男はプライドの 生きものだから テレンス・リアル |
では症例を見ていこう。トーマスは56歳の会社重役であるが「数ヶ月にわたって不眠、焦燥感、集中力の減退という「表面化したうつ病」の症状に悩んで(p.56)」著者のセラピーを受ける事になった。かなりありふれた話だと思うので、簡単にまとめてしまおう。貧しい少年時代を送ったトーマス→三人の娘にそんな境遇を与えたくない→がむしゃらに働く→家庭を顧みない→他人のような親子の出来上がり→離婚→若い女性と再婚→三人の娘がみんな父から離れていく。こんな話だ。
あきれたことにこのトーマスという男は、娘たちが自分ではなく母親の味方だということに衝撃をうけて、うつ病が表面化したのだった。著者はこう分析する。
トーマスのような成功した男性にとって、人間関係の崩壊を目の当たりにするまでは、仕事中毒の弊害を自覚し難いものである。娘たちに見捨てられた驚きがきっかけとなって、彼は急速に落ち込んでいった。娘たちの裏切りはトーマスの心を強烈に刺した。[p.55-56]
そうして家族セラピーが始まる。出席した娘たちは父に対して何の感情も持っていないと断言する。トーマスは皮肉な態度をとってみせるが、さすがに辛いようだ。
トーマスは娘たちに自分自身の事は何も話してこなかった。三女は泣きながら、よくは分からないが父は「とてもひどい目にあったのだって、感じるの(p.59)」と言った。
著者に「彼女は今、あなたが抱いている痛みを代わりに感じて泣いているのですよ(同)」と言われ、トーマスは過去を振り返る決意をする。
トーマスの母はアルコール中毒だったようだ。彼女は毎日酔いつぶれて眠るのだった。トーマス少年は、彼女が生きているのを確かめるため、彼女の傍らでじっとしていた。
トーマスは娘たちとの関係を改善したいと願い、セラピーを受けにきたのだが、本当の問題は「心理的に親に放棄された幼児体験によって、トーマス自身も気づかぬうちに、一生を通じて自分の感情や人間関係から目を背けること(p.63)」にある。
ここで、著者の言う「隠れたうつ病」の仕組みをまとめてみよう。幼少の頃、自尊心を歪ませるような出来事がある。ここで著者はフロイトを引用しているが、まとめると、そのような人は自分を無価値であると感じ、強烈な劣等感を抱き、生存本能さえ打ち消して睡眠や食事ができなくなる。それが「表面化したうつ病」である。「うつ病は自分が自分を痛めつける病(p.64)」であるから、「自己免疫障害のひとつ(同)」であると、著者は言う。
そうしてうつ病を患うと、自分を無価値に感じるわけだが、患者の多くはそのように感じることそのものを恥ととらえ、周囲から隠そうとする。そして症状を悪化させる。しかし「トーマスのような「隠れたうつ病」の男性は自分自身からも隠す(p.65)」ので、その結果、無感情になってしまう。
「表面化したうつ病」は自分を無価値と感じ苦しんでいる状態。「隠れたうつ病」はその苦しみを必死になって否定している状態といえる。そして苦しみを否定するために、自分の価値を自分にも周囲にも証明しなければならなくなり、自分を大きく見せようとして文字通り命がけになる。
誇大化に逃避することによって恥を避けるパターンは「隠れたうつ病」の核である。このパターンは個人によってさまざまな異なるかたちをとる。[p.66]
仕事、財産、外見、名声、セックス。神の慈悲か、それとも悪魔のいたずらか、こういった行為が不安や焦りを一時的に静めてくれたりすることもあるようだ(もちろん静めてくれる前に失敗してしまうこともあるだろう)。しかし、いずれ効能が薄れる時が来る。一度得た財産が当たり前になってしまえば、再び無価値な自分が頭をもたげてくる。
もちろん誰だって財を成せば興奮するだろう。問題は、この手の行為がなければ自分を無価値に感じてしまう、ということだ。健全な自尊心をもっていれば、出来事の結果で自分の価値は左右されない。仕事で失敗して上司に怒られたとき、落ち込むのは当然でも自己評価が変わる必要はない。自分には限界があるし、次は適切に助けを求めるなりなんなりすればいい。
では、仕事上の立派な肩書きや、いかにたくさんサービス残業をしてきたかとか、値のはる珍しいものをたくさん食べたことがあるとか、偏差値が高かったとか、ケンカが強かったとか、犯罪まがいのことをしてきたとか、過激な性体験などが自己評価とガッツリ連動してしまっている人はどうすればいいのか。というところでつづきます。
その3
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