このエントリは僕のような愚か者に統計は必要か? ということだった。モテるのか? 金持ちになれるのか? というのが問題なのだ。幸せか? というのがね。
統計とにらめっこして幸せってのは無理っぽい、というのが率直なところで、例えば、「二十代の若者100億人に聞きました。あなたの初セックスはいつですか?」 で、平均が16歳とかになると、もう自殺ですよ、若者たち。どうしても遅いとかはやいとか(いやそういう意味じゃなくて)言い出して、世間と歩調を合わすことの重要性を必要以上に心に刻んじゃうんじゃないかな。世間に合わせることが人生の目的になっちゃうんじゃないか。
前回の(二ヶ月前の)エントリでも書いたけど、朝日新聞のお茶目事件だって、統計を真に受けた結果じゃん。幸せではないだろう、そんな生き方は。
じゃあなんで統計を真に受けた素人は幸せではないのか。それが世間にみえるから、といってしまうとぐるぐる回ってるような気がするけどいいや、別に。
アダム・スミス 堂目卓生 |
そして弱い人と賢人は個人の中で同居している、というようなことも書いてあった気がする。そうそう、で、モノによっては普段賢人なアイツも弱い人になっちゃうことがあって、その最たるものが失業で、やっぱり失業すると落ち込むからねえ、という話。
新聞に載るような分かりやすく加工された統計結果が、第一審判決として弱い人の人生をコントロールすることは、十分に考えられる、というかそんなのばっかり見てきたし、自分にもそういうところがある。だから凡愚な僕に統計はいらない、かもしれない。すくなくとも、新聞テレビで紹介されるような数字は無視しちゃった方が無難かも。
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