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2009年7月12日日曜日

最低賃金を上げるという話

民主党が最低賃金を1,000円に上げるという政策を思いついちゃったそうだ。

実際に実行したとして、結果がどうなるかよくわからないけど、働くことにまつわるルールっていうのは、一部の人が異常に有利にならないようにする、というものであるべきだ。国民の力がフルに活かされることを目標にすれば、当然、各人の意欲を大事にする社会をつくらなきゃいけない。特権階級がいるような社会で健全なやる気を維持できる人は多くない。

そして今最賃を値上げするというのは、一部の人を有利にしてしまうと思う。たぶん高学歴の若者が一瞬有利になって、その後馬車馬のように無慈悲な働き方を強いられる。で、全体的には採用が減るだろうから、今まで通り、既得権をもつ正社員がさらに有利になって、また若者の負担が増えるんじゃないかな。

働く人の権利を守らないことに定評のあるアメリカで、労働者の年齢差別を禁止したり、履歴書に写真をのせなかったり(これは法律? 習慣?)することの意味を考えなきゃいけない。それをしてしまうと一部の人が有利になりすぎてしまうからだ。裏を返せば、他の一部の人たちに負担が集中してしまうということだ。日本に住んでいて、年齢とか見た目のことで理不尽を感じたことのない人なんていないはずだ。最賃をいじる前にするべきことがいくらでもあるでしょう。最賃を上げるのは人手不足になってからで十分だ。

2009年7月1日水曜日

経済財政政策担当大臣に林芳正氏

今日7月1日のニュース。短い記事なので全文引用させてもらいます。

経済財政に林芳正氏=国家公安は林幹雄氏−首相、自民人事は見送り



麻生太郎首相は1日、与謝野馨財務相と佐藤勉総務相の閣僚ポスト兼務を一部解き、経済財政相に林芳正前防衛相を、国家公安委員長に林幹雄自民党幹事長代理をそれぞれ起用することを決めた。一方、検討していた自民党役員人事については、党内の反発を考慮し、見送る方針だ。 (2009/07 /01-17:43)



先日こんなエントリを書いたけど、よかったです。遅すぎるけど。今そうするなら、なぜ以前にしないのか。そもそもなぜ兼務させたのか、よくわからないですね。

それはともかく、活躍する時間はほとんど残されてはいないでしょうけど、新大臣の林芳正さんは、ホームページを見ると、「尊敬する人:高橋是清」とあります。やったね。期待します。結果を求めるのは無茶だけど、経済政策の雰囲気を変えて欲しいですね。堂々と経済成長を目指して欲しい。

2009年6月27日土曜日

デフレ、再び

再びっていうか、バブル崩壊以降ずっとデフレですけどね。一段と物価が下がったそうです。以下は2009年5月のCPI(消費者物価指数)。

概況
(1) 総合指数は平成17年を100として100.6となり,前月比は0.2%の下落。前年同月比は1.1%の下落となった。
(2) 生鮮食品を除く総合指数は100.5となり,前月比は0.2%の下落。前年同月比は1.1%の下落となった。
(3) 食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合指数は98.9となり,前月と同水準。前年同月比は0.5%の下落となった。



(3)の食料及びエネルギーを除いた指数が大事*1。何度も書いてるけど、デフレはお金の価値が増す現象だ。そしてお金の価値が増すということは、何か別のモノ(やサービス)、言い換えると、お金と交換して手に入るモノの価値が減っていることになる。それは労働の価値であったりするわけだ。

人が働くってことよりもお金のほうが大事ってんだから、ここ十五年の日本を拝金主義と呼ばずしてなんとする。

*1:農産物とか海産物とかって気候や災害の影響を強く受けることがある。つまり日本国民の経済活動と関係ないところで取れ高と価格が変化する。エネルギーはほぼ輸入に頼っているわけだから、外国の事情で価格が変化する。これも日本国民の経済活動とは関係ない。ので、この二つを除外した数字、コアコアCPIが重要になってくる。

2009年6月23日火曜日

「去私」の人?

この間所用でお役所に行った。んで、待ち時間があったので、壁にかかってるテレビをみて待ってた。テレビのニュースをじっとみるなんて久しぶりだなあと思ってたら、与謝野大臣が出てきた。僕は新聞も読まないし、大臣の顔を見るのはホントに久しぶりだったんだけど、なんか随分痩せてるじゃないですか。やっぱ三大臣兼務なんて無理ですよ。

cover
山本七平の
日本の歴史(上)
山本七平
『山本七平の日本の歴史(上)』の中で、著者は夏目漱石の『こころ』を分析しながら、日本人にありがちな精神的な態度を提示している。勝手な要約をしてしまうと、危機や変化に出会った時、日本人は「去私」足らんとする。つまり自分の欲望や理想や目的をなげうって、周囲の人のために動いているかのように振る舞うということだ。このような指導者は超人的な虚のエネルギーを生み出す。何せ本人には目的がないかのような状態だから、周囲の人はいくらでも忖度できるわけで、どんどん祭り上げられてゆく。そして周囲の思惑がぶつかり合って事態がどちらに転がるか、まったく予想ができない。このような人物の例として乃木希典があげられている。乃木は明治天皇が崩御した時に自決したが、「去私」であるのだからそれも当然だったわけだ。要約はここまで。

無理をするのも「去私」の一形態なんじゃないんだろうか。しかし「去私」は人の頭の中にだけ存在するのであって、現実の問題に対しては何の効力も持たない。もちろん与謝野さんが「去私」の人かどうか、僕は知らない。でも、三大臣兼務ってのはもう超人の域だと思う。また、彼がよく言う「責任」というのも、誰の誰に対する責任なのかよく分からない。国の債務を担うのは現役世代なのだから、返済の仕方はその世代に任せるのがスジじゃないの? と僕は思う。今増税したって債務の総額から言えば微々たるものだ。返済そのものよりも、返済しやすい経済状態を目指したほうがいい。時間をかけて返していけば負担も分散できる。

親になって子供が思春期くらいになると、「去私」の構えで子供に接する人たちを結構よく見かける。僕の母もそうだったし、友人の親もそうだったようだ。自分の目的や理想を押し殺して、ただあなたの幸せを願ってる、みたいな。それは美しい態度なのかもしれないが、子供達の不安や焦燥感を癒す事は無い。

僕たちが「去私」を回避して現実と向き合うためには、おそらく凡庸な理想を(ひっそりと)掲げることが大事なんじゃないかと思っている。子供達には善良であって欲しいものだし、国の債務の返済は過激なものでなく、余裕のあるものであって欲しい。まったく凡庸だ。しかし、「将来世代に負担をかけない」という理想は、人智を離れてると思う。これでは現実に対処することは難しいだろう。

なんか話がよくわからなくなりましたが、結局言いたいことは、無理したって行いが正当化されたりしないよ、ということでした。身体にもよくなさそうなんで、三大臣兼務は辞めて欲しいですね。

2009年5月30日土曜日

失業率の悪化に思う


失業率が5%になった。

雇用情勢が急速に悪化している。4月の労働力調査では、完全失業率(季節調整値)が5.0%で、5年5カ月ぶりに5%台になった。

失業率の悪化は予想されていたので驚く様なことではないけれど、やっぱりいやなニュース。で、雇用対策用に15兆円の補正予算が通ったけど、なんだかなあ、という感じ。というのも、日本の1400兆円もあるらしい個人資産はどこいっちゃったわけ? と思うから。

為政者には、1400兆円の個人資産と金融政策と雇用をセットで見て欲しいと思う。貯蓄を取り崩すくらいなら借金したほうがマシってのは個人レベルではよく見られる不合理なんだそうだ。でも、個人ならその不合理のコスト(借金の金利)を支払うのは本人なわけだから、不合理な選択もまた自由、といえる*1。でも国家がそれをやると、借金のコストは国民全員で支払い、「貯蓄を取り崩さない」という利益は貯蓄している人たちだけが享受することになる。つまりお金のない人から、お金のある人に利益の移転が起きているわけだ*2。以前にも書いたけど、お金を貯めることにもリスクはある。そのリスクはお金を貯める人が負わなきゃいけないものだ。

街を歩いていると、人通りの多い場所なのに何年もシャッターをおろしている建物があったりする。東京の世田谷通りなんかでもそういう建物は結構ある。以前は、「勝手すぎるなあ」と思ってた。だっていくら自分の土地だからといって何年もシャッターをおろしっぱなしじゃあ、まわりのお店だって辛いでしょう、と考えてたから。今もそういう考えをもってはいるけれど、勝手というよりは、どうしたらいいかわからないのかな、と思うようになった。高齢化の一側面なんじゃないだろうか、と。

ものすごく頭のいい官僚が作ったものすごく複雑な政策ならばこういう状態を打破できるのか、といえば、そんなことはまったくないだろう。たぶん、人々の活動を活発にすることでしか変わっていかないんだと思う。だが現状維持のコストを他人に押し付けられる環境なら、人はそうしてしまう。

短期的には借金で雇用を支える必要もあるだろう。でも長期的には1400兆円の個人資産を活用するほか道はない*3。そのためには経済をインフレ基調にすべきだと、やっぱり思う。


*1:限度はあると思うけど。

*2:車買うためとか、2、3年の生活費とか、そういった貯蓄の話じゃないですよ。

*3:長期的な経済発展に疑問をお持ちの向きもありましょうが、だから何? ですよ。せめて資本が十分に活用されたのを見届けた上で、それ以上の発展があるかないか論じればよろしいんじゃないかしら。気が早い。

2009年5月1日金曜日

2009年5月1日の記録


たいしたエントリにはなりそうにないけども。

今日五月一日に、三月の失業率が発表された。前月よりも0.4%悪化した4.8%だった。また消費者物価指数も発表された。原油や食料品を含んだ数値でもマイナスとなった。

さらに日銀の政策決定会合も開かれた。結論は「様子見」だったそうだ。金利も現状維持。金融政策の効果を見極めたいらしい。

いったい彼らは失業を何だと思っているのだろう。日銀の政策委員に選ばれた時、「よし、失業を減らして、完全雇用を目指すぞ」と思わなかったのだろうか。思わなかったのなら、今すぐ辞めてもらいたいもんだ。

2009年4月28日火曜日

郷原信郎@ニコ生

今日、ニコニコ生放送で元検事の郷原信郎さんのインタビューがあったので見てた。もちろん西松建設の違法献金事件がテーマだ。

結論:まさかのセクシーボイス

お話の内容は従来通りで実に正論だと思う。小沢さんは早く秘書官の裁判をするように要求すべきなのに何をやっているのか、とのこと。番組冒頭はぶっちゃけトーク*1だったけど、全体的には落ち着いていて今回の捜査の問題点を分かりやすく説明してた。たぶん数日中にアーカイブとして見れるようになると思うので、是非。ニコニコ動画を検索すると出てくると思います。

*1:秘書官逮捕の一報を聞いた時は、これで小沢さんがやめればラッキー、と思ったんだそうです。

政府による暗黙の保護、あるいはちょっとだけ経済学に触れて思ったこと


日本の個人資産は1400兆円ともいわれる。とんでもない額だ。このお金は金融市場を通してさまざまなプロジェクトに使われるべきものだ。そうでなければただのケチだ。

しかし現状はケチのほうであるようだ。つまり資金が必要な人のところに届いていない。

僕が思うに、これは政府の保護の問題であると思う。日本のお年寄りがお金を使わないのは、社会保障がちゃんとしていないから、と説明されることが多い。別に間違っているとも思わないが、億単位の金を庭に埋めるとか、高齢者たちは平均して二十年分の生活費を溜め込んでいるとか聞くと、ちょっと社会保障だけでは説明できないと思う。

大金を溜め込む、ということは、溜め込んだ大金の価値が将来的にも変わらない、と想定している、ということではないか。来年のことをいえば鬼が笑うわけだが、十年後の物価水準なんて予想するだけばからしいというものだ。にもかかわらず溜め込んでいるということは、インフレは絶対に起きない、と考えているということだろう。

物事にはつねにトレードオフがあるわけで、お金を貯める、という行為ににも当然リスクがある。それは「金額は増えても、お金の価値は減ることがある」ということだ。

池田勇人が繰り返し述べていたように、インフレが20%とか30%とかいう状況では、人は絶対にお金を溜め込んだりしない。今年の100万円が来年になると80万円の価値になってしまうのだから、今のうちに100万円ぶんの価値あるモノやサービスと交換したほうがいい。だから経済がインフレ気味だと景気がいいようだ、という経験則があるわけだ。

いまの日本のお金持ちも、当然インフレのリスクを負っている。はずなんだけど、ここで政府の保護があると思う。本来なら、インフレをヘッジするために、ある程度のリスクをとっていかないといけない。例えば100万円を一年間投資するとして、年率3%のインフレに耐えればよし、とするなら、一年後に103万円以上になってなければ損をしてしまうわけだ*1。ただお金を貯めるだけでも3%の利益をださなきゃならない。そのためには投資先を慎重に選んだり、あるいは有望な投資先そのものを発掘しなきゃならない。そこで金融機関はお金持ちからの圧力をうけていろいろ動き回るわけだ。そうやって人物が発見されて、投資され、利益を上げたり上げなかったりして、お金が世の中を回っていいく。そこまでやっても、結果的にインフレ率が5%だったら、二万円の損になってしまうし、さらに、貯めるだけでなく利殖もしようとなったら、更に更にがんばらないといけない。

が、そうはなっていないようだ。まるでお金持ちの「インフレをヘッジしなきゃならない!」という気持ちがまったく存在していないかのようだ。で、それは政府(日銀も)が暗黙の保護をあたえているからなんだろう。お金持ちは政府がインフレを許容しないことを知っている。だから投資先を探すこともない。本来なら、お金持ちはある程度のリスクをとっていかないと、自分の財産を守ることができない。そして、だから、経済には始めから貧困をなくす力が備わっている、ということもできるだろう*2。お金持ちが財産を守ろうとすれば、それは誰かのチャンスになるというわけだ。が、この経済に備わった力を、今の日本政府は押さえ込んでしまっているんじゃないだろうか。

当然そこにもトレードオフがある。お金持ちがリスクを負わずに財産を守ることができるということは、誰かが代わりにその代価を支払っている、ということだ。ただ、誰がどういう形で支払っているかは、それほど自明なことじゃない。まあ就職氷河期とか労働環境の悪化は一つの形でしょうが、もっと微妙でとらえ難い形もあるだろうし、誰か、というのも、若者であることが多いだろうけど、そうでない事も少なくないんだろう。このとらえ難さが、与謝野大臣の次の発言を、なんというか許してしまうんだと思う。

国際通貨基金(IMF)や経済協力開発機構(OECD)の見通しだと日本は今年、6〜7%程度のマイナス成長になるという。マイナス3%という欧米経済の見通しに比べるとかなりマイナス幅が大きい。それを今回の経済危機対策で欧米並みの落ち込みまでかさ上げできると思っている。

時事超流
与謝野馨 財務・金融・経済財政相に聞く
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090424/193016/


財務・金融・経済財政大臣がこういうことを言っていればインフレになる心配はまったくないだろう。ここでいう成長とは日本経済が造り出すモノ(やサービス)の量が、前年に比べて増えた、ということだ。それがマイナスであるというのは、造り出す量が減っているということで、その分仕事が減っているという事でもある。先日のエントリでも書いたが、少ない需要に多すぎる供給をあわせるのは、人に死ねといっているようなものだ。なぜそんなことが許容できるのか僕には分からない。

で、この事実上のデフレターゲットはすこぶる上手くいっているように見える。ならば、インフレターゲットも上手くいくんじゃない? 今は溜め込んだお金を使う時だ。デフレなんだから。

*1:複利って何それ? おいしいの?

*2:この力がそのうちバブルを生み出すんだろう。バブルの発生を防ぐことはできるのか、そもそも防ぐべきなのか、というのは議論の別れるところ。

2009年4月26日日曜日

なにがしたいんだ


4月24日、こんなニュースがあったとさ。

世界経済は予断許さず 日銀総裁、包括的な政策発動を訴え


日経新聞(web魚拓)

日本銀行の白川方明総裁は(中略)潤沢な資金供給や金融機関への公的資金の投入、包括的な景気刺激策の発動が必要と訴えた。


………なんか腹立つ。

この人、ものすごく頭のいい人なんでしょうが、日銀のような重要な組織のトップには向いていないのでは? 

不況になると人々がお金を使わなくなる、ってのは誰でもわかる話。消費は誰かの収入になるものだ。だから不況下では人々の収入は落ちてしまう。そして少ない収入は消費をさらに少なくする。この悪循環を立たなきゃ不況は終わらない。だから人々の代わりに政府が使う。道路整備したり減税したり給付金を配ったりすればいい。この際多少無駄になっても構わない。例えば政府がお金を使って穴を掘って埋めもどしたとしよう。これはもうどうしようもなく無駄だが、少なくとも穴を掘って埋めた人は給料を得る。その人にとってはとても意味があるだろうし、その人が歯を治療したり娘にケータイを買ってやったりするだろうから消費も一人分戻ってくる。不況の時にはそんな無駄なことでさえ充分意味がある*1。

もう一つできることがある。人々がお金を使わない、というのは、言い換えれば人々はお金の価値を高く評価している、ということでもある。なので、お金の価値を少し下げてやれば良い。そうすれば人々はお金よりもモノを手に入れたり、サービスを受けるほうが価値がある、と感じるようになる。そしてこれができるのは中央銀行だけだ*2。

さて今、各国の中央銀行がリスクのある資産(債券とかね)をバシバシ買い込んでいる。当然資産の代わりにお金を払うわけで、そうやって中央銀行は市場にお金を注ぎ込んでいるわけだ。そうすれば世に出回るお金の量が増えるし、更に、お金を発行している中央銀行がリスクを取ることで、お金に対する信頼を少し傷つけることができる。そうして人々がお金を手元に置いておくよりも、モノやサービスに価値を感じてくれれば不況は終わるだろう。

翻って我らが日銀は、なんつったって「失われた10年(15年?)」を生み出した元凶なわけで、なんでも「包括的な景気刺激策の発動が必要と訴えた」そうですが、それはあなたの仕事でしょう! 「銀行券ルール」とか訳の分からんことを言って景気対策を渋っているのはどこの誰だよ!



*1:もちろん政府が意味のあることに使うほうがなおいい。でも、何が意味があるのかを決めるのには時間がかかる。不況で困っている人は、今仕事やお金が必要なわけで、時間がかかればかかるほど余計に苦しむことになる。なので多少無駄でもこの際割り切るべきだと思う。アメリカのグリーン・ニューディールは環境保護に反対する人が少ないからすんなり決まったんだろう。ま、それでも中央銀行ができることにくらべると時間は随分かかる。

*2:ホントはそうじゃない。民主国家なんだから、国民の代表である政府が決めてしまえば何でもできるでしょう。それが一時期話題になった政府発行紙幣だ。ま、日銀がちゃんと仕事すれば必要のないものではある。



2009年2月24日火曜日

みんな一等賞


今日の日経新聞の社説から。

社説1 年金見通しの想定利回りは過大だ(2/24)

厚生労働省が厚生年金の長期の給付水準を新しく示した。

(略)

この作業は2004年の年金改革法に基づく。政府は原則5年おきに経済の情勢変化をふまえて見通しをつくり直す。今回は最初の見直しにあたり、注目度が高かった。

(略)

今回の仕切り直しでは少子化・長寿化の加速や経済成長の鈍化で、より厳しい姿にならざるを得ない現実を示すべきだった。だが政府はまだ5割保証にこだわっている。出生率と経済指標の前提を「中位ケース」で延ばすと、所得代替率は38年度にかけて50%に下がり、その後2105年まで変わらないという。

このためにとった苦肉の策は、積立金の運用利回りを4.1%と高めに想定したことだ。04年時点の想定は3.2%、実績は01—07年度の平均で2.3%だった。4%台に上げる理由を厚労省年金局は分散投資の効果などを織り込んだと説明するが、どうみても過大だろう。

(略)

また想定した利回りが得られなければ、現行計画よりもっと保険料を上げたり給付を抑えたりする必要性が高まる。その影響はすぐに表面化しないので、しわ寄せは現役世代に及ぶ可能性が強い。このように、過大想定の被害者は主に今の働き手やこれから生まれる世代になる。

金融市場の混乱で積立金運用の利回りを高く想定した確定給付の企業年金が損失を被り、母体企業の業績に悪影響を及ぼしている例もある。その失敗に政府も学ぶべきである。



finalventさんも書いてるけど、まさに 「まとも」な社説だと思う。というか、この想定利回りを出してきたお役人はどういうつもりなのだろう。4%台の利回りと聞いて、「政府にはそれだけの能力がある」とか、「凄腕のファンドマネージャー官僚がいる」と思う人なんているのかな?

更に、略しちゃったけど、専業主婦のいる世帯を標準世帯としたりしていて、もうどこの星の話だよ、って感じ。一体誰に向けた発表なんだろう。その手がかりは、政府の能力を非現実的なまでに高く評価していて、女性が専業主婦になることを当たり前だと思っている人たちってことだ。そういう人はもしかしたら、この想定を評価するのかもしれない。

少なくとも僕の回りにはそんな人はいない。だから僕らに向けられた話では無いんだろうと思うことにする。どうせ僕ら二等国民には関係のない話さ。

2008年12月19日金曜日

日銀、量的緩和を実施へ 追記あり

今日の読売新聞

日銀、量的緩和を実施へ

日本銀行は18日に開いた金融政策決定会合で、事実上の量的緩和政策を導入する方向で最終調整に入った。


ならばなぜ2006年に量的緩和を解除し、利上げしたのか、と問われなきゃいけないよね。なぜ追い込まれてからやるのだろう。政府につつかれて、日本より高成長のアメリカよりも出遅れているんだから、自分で自分の独立性を危うくしているようなもんだ。

この間も書いたけど、日銀にとって危機って何なのか。デフレ、雇用不安、失業、税収の落ち込み。こういった事よりも、「アメリカがやったから」という理由のほうが重要なのか。ともかく、やっと日本も金融政策が動き出す。次は財政政策だ。

追記:
経済学者の田中秀臣先生曰く、今回の利下げはシナリオ通り、つまり言い訳みたいなものだとか。ということは、相変わらず日銀はやる気が無いってことか。うーん。ここで日銀の政策委員の最近の発言を見てみると、わざとボケてるんじゃないだろうか、というような発言があったりする。例えば「政策金利から消費者物価指数の上昇率を引くとマイナスだから低金利」とか。それってCPIをそのまま使ってるんだろうか。コアでもコアコアでもなく? 日銀はCPIの上方バイアスを意図的に無視していると、高橋洋一さんが書いていたけど、既に指摘されてるのに、まだそんな感じなの? 日銀にとっての危機ってホント何なんだろう。

2008年6月16日月曜日

通り魔事件の反応

テレビのニュースは見ないし、新聞もとってないし、最近だとネットでニュースを仕入れるのも抑え目なので、雑感という以上のものにはならないけども。

聞こえてくる秋葉原の通り魔事件の反応に、事件とは別のイヤな気持ちを持った。

なんでも各地で派遣社員に対する扱いが変わってきているという。上司が以前より丁寧な口調で接してきたりするのだそうだ。

しかし、あのような卑劣な犯罪の為に僕たちが変わらなければならないというのは、なんだかとても屈辱的だ。こう書くと、「派遣なんて自業自得」、というふうにとられるのかもしれないけどそうではなくて、相手が派遣社員だろうが誰であろうが、人として尊重しないような態度は、通り魔と関係なく恥ずべき行為だ。それを社会的に(マスメディア的に?)注目され同情が生まれてるっぽくなると手のひら返しというのは、なんというかもう、本当にやりきれない。

職場での扱いがヒドくたって、将来が不安だったって、人は通り魔にはならない。でも、こういう反応をきくと、原因は派遣! と言いたくなるのも理解できる。

今回の件で態度を翻した上司たちは、こんなことがなければ正しい行為と恥ずべき行為の区別もつかないのだろうか。『あなたの職場のイヤな奴』問題というのは、本当に根が深く、かつ、影響の甚大な問題なのだと、改めて思う。