしょうか? 刷ったお金を出回らせるのは、連銀が債券を買うことで、その代金が経済に注入されるということですよね? 一体どんな理屈でお金を刷るとインフレになるんでしょうか? そうやってデフレを解消することは、現在の低金利にも影響を与えるんでしょうか? 与える(あるいは与えない)としたらどうしてでしょうか?

A:デフレは2001年ごろから話題になってきましたね。そしてデフレ懸念は当面消えそうにありません。まずは、ご質問ありがとうございました。

デフレとはなにか?

当サイトの経済用語辞典によると、デフレーションとは、「物価の低下が持続すること。インフレーションの対義語。インフレ率(計測法方は複数ある)がマイナスの場合、その経済はデフレ期である。」とあります。そして『なぜお金には価値があるの?(Why does money have value?)』という記事では、お金の価値が商品よりも相対的に低くなったときに、インフレが起きると説明しています。ですから、デフレは単純にその逆の場合に起きるのです。つまり一定期間、ある経済圏のなかで、お金の価値が、商品よりも相対的に高くなった場合です。その記事のロジックにしたがえば、デフレは以下の四つの要素が組み合わさって起きると考えられます。

  1. お金の供給量が減った
  2. 商品の供給量が増えた
  3. お金に対する需要が増えた
  4. 商品に対する需要が減った

デフレは一般的には、商品の供給がお金の供給よりも大きくなったときに起こります。上の四つの要素を満たしていますね。この四つの要素は、なぜ価格の上がる商品と下がる商品があるのかを上手く説明しています。パーソナルコンピューターの価格は、この15年間でどんどん下がってきました。これは、技術の進歩によって、PCの供給がお金の供給を上回ってきたからです。1980年代には、1950年代の野球カードが急激に値上がりしました。これは野球カードの需要が増大したことと、野球カードとお金の供給量が基本的に変わらなかったことによります。ということで、デフレが心配ならお金の量を増やせばいいじゃない、というご提案は、上の四要素をみた限りでは、ナイスですね。

そこで連銀はお金の供給量を増やすべきだ、と結論づける前に、デフレの害がホントはどの程度のものなのか、そして、連銀はお金の量を変えることができるのか、そこをハッキリさせておきましょう。まずは、デフレによって引き起こされる問題のほうを見ていきましょう。 たいていの経済学者は、デフレを経済の病気であると見なすこと、そして、別の病気の一症状だとみなすこと、このどちらにも同意するはずです。『デフレーション:そのメリット、デメリット、そしてその厄介なところ(Deflation: The Good, The Bad and The Ugly)』という記事の中で、キャピタリズム・マガジン(Capitalism Magazine)のドン・ラスキンさんは、ジェイムス・ポールソンさん(訳注:証券会社のエコノミスト)の「良いデフレ」と「悪いデフレ」という区別を検証しています。ポールソンさんのこの分類は、明らかに、彼がデフレを、別の経済上の変化による症状と見なしていることを示していますね。ポールソンさんによれば「良いデフレ」は、企業が「コスト削減と効率性の向上を追求した結果、商品をどんどん安い価格でコンスタントに作れるようになる」ときに起こるといいます。これはまさに、先ほどのデフレを引き起こす四つの要素の二番目、「商品の供給量が増えた」に相当しますね。ポールソンさんは、これが「GDPの成長を力強くし、利益の成長を大きくのばし、しかもインフレにせずに失業率を低くできる」ので「良いデフレ」なのだ、としています。

「悪いデフレ」のほうはもっと定義の難しいコンセプトです。ポールソンさんはシンプルに、「悪いデフレとは、販売価格のインフレ傾向が低いにも関わらず、企業がもうコスト削減や効率性の改善を続けられないときに起こる」としています。ラスキンさんも私も、この考え方はちょっと受け入れられません。このような説明は、物事の一面でしかないと思うのです。ラスキンさんは、悪いデフレは実際には「一国の中央銀行による、その国の会計通貨単位の再評価」なのだ、と結論づけています。これは煎じ詰めて言えば先ほどの4要素の一番目、「お金の量が減った」にあたります。ということで、「悪いデフレ」はお金の量が相対的に減ったことで起き、「良いデフレ」は商品の量が相対的に増えたことで起きる、というわけです。

と、このような説明には、根本的に欠陥があるのです。というのも、デフレは「相対的な」変化によって引き起こされるものだからです。ある年の商品の供給量が10%増え、お金の供給量は3%しか増えなかったら、デフレになりますね。ではこれは「良いデフレ」でしょうか、それとも「悪いデフレ」でしょうか? 商品の供給が増えているんですから、「良いデフレ」なんですけど、中央銀行のお金の供給がそれに追いついていないのですから、「悪いデフレ」でもあるはずです。「商品」なのか「お金」なのかを問うのは、「両手をパチンと合わせたとき、音を鳴らしたのは右手か左手か」と問うようなものです。「商品の量が急速に増えた」とか「お金の量の増え方が遅すぎる」という表現は、根っこでは同じことなのです。だって商品とお金をつきあわせて比べてるんですから。なので、「良いデフレ」と「悪いデフレ」という用語にはもうお引き取りを願うべきでしょう。

デフレを病と見なすこと、最近ではこちらのほうが経済学者の同意を得やすいでしょう。ラスキンさんは、デフレの真の問題は、商売上の取引関係をぶちこわすことにある、と言っています。「お金の借り手から見れば、契約上支払うべきローンの購買力が大きくなっていき、同時に、ローンで購入した資産が名目価格で減少し始める。貸し手から見れば、デフレ下では借り手がローンによって破産する確率が上がる」としています。

ノムラ・セキュリティーズのエコノミスト、コリン・アッシャーさんはRadio Free Europe(訳注:該当するページが見つからなかったので、ホームページにリンクしておきました)で、デフレの問題は、「デフレになると、衰退の連鎖反応がおきることににあります。企業の利益が少なくなるので、人を雇わなくなります。すると、人々はお金をあまり使わないようにしようと考えるようになり、それを受けて、企業の利益がさらに減ります。これらすべてが、衰退の連鎖となっていくのです。」と述べています。さらにデフレには心理的な作用もあり、「人々の心理に深く根ざし、自己増殖していきます。消費者は車や家といった高価な商品をあきらめるようになるのです。だって将来値下がりすることが分かっているんですから」とも。 CNNマネーのマーク・ゴングロフさんも同様の意見です。ゴングロフさんによれば「人々にモノを買う意志が無い状態で価格が下落していると、消費者が購入を延期する悪循環につながります。モノが今後もっと安くなるって皆知っているわけですからね。すると、企業は利益を上げられなくなったり、借金を払えなくなったりします。そうなれば、生産や雇用を縮小させます。するとさらに商品への需要が低下し、さらなる低価格につながっていくのです。」

デフレについて一家言ある経済学者全員にアンケートをとったわけではありませんが、デフレについてのざっくりとしたコンセンサスがどんなものなのかは、なんとなく分かっていただけたのではないでしょうか。

さらに見逃されがちな心理的要素として、ほとんどの労働者は自分の賃金を名目値でみている、という点があります。広く一般の物価が下がっているのだから、賃金だって下がっているはずなんだけど……、というところにもデフレの問題があります。現実には、賃金は下がる方向にたいしてはかなり「べたついて」下がりにくいのです。物価が3%上がり、社員の賃金も3%上がれば、大まかにいって、上る前と何も変わっていません。これは、物価が2%下がって、社員の賃金が2%カットされたときでも同じです。しかし、社員が賃金を名目でみていた場合、3%増えたほうが、2%減るのよりもうれしいはずです。低めのインフレが起きていれば、産業内で賃金の調整をするのは簡単ですが、デフレは労働市場の硬直を引き起こします。この硬直はやがて、労働力の活用という点で非効率を引き起こし、経済成長を鈍化させます。

さて、ここまでデフレが望ましくない理由をいくつか見てきました。今こそ「デフレ対策として何ができるか」と問わねばなりません。初めの四つの要素のうち、一番コントロールが簡単なのが、一番目の「お金の供給量」です。お金の供給量を増やすことで、インフレ率を引き上げることができますから、そうしてデフレを防げばいいのです。

なぜこれが上手くいくのかというのを理解するためには、まずお金の供給量(以下マネーサプライ)の定義を知る必要がありますね。マネーサプライというのは、みなさんのお財布に入っているお札やコインことだけではありません。経済学者のアンナ・J・シュウォーツさんによれば、マネーサプライの定義は以下のようになります。

「合衆国のマネーサプライは、通貨(連邦準備制度と財務省によって発行されるドル紙幣とコイン)と、民間の銀行とそのほか信用組合、貯蓄貸付組合などの金融機関に一般の人々が預けている種々の預金で構成される。」

そして、経済学者がマネーサプライを調べる時に使う基準は、大きくいって三つに分かれます。


M1:お金の交換媒介としての機能に絞った小さめの計測基準
M2:お金の価値保蔵の機能も含めたちょっと広めの計測基準
M3:お金の代替物と見なされるような金融商品も含めたかなり大きめな計測基準 

(訳注:見やすくするために書式を変えています。文はそのままです。)」

連銀には、マネーサプライを変化させるために自由に使える手段がいくつもあります。そうしてインフレ率を上げたり下げたりしているんです。連銀がインフレ率を変化させるために一番よく使う手は、金利の操作です。連銀が金利を変化させることで、マネーサプライも変化するのです。仮に、連銀が金利を下げようと考えているとしましょう。これは、代金を支払って国債を買い入れることで実現できます。債券を市場から買うことで、債券の供給量が減りますね? するとその債券の価格が上昇し、金利が下がるのです。債券の価格と金利の関係は、私の『配当税カットと金利(Dividend Tax Cut and Interest Rates)』という記事の三ページ目で説明してあります。連銀が金利を下げたいと考えたとき、連銀は国債を購入し、そうすることでお金を市場に注入します。債券を受け取るには、持ち主さんにお金を渡さなくてはいけませんからね。このように、連銀は、国債を買って金利を低下させることで、マネーサプライを増やすことができるのです。逆に、国債を売って金利を上げて、マネーサプライを減らすこともできます。

金利の操作は、インフレ率を下げたり、デフレを防ぐ際に普通に使われる手段です。CNNマネーのゴングロフさんは、連銀の研究を参照して、「一例ですが、日本のデフレは、1991年から1995年の間に日本銀行が、金利をもう2%低くするだけで防げていたでしょう」と言っています。コリン・アッシャーさんは、金利があまりに低すぎて、この方法でデフレをコントロールすることができなくなる場合もある、と指摘しています。まさに日本が現在そのような状況で、金利は事実上ゼロになっています。金利の操作は、状況がそろっていれば、マネーサプライを変化させてデフレを抑える手段として有効だ、ということですね。

ついに大本の質問にたどり着きました。「お金を刷ることというのは、何かお金を刷る以上の問題があるんでしょうか? 刷ったお金を出回らせるのは、連銀が債券を買うことで、その代金が経済に注入されるということですよね?」そう、それこそ今見てきたことなのです。連銀が国債を買うためのお金だって、どこかからやってきたお金のはずですよね? 通常、公開市場操作(訳注:中央銀行が市場で国債を売買すること)をする際、連銀は単にお金を無から生み出して使っているのです。ということで、経済学者が「お金をもっと刷る」「連銀が金利を下げる」と言う場合、たいていそれは同じ事を指しています。日本のように、金利がすでにゼロになってしまっている場合は、もうそれ以上何かできる余地というのはほとんどありません。ですからこの方法でデフレと闘ってもあまり上手くいかないでしょう。幸い、合衆国の金利は日本ほど低くありませんけどね。

さて、来週は、マネーサプライを変化させるための、他にもよく使われる方法を見ていきましょう。合衆国も今後、デフレと闘っていくためにそういった手段も検討していく必要が出てくるかもしれません。

(翻訳おわり)
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さて、「お金ジャブジャブ説」の問題点がおわかりでしょうか。そうです、デフレじゃん! ということですね。お金がジャブジャブだろうが、大蔵省がしゃぶしゃぶだろうが、今日本はデフレなんです。デフレにはこの解説にあるような大きな害があるんですから、ゼロ金利だから何もしない、などという選択肢なんて本来あるはずもないのです。「お金ジャブジャブ説」はまるで、船は絶賛沈没中だけど、バケツで水をくみ出してるからもう何もしない、と言っているようなもの。いや、沈んでるから! ものすごく! どうしてこんな主張が大手メディアに乗り続けているんでしょうか?

最後に、来週はそのほかのデフレ対策を、とMoffatt先生が書いてますけど、その記事が見あたらないんですよね。ということで、手前味噌ではありますが、当ブログの過去記事から、デフレ対策を扱ったものをご紹介しましょう。

勝間和代のBook Loversを聴いた その1
勝間和代のBook Loversを聴いた その2

飯田泰之×宮崎哲弥 トークセッションに行ってきた


どれも長いですけど対談です。ちょいと覗いてみてください。

追記
7月6日:ツイッターで@maedaさんからご指摘をいただきました。ありがとうございます。「会計通過単位」と「債権」を「会計通貨単位」と「債券」に改めました。

7月13日:Wikipediaによりますと、「2000年8月の時点では、消費者物価は前年比で下落を続けており、政府は物価が持続的に下落するデフレが続いているとして、ゼロ金利政策の解除に反対する姿勢を見せた。しかし、日銀は物価の下落を良いデフレとして問題ではないとする立場をとった。」(参照)とのこと。さらに昨年の段階で与謝野馨経済財政担当大臣(当時)は、「(略)1%そこらの物価の下落というのは、物価上昇に比べて、むしろ望ましい姿であるかもしれないし、もしかしたら生産性が高まっている所以かもしれないというので、あまりデフレを強調し過ぎて、デフレだ、デフレだと言って自己暗示にかかる経済というのはあまり良くない議論だと私個人は思っています。」(参照)とのこと。さて2012年、日本は良いデフレ論を乗り越えることができるんでしょうか。嘆息。