危機の経済政策 若田部昌澄 |
もっとも、著者も書いているように、大インフレと大停滞はまだ結論を出すには早すぎる。けれど、経済学者たちの間に「何がどうだった」という合意事項がないわけじゃない。本書はその合意のあることとないこと、そして政策担当者たちの経済観と実際に採られた政策、さらにその帰結を時代ごとに追って行く。
この書評では最初のイベント、大恐慌(本書では大不況)をとりあげたい。30年代の大恐慌は一体何がどうだったんだろう。
池田勇人は総理大臣に就任するなり金融緩和を打ち出して、一気に日本の景気を良くしてしまったが、彼は大恐慌を「大戦の遠因」と評している(参照)。では当時のそして現代の経済学者はどう考えているのだろうか。
大恐慌の最中、経済学者たちは安定化論者と精算主義者に分かれて議論していた。安定化論とは経済政策によって不況からの脱出は可能であり、そうすべきだという考えで、清算主義とは不況は経済にとって必要な出来事であり、不況によってこそ経済活動はより効率的になる、と考える。結論から言えば安定化論が勝利する。この安定化論から現在のマクロ経済学が生まれたわけだ。
では当時の政策担当者(政治家や官僚たち)は大恐慌という現象をどうとらえて行動したのだろう。まず当時は金本位制の時代だったので、不況対策で金融を緩和する(お金を増やす)ためには、金(きん)の裏付けが必要だった。金を増やすにはお金が必要で、お金を増やすには金が必要だった。こんな状況で金を買うためのお金を増やす方法はただ一つ、今まで買っていた何かを諦めて、浮いたお金で金を買うというものだ。そのためには借金を清算し、財政を均衡させなければいけない、という考えが一般的だった。そうして人々の生み出したモノやサービスよりも金こそが大事な時代、つまりデフレの時代が始まった。
こういう状況で目前の不況に手を打つためには金本位制から離脱する必要があるが、世界の政策担当者の多くは、振り返ってみれば大した根拠もなく金本位制に固執して対策が遅れた。そうしてただの不況が大恐慌に発展していき、各国とも追いつめられる。で、結局金本位制から離脱して金融緩和を実施した国から恐慌を脱出していく。そしてついに大量の金を持っているくせに引き締め気味だったアメリカも緩和に転じ、危機は去った、かと思ったら、景気回復が不十分であるのにローズヴェルト政権は再び金融を引き締め、またもや不況に陥ってしまう(ローズヴェルト不況)。
現代の経済学者は、当時の不況が深刻化した理由を、不況下で金融を引き締めたことと、金本位制の下では制約が多く、適切な政策が採用しづらかったことであると考えている。
日本の金融危機 三木谷、ポーゼン編 |
ここでは大恐慌を取り上げたけど、本書で一番勉強になったのは70年代を中心とした大インフレを扱った第4章から第6章だった。この時期はスタグフレーションという言葉に象徴されるように、何か矛盾した現象が起きたのだ、と僕は漠然と考えていた。でも、どうやらそうでもなくて、やっぱりこの時期にも金融政策の失敗があったんだということがわかった。例えば需要が超過しているのに金融を緩和し続けたこと、インフレが貨幣的現象であるという理解が広まっていなかったこと、そもそもFRBが政策を決定するときにさえ経済学の知見が活かされていなかったことなどだ。もちろんまだ疑問もある。超過需要(少なくとも当時はそのように見えた)なのに失業率が高止まりしていた時代であるから、謎も多い。本書によればこの時代の研究が盛り上がってきているということなので、これから楽しみだ。
で、続く日本の大停滞についてもとてもよいまとめになっていて、その時々に経済停滞の原因を主張した説の検証が行われている。20年にも及ぼうかというこの大停滞を説明できる理論はそう多くない。経済学者の意見はやがて集約されていくだろう。その動きはすでに始まっているようだ。
本書に欠点があるとすれば、とても読みやすいのでうっかりスルっと読んでしまいがちなところだろう。数ヶ月前に読んだのを今回あらためて読み直したんだけど、その面白さと栄養価の高さに驚いた。本文中で言及・参照されている文献が豊富なのも嬉しい。よい読書ガイドになるだろう。数ヶ月前の僕はちょっと急ぎすぎたかなと反省。読みやすい本ですが、結論を急がずゆっくり味わうのがおすすめです。
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