2012年7月3日火曜日

[訳してみた] デフレとは何で、どうすれば防げるのか

About.comというところに、デフレについての基本的な解説があったので訳してみました。経済学関連翻訳ブログ『道草』にはとても載りそうにない初歩的な解説です。これであなたも道草を読みこなせる! といきますかどうか。

解説の執筆者はMike Moffattさん。カナダの経済学の先生だそうですが、現在はAbout.comの記者さんではないようです。(About.comのプロフィール)(wikipediaのページ

この解説を読むと、毎度おなじみの「日銀はすでに金融緩和を行っていて、市中の銀行はお金がジャブジャブになっているのでこれ以上は意味がない」という主張のナンセンスさがよくわかると思います。

では本文をどうぞ。まずはMoffatt先生への質問のメールからはじまります。

原文はAbout.comのWhat Is Deflation and How Can it Be Prevented?です。(リンク) 記事に日付がないので書かれた正確な時期は不明ですが、2002年の年末以降のようです。


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(翻訳はじめ)


デフレとは何で、どうすれば防げるのか

お金を刷ってデフレを克服する




Q:今メディアで、デフレになるんじゃないかというのが話題です。デフレが何なのかということと、デフレになったらどんな面倒が起こるかということは知ってるつもりです。で、政府がお金を刷るとインフレになるんだったよな、とも思うんです。ということは、この二つを「事実」から言って、デフレを防ぎたいなら、政府がお金を刷ればいいだけなんじゃないのか、と、こう思うわけです。(なんて単純おバカなデフレ対策でしょう!)

お金を刷ることというのは、何かお金を刷る以上の問題があるんでしょうか? 刷ったお金を出回らせるのは、連銀が債券を買うことで、その代金が経済に注入されるということですよね? 一体どんな理屈でお金を刷るとインフレになるんでしょうか? そうやってデフレを解消することは、現在の低金利にも影響を与えるんでしょうか? 与える(あるいは与えない)としたらどうしてでしょうか?

A:デフレは2001年ごろから話題になってきましたね。そしてデフレ懸念は当面消えそうにありません。まずは、ご質問ありがとうございました。

デフレとはなにか?

当サイトの経済用語辞典によると、デフレーションとは、「物価の低下が持続すること。インフレーションの対義語。インフレ率(計測法方は複数ある)がマイナスの場合、その経済はデフレ期である。」とあります。そして『なぜお金には価値があるの?(Why does money have value?)』という記事では、お金の価値が商品よりも相対的に低くなったときに、インフレが起きると説明しています。ですから、デフレは単純にその逆の場合に起きるのです。つまり一定期間、ある経済圏のなかで、お金の価値が、商品よりも相対的に高くなった場合です。その記事のロジックにしたがえば、デフレは以下の四つの要素が組み合わさって起きると考えられます。

  1. お金の供給量が減った
  2. 商品の供給量が増えた
  3. お金に対する需要が増えた
  4. 商品に対する需要が減った

デフレは一般的には、商品の供給がお金の供給よりも大きくなったときに起こります。上の四つの要素を満たしていますね。この四つの要素は、なぜ価格の上がる商品と下がる商品があるのかを上手く説明しています。パーソナルコンピューターの価格は、この15年間でどんどん下がってきました。これは、技術の進歩によって、PCの供給がお金の供給を上回ってきたからです。1980年代には、1950年代の野球カードが急激に値上がりしました。これは野球カードの需要が増大したことと、野球カードとお金の供給量が基本的に変わらなかったことによります。ということで、デフレが心配ならお金の量を増やせばいいじゃない、というご提案は、上の四要素をみた限りでは、ナイスですね。

そこで連銀はお金の供給量を増やすべきだ、と結論づける前に、デフレの害がホントはどの程度のものなのか、そして、連銀はお金の量を変えることができるのか、そこをハッキリさせておきましょう。まずは、デフレによって引き起こされる問題のほうを見ていきましょう。 たいていの経済学者は、デフレを経済の病気であると見なすこと、そして、別の病気の一症状だとみなすこと、このどちらにも同意するはずです。『デフレーション:そのメリット、デメリット、そしてその厄介なところ(Deflation: The Good, The Bad and The Ugly)』という記事の中で、キャピタリズム・マガジン(Capitalism Magazine)のドン・ラスキンさんは、ジェイムス・ポールソンさん(訳注:証券会社のエコノミスト)の「良いデフレ」と「悪いデフレ」という区別を検証しています。ポールソンさんのこの分類は、明らかに、彼がデフレを、別の経済上の変化による症状と見なしていることを示していますね。ポールソンさんによれば「良いデフレ」は、企業が「コスト削減と効率性の向上を追求した結果、商品をどんどん安い価格でコンスタントに作れるようになる」ときに起こるといいます。これはまさに、先ほどのデフレを引き起こす四つの要素の二番目、「商品の供給量が増えた」に相当しますね。ポールソンさんは、これが「GDPの成長を力強くし、利益の成長を大きくのばし、しかもインフレにせずに失業率を低くできる」ので「良いデフレ」なのだ、としています。

「悪いデフレ」のほうはもっと定義の難しいコンセプトです。ポールソンさんはシンプルに、「悪いデフレとは、販売価格のインフレ傾向が低いにも関わらず、企業がもうコスト削減や効率性の改善を続けられないときに起こる」としています。ラスキンさんも私も、この考え方はちょっと受け入れられません。このような説明は、物事の一面でしかないと思うのです。ラスキンさんは、悪いデフレは実際には「一国の中央銀行による、その国の会計通貨単位の再評価」なのだ、と結論づけています。これは煎じ詰めて言えば先ほどの4要素の一番目、「お金の量が減った」にあたります。ということで、「悪いデフレ」はお金の量が相対的に減ったことで起き、「良いデフレ」は商品の量が相対的に増えたことで起きる、というわけです。

と、このような説明には、根本的に欠陥があるのです。というのも、デフレは「相対的な」変化によって引き起こされるものだからです。ある年の商品の供給量が10%増え、お金の供給量は3%しか増えなかったら、デフレになりますね。ではこれは「良いデフレ」でしょうか、それとも「悪いデフレ」でしょうか? 商品の供給が増えているんですから、「良いデフレ」なんですけど、中央銀行のお金の供給がそれに追いついていないのですから、「悪いデフレ」でもあるはずです。「商品」なのか「お金」なのかを問うのは、「両手をパチンと合わせたとき、音を鳴らしたのは右手か左手か」と問うようなものです。「商品の量が急速に増えた」とか「お金の量の増え方が遅すぎる」という表現は、根っこでは同じことなのです。だって商品とお金をつきあわせて比べてるんですから。なので、「良いデフレ」と「悪いデフレ」という用語にはもうお引き取りを願うべきでしょう。

デフレを病と見なすこと、最近ではこちらのほうが経済学者の同意を得やすいでしょう。ラスキンさんは、デフレの真の問題は、商売上の取引関係をぶちこわすことにある、と言っています。「お金の借り手から見れば、契約上支払うべきローンの購買力が大きくなっていき、同時に、ローンで購入した資産が名目価格で減少し始める。貸し手から見れば、デフレ下では借り手がローンによって破産する確率が上がる」としています。

ノムラ・セキュリティーズのエコノミスト、コリン・アッシャーさんはRadio Free Europe(訳注:該当するページが見つからなかったので、ホームページにリンクしておきました)で、デフレの問題は、「デフレになると、衰退の連鎖反応がおきることににあります。企業の利益が少なくなるので、人を雇わなくなります。すると、人々はお金をあまり使わないようにしようと考えるようになり、それを受けて、企業の利益がさらに減ります。これらすべてが、衰退の連鎖となっていくのです。」と述べています。さらにデフレには心理的な作用もあり、「人々の心理に深く根ざし、自己増殖していきます。消費者は車や家といった高価な商品をあきらめるようになるのです。だって将来値下がりすることが分かっているんですから」とも。 CNNマネーのマーク・ゴングロフさんも同様の意見です。ゴングロフさんによれば「人々にモノを買う意志が無い状態で価格が下落していると、消費者が購入を延期する悪循環につながります。モノが今後もっと安くなるって皆知っているわけですからね。すると、企業は利益を上げられなくなったり、借金を払えなくなったりします。そうなれば、生産や雇用を縮小させます。するとさらに商品への需要が低下し、さらなる低価格につながっていくのです。」

デフレについて一家言ある経済学者全員にアンケートをとったわけではありませんが、デフレについてのざっくりとしたコンセンサスがどんなものなのかは、なんとなく分かっていただけたのではないでしょうか。

さらに見逃されがちな心理的要素として、ほとんどの労働者は自分の賃金を名目値でみている、という点があります。広く一般の物価が下がっているのだから、賃金だって下がっているはずなんだけど……、というところにもデフレの問題があります。現実には、賃金は下がる方向にたいしてはかなり「べたついて」下がりにくいのです。物価が3%上がり、社員の賃金も3%上がれば、大まかにいって、上る前と何も変わっていません。これは、物価が2%下がって、社員の賃金が2%カットされたときでも同じです。しかし、社員が賃金を名目でみていた場合、3%増えたほうが、2%減るのよりもうれしいはずです。低めのインフレが起きていれば、産業内で賃金の調整をするのは簡単ですが、デフレは労働市場の硬直を引き起こします。この硬直はやがて、労働力の活用という点で非効率を引き起こし、経済成長を鈍化させます。

さて、ここまでデフレが望ましくない理由をいくつか見てきました。今こそ「デフレ対策として何ができるか」と問わねばなりません。初めの四つの要素のうち、一番コントロールが簡単なのが、一番目の「お金の供給量」です。お金の供給量を増やすことで、インフレ率を引き上げることができますから、そうしてデフレを防げばいいのです。

なぜこれが上手くいくのかというのを理解するためには、まずお金の供給量(以下マネーサプライ)の定義を知る必要がありますね。マネーサプライというのは、みなさんのお財布に入っているお札やコインことだけではありません。経済学者のアンナ・J・シュウォーツさんによれば、マネーサプライの定義は以下のようになります。

「合衆国のマネーサプライは、通貨(連邦準備制度と財務省によって発行されるドル紙幣とコイン)と、民間の銀行とそのほか信用組合、貯蓄貸付組合などの金融機関に一般の人々が預けている種々の預金で構成される。」

そして、経済学者がマネーサプライを調べる時に使う基準は、大きくいって三つに分かれます。


M1:お金の交換媒介としての機能に絞った小さめの計測基準
M2:お金の価値保蔵の機能も含めたちょっと広めの計測基準
M3:お金の代替物と見なされるような金融商品も含めたかなり大きめな計測基準 

(訳注:見やすくするために書式を変えています。文はそのままです。)」

連銀には、マネーサプライを変化させるために自由に使える手段がいくつもあります。そうしてインフレ率を上げたり下げたりしているんです。連銀がインフレ率を変化させるために一番よく使う手は、金利の操作です。連銀が金利を変化させることで、マネーサプライも変化するのです。仮に、連銀が金利を下げようと考えているとしましょう。これは、代金を支払って国債を買い入れることで実現できます。債券を市場から買うことで、債券の供給量が減りますね? するとその債券の価格が上昇し、金利が下がるのです。債券の価格と金利の関係は、私の『配当税カットと金利(Dividend Tax Cut and Interest Rates)』という記事の三ページ目で説明してあります。連銀が金利を下げたいと考えたとき、連銀は国債を購入し、そうすることでお金を市場に注入します。債券を受け取るには、持ち主さんにお金を渡さなくてはいけませんからね。このように、連銀は、国債を買って金利を低下させることで、マネーサプライを増やすことができるのです。逆に、国債を売って金利を上げて、マネーサプライを減らすこともできます。

金利の操作は、インフレ率を下げたり、デフレを防ぐ際に普通に使われる手段です。CNNマネーのゴングロフさんは、連銀の研究を参照して、「一例ですが、日本のデフレは、1991年から1995年の間に日本銀行が、金利をもう2%低くするだけで防げていたでしょう」と言っています。コリン・アッシャーさんは、金利があまりに低すぎて、この方法でデフレをコントロールすることができなくなる場合もある、と指摘しています。まさに日本が現在そのような状況で、金利は事実上ゼロになっています。金利の操作は、状況がそろっていれば、マネーサプライを変化させてデフレを抑える手段として有効だ、ということですね。

ついに大本の質問にたどり着きました。「お金を刷ることというのは、何かお金を刷る以上の問題があるんでしょうか? 刷ったお金を出回らせるのは、連銀が債券を買うことで、その代金が経済に注入されるということですよね?」そう、それこそ今見てきたことなのです。連銀が国債を買うためのお金だって、どこかからやってきたお金のはずですよね? 通常、公開市場操作(訳注:中央銀行が市場で国債を売買すること)をする際、連銀は単にお金を無から生み出して使っているのです。ということで、経済学者が「お金をもっと刷る」「連銀が金利を下げる」と言う場合、たいていそれは同じ事を指しています。日本のように、金利がすでにゼロになってしまっている場合は、もうそれ以上何かできる余地というのはほとんどありません。ですからこの方法でデフレと闘ってもあまり上手くいかないでしょう。幸い、合衆国の金利は日本ほど低くありませんけどね。

さて、来週は、マネーサプライを変化させるための、他にもよく使われる方法を見ていきましょう。合衆国も今後、デフレと闘っていくためにそういった手段も検討していく必要が出てくるかもしれません。

(翻訳おわり)
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さて、「お金ジャブジャブ説」の問題点がおわかりでしょうか。そうです、デフレじゃん! ということですね。お金がジャブジャブだろうが、大蔵省がしゃぶしゃぶだろうが、今日本はデフレなんです。デフレにはこの解説にあるような大きな害があるんですから、ゼロ金利だから何もしない、などという選択肢なんて本来あるはずもないのです。「お金ジャブジャブ説」はまるで、船は絶賛沈没中だけど、バケツで水をくみ出してるからもう何もしない、と言っているようなもの。いや、沈んでるから! ものすごく! どうしてこんな主張が大手メディアに乗り続けているんでしょうか?

最後に、来週はそのほかのデフレ対策を、とMoffatt先生が書いてますけど、その記事が見あたらないんですよね。ということで、手前味噌ではありますが、当ブログの過去記事から、デフレ対策を扱ったものをご紹介しましょう。

勝間和代のBook Loversを聴いた その1
勝間和代のBook Loversを聴いた その2

飯田泰之×宮崎哲弥 トークセッションに行ってきた


どれも長いですけど対談です。ちょいと覗いてみてください。

追記
7月6日:ツイッターで@maedaさんからご指摘をいただきました。ありがとうございます。「会計通過単位」と「債権」を「会計通貨単位」と「債券」に改めました。

7月13日:Wikipediaによりますと、「2000年8月の時点では、消費者物価は前年比で下落を続けており、政府は物価が持続的に下落するデフレが続いているとして、ゼロ金利政策の解除に反対する姿勢を見せた。しかし、日銀は物価の下落を良いデフレとして問題ではないとする立場をとった。」(参照)とのこと。さらに昨年の段階で与謝野馨経済財政担当大臣(当時)は、「(略)1%そこらの物価の下落というのは、物価上昇に比べて、むしろ望ましい姿であるかもしれないし、もしかしたら生産性が高まっている所以かもしれないというので、あまりデフレを強調し過ぎて、デフレだ、デフレだと言って自己暗示にかかる経済というのはあまり良くない議論だと私個人は思っています。」(参照)とのこと。さて2012年、日本は良いデフレ論を乗り越えることができるんでしょうか。嘆息。

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